『青春ラムネ』
明るくない僕らの青春の少し明るい話です。
赤点のペナルティとして生物室の掃除をする風切と、その手伝いをする鷹崎。鷹崎がお礼に欲しいものは海だという。それに対して風切は…。
『青春ラムネ』
「暑い……」
鷹崎は箒を片手に額の汗を拭った。
「だよなー、クーラーとかあったらいいのにさー」
風切は雑巾で机を拭きながら溜め息をついた。
彼らがいるのは北校舎にある生物室。
「でも、生物の国本は色々楽だよな。赤点でも生物室の掃除でチャラにしてくれっし」
風切は笑いながらそう言ったが、鷹崎は渋い顔。
「非合理的だ。赤点を取ったら勉学で取り戻させるべきだろう。掃除をしたらお前の成績が上がるのか?」
「う……」
嫌味を言われている風切だが、文句は言えない。本来ならこのペナルティを課せられたのは風切一人。鷹崎は善意で手伝ってくれているのだ。
「そうだ、お礼に何か奢るぜ?」
風切は話題を変えにかかる。
「別にいい。どうせ今月も楽じゃないんだろう?」
「大丈夫大丈夫、安いもんならさ」
「そうか」
「なんかある? 奢ってほしいもん」
鷹崎は「ふむ」と考える仕草をする。
「海……」
「え?」
「海、だな」
「それ、奢るとかじゃなくね?」
風切は笑いながら、窓から見える南校舎を見た。
「あれが無ければ見えるんだけどなー。後で行くか?」
「今日は無理だ、塾がある」
「じゃあ明日……、は、俺がバイトだった」
鷹崎は溜め息をつく。
「たかだか三十分程度のところにあるというのに、手が届かないものだな」
――俺たちには、手の届かないものが多過ぎる。
どれだけ勉強しても届かない一位の座。思うように成績が伸びない自分に、鷹崎はもどかしさを感じた。
「そうだ、ちょっと待ってろ」
風切は何か思いついたように笑い、雑巾を机の上に放り投げ駆け出した。
「何だ?」
「奢ってやるよ、海!」
風切は数分ほどで帰ってきた。
その手にあるのは二本の……。
「ラムネ?」
水色の瓶の中では小さな泡が踊っている。
「そ、学食に売ってたの思い出してさ」
風切は一本を鷹崎に渡すと、窓際に引っ張っていった。
「これ、光にかざしてみ」
「あ、ああ……」
言われた通り、鷹崎はラムネの瓶を太陽に向かってかざした。
ゆらゆらと揺れる水色の中を、きらきらと光る気泡が通り過ぎていく。
――まるで、海だ……。
「結構綺麗だろ? 昔よくやったなー」
風切は無邪気に笑う。つられたように、鷹崎も小さく笑った。
「ああ、綺麗だな」
そして思う。
――こいつの手に届かないものなんて、ないんじゃないか……。
そんな夏の、ある日のこと。