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魔剣と少女の物語  作者: 池中織奈
第一章 魔剣と少女の出会い
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 ある少女が居ました。

 少女はある国のお姫様でした。

 両親や使用人、騎士達に愛されて、少女は幸せに暮らしていました。

 自分の現状がどれだけ幸せかも少女は理解していませんでした。

 当たり前の日常が幸せだと理解している人は割と少ないものです。少女もそうでした。当たり前の日常が当たり前に永遠と続いていくと思っていました。

 当時の少女は純粋でした。

 正義感に満ちていて、優しくて、物語に出てくる理想のお姫様を体現していました。

 確かに少女は強大な加護持ちでしたし、その国は力こそ全ての国でした

 しかし当時の国王と王妃はのほほんとした性格で、王妃は女の子らしい娘に憧れ、そういう教育をしていました。

少女は才能がありながらも、それを磨く事を当時は必要以上にしていなかったのです。

 それでも良かったのです。少なくとも平和な時は。

 でも平和というのは永遠と続いていくようなものでは決してなかった。

 国は滅びました。

 純粋だったお姫様は、目の前で自身の両親や大切だった人達が殺されるのを見ました。

 それは、純粋さを壊すのに充分だったのだ。今までの『お姫様だった』少女が壊れるには充分だったのだ。

 でも少女は只壊れるだけではなかった。

 少女は両親が殺されるのを見て思ったのです。

 強ければこんな事にならなかったと。

 両親が甘くて優しすぎたからこそこういう結果になったのだと。

 だから、強くなろうとした。

 だから、強い国を作ればいいと思った。

 ラインガルよりももっと強い国を。

 もっと力を示して、滅びない国を。

 永遠に続く国家はあり得ない。だから滅びない国はない。でもそれでも、そういう国を少女は作りたいと思った。


 そしてその野望故に、少女は強くなった。

 そしてその野望故に、少女は魔剣を求めた。




 《滅びない国なんてねぇよ》

 「知ってるわよ。でもそういう国を作りたいのよ」

 何時か滅びはくるだろう。でも滅びない国を目指して作りたい。そう、強い国を、誰にも負けない国を。

 作りたいと思ったから、作ると決めた。

 壊れたお姫様は、野望を叶えようと誓った。他の誰でもない自分を満足させるためだけに。

 《ふぅん? 作ってどうするんだ?》

 「どうもしないわよ。只作りたいのよ。そういう国を。私が作りたいから作るの。自分のために」

 《くははははっ。いいな、それ》

 それは笑っていた。

 心の底から楽しげに。

 実際、それはレイシアという少女が面白くて、興味深くて仕方なかった。

 自身を手にするものは、狂っていくものばかりであった。そして仲間のためにとか、復讐のためにとか、そういった理由で手にするものが圧倒的に多かった。アイドのような一日にも持たない使用者ではなく、長い期間魔剣を使用する者の目的なんて大抵そういうものばかりだった。

 自分のためだけに、自己満足のためだけに新たな国を作りたいなんてそんな事言う女レイシアがはじめてだった。

 《益々面白いな、お前。俺をこれだけ笑わせた女とかはじめてだ。だから、正式な契約してやるよ》

 魔剣は笑っていった。

 「正式な契約?」

 彼女は不思議そうに問いかけた。

 《ああ、俺の力を最大限に引き出せるそういう契約だよ。但し、お前が面白くなくなった時点で俺はお前を喰らうぜ?》

 それは笑ってる。

 元人間であると口にしていたそれは、人の魂を喰らう事を躊躇わない。

 《どうする?》

 その問いかけに対し、レイシアは当たり前のように答えた。


 「その契約させてもらうわ」


 自信に溢れた笑みで。

 レイシアの言葉に魔剣はまた笑った。

 彼女は魔剣が魂を喰らうといった言葉を冗談だと思ったわけではない。本気だと知った上で、それならばこの魔剣を楽しませ続ければいい、飽きさせなければいい。

 そんな風に考えただけである。

 そういうレイシアの考えをお見通しなそれもまた笑っている。

 普通恐縮するものなのに、躊躇うものなのに、レイシアが一切間をおかずに契約をすると言った事が面白かったのだ。

 《いいぜ。まず、魔剣と使用者の契約について教えてやる。簡単な契約ならすぐ出来る。只俺達魔剣が使用者と認め、使わせる事を許すだけの状態――それが簡単な契約だ。それだけでも俺の力を使う事が出来るし、心で会話する事が出来る。もっとも不完全な契約だからすぐにガタが来るけどな》

 それはそういってせせら笑った。

 要するに先ほどそれに喰われたアイドは、仮契約のようなものをしていた状態だったらしい。

 《で、正式な契約って言うのは、互いの名で縛る契約だ。互いに名を呼び、それを魔剣が魔力を使ってその使用者の名を自身に刻む。たったそれだけで出来る》

 「へぇ、そうなの?」

 《ああ、理性のない魔剣は只名前を呼ぶだけで正式な契約が決行されているみたいだけどな》

 「まぁ、確かに他の魔剣も理性ないながらに契約がどうのこうのいってたけど」

 《俺達は武器だからな。本能として使われる事に飢えてる。理性なくても強い奴に使われたいって思ってんだろ》

 そう、それは元人間だろうが、明確な自我があろうと『武器』なのだ。

 武器としての本能――それは、強い人に使われたいという飢え。

 彼も、魔剣とはいえ、武器にすぎない。

 だから使い手を求めてる。

 それは、ずっと面白い使い手を求めてた。

 自分が楽しむために。自分が面白いと思うために。

 今まで居なかった、そういう女。

 そういう女が自分を使いたいと望んでいる。

 それだけで、それは面白くて、歓喜した。

 百二十年間一度も交わした事のない正式な契約をしてもいいと思うくらいには。

 「あんた、元人間なんでしょう? それでもそんな本能あるの?」

 《ある。俺は武器だから、使われなきゃ意味がない》

 武器は使われるためにあるものだ。

 使われない武器など、只のゴミ同然である。

 「ゼクセウスとそう呼べばいいの?」

 《いや、俺の場合は剣の名前ってのは周りが勝手に後から付けたものだからそれじゃない》

 「それってどういうこと?」

 《さっき俺が元人間だったって言っただろ。その頃の名前だな、要するに。俺にとっての真名という奴は》

 魔剣は何処か呆れたようにいった。

 敏い人ならば元人間であったという事実からすぐに察しそうな事なのに、レイシアと来たら全く見当もつかないと言った様子だったのだ。

 それは、この女こんな感じで国なんて本気で作れるのかと若干不安を覚えた。

 「へぇ、なんて名前なの?」

 《暁霧夜》

 「アカツキキリヤ? 長い名前ね」

 《暁が姓で、霧夜が名前だ》

 それは自分の名前を口にしながらも、人間だった頃の名前を口にするのも何時ぶりだろうと考えた。思えば自分の名前を思い出したのさえ本当に久しぶりだ。人間として死んだ時、彼はそれまでの自分を放棄したはずだった。

 魔剣になったものは仕方がないと、今までの自分を捨てるつもりだった。

 だけど人間だった頃の名は、魔剣になった彼にとって重要な真名だった。

 それに気づいた時、自分の名前を久しぶりに思い浮かべた時、よく今まで『人間だった頃の事』を忘れなかったものだと驚いたものである。

 魔剣になってから、誰かに自分の昔の名を教えるのははじめてのことだった。

 「アカツキキリヤね。姓が先なんて珍しいわ」

 《そういう国なんだよ。俺の故郷は。で、お前の名前は? 正式な名前じゃないと契約出来ないんだよ》

 「レイシア・ラインガル」

 《あ?》

 霧夜は驚いたように声を上げた。

 「私、さっき話に上がったラインガル王家の唯一の生き残りなのよ。驚いた?」

 ふふっと悪戯に成功した子供のように、レイシアは笑った。

 《ふぅん? ラインガルの最後の姫が、ラインガルを超える国家を作るか》

 「そう、滅びを見たからこそ作りたいの。私は」

 レイシアの真っすぐな言葉に霧夜は笑った。

 《んじゃ、契約するか。俺、アカツキキリヤはレイシア・ラインガルを正式な使用者と認める》

 霧夜がそういって、魔力を渦巻かせた。

 黒い魔力が霧夜とレイシアを取り巻く。それでもレイシアは恐れた様子を一切見せなかった。このまま魂を喰われる恐れもあるというのに、恐怖心がないらしかった。その様もまた霧夜を面白がらせた。

 人に畏怖を感じさせるような黒い魔力が霧夜とレイシアの内へとおさまっていく。それは、名を魔力が刻む作業。

 契約を果たした証として、契約の刻印がその身に刻まれる。

 大剣の形をした黒い刻印は、レイシアの右肩に刻まれた。

 魔力が収まるとレイシアは言った。

 「これだけ?」

 《ああ。これだけだな。正式に契約してるから、俺のこと何処に居ても呼ぶ事が出来るぞ。あ、鞘は廃墟に置きっぱなしだから今すぐ呼んだ方がいいぞ。専用の鞘じゃないと俺収まらないし》

 「どうやって呼べばいいの?」

 霧夜の言葉にレイシアが聞いた。

 《普通に来いって思えばいいだけだ》

 その言葉を聞いてすぐにレイシアの元へと『災厄の魔剣・ゼクセウス』の鞘が飛んできた。それは空より落ちてきた。レイシアの足元へと深く突き刺さる。

 「……これ、どうやって私の元へきてるの?」

 飛んできた鞘を見て、レイシアが疑問を口にする。

 《名前で縛って契約してるから俺にはお前が何処に居るかわかるんだよ》

 「ふぅん、便利ね。あとそのお前って言うのやめてくれない? 私お前って呼ばれるの好きじゃないのよ」

 《あー、めんどくせぇな。レイシアって呼べばいいのか》

 「ええ。私は貴方の事霧夜って呼べばいい? それともゼクセウスって呼んだ方がいい?」

 《どっちでもいいけど、本名以外で。あんまり元人間だって知られて聞かれるのめんどくせぇ》

 「じゃあアキでいい? あだ名。アカツキキリヤを略してアキ」

 《まぁ…それなら、いいか》

 魔剣と契約者の会話とは思えないほど和やかな会話であった。

 そもそも此処が人が一人も居ない裏通りだからいいものの、人前で剣と会話をするなど周りからすればレイシアは不審者と取られかねない。

 「じゃ、アキ。とりあえず今からトンズラしようと思ってるの」

 《あ? なんでだよ》

 「アキに賞金かかってるのよ。アキを保管していたカートス・ディンガルンは見つけたものにアキを授けるなんて言ってたけど、多分力づくで奪いに来るでしょうね。なんたってアキはカートス・ディンガルンにとって最も目玉の商品なんだから」

 レイシアがそう言えば霧夜は鼻で笑った。

 《はっ、俺は誰の物にもなったつもりはないっつーの》

 「というか、疑問なんだけど何でアキは『封紙』で抑えられてたの? あとどうやって盗まれたの?」

 ふと当たり前の疑問をレイシアが口にした。

 《一度オークションにかけられてみたら楽しいかなと思ったから自分で『封紙』張ったんだよ、魔力使って。で、わざと人目のつく所にささってたら勝手に回収してくれた。盗まれた方は、盗まれた方が面白いかなとわざと鍵をはずして、見張りを混乱状態みたいにしただけだ》

 「うわ、性格悪い」

 《はっ、そんなの当然だろ。寧ろ魔剣が聖人君子な性格だったらおかしいだろ》

 レイシアはそう言われて性格の良い魔剣を想像してみた。

 (こんな如何にも魔剣ですという感じの威圧感を持ち合わせて置きながら、困っている人を見たら放っておけない性格…)

 レイシアは想像した。『災厄の魔剣・ゼクセウス』の外見をしたそれが、人が困っている様子を見て手助けをする様子を…。

 「うわ、不気味」

 《…おい、何想像した》

 「え、アキが人助けをする様子。聖人君子なアキ」

 《何で俺で想像してんだよ。気色悪いからやめろ》

 霧夜はうんざりとした様子であった。

 《つか、はやくトンズラしたいんだろ。何で俺らのんびり会話してんだよ!》

 「アキが話を振るからでしょ」

 《俺のせいにするな!》

 霧夜の文句の声を聞きながらも、レイシアは霧夜を鞘に納めるとそのままその場を後にした。



 ―――こうして、『災厄の魔剣・ゼクセウス』と亡国の姫・レイシアの間で契約が結ばれるのであった。



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