『空がとても青いから』エピローグ
『空がとても青いから』エピローグ。風切は過去を抱えながらも日常に戻っていく。
エピローグ
しばらくの間、晴常高校は大変な騒ぎに包まれた。
生徒の自殺、教師殺し、ドラッグの売買は充分に衆目を集め、校門前には連日マスコミが押し寄せた。
だが、一ヶ月ほどが経った今、世間は現代の切り裂きジャックと呼ばれる殺人鬼の話題に乗り換え、晴常高校には平和が戻り始めていた。
気付けば開放されていた屋上で、風切は空を見上げる。
「空がとても、青いから」
――死にたくもなるよな、こんな青空の下で生きてたら。
風切には、ずっと抱えているものがある。
風切の父親は、碌でもない男だった。
酒を飲んでは妻子に暴力を振るい、働くこともしなかった。
そんな夫に見切りを付けた母は、出て行った。
風切が小学校から帰った時、母が残した書置きを見て背中を震わせていた父を思い出す。
父は、泣いていた。そして、風切の肩を強く掴んだ。
「お前だけは、俺を捨てないでくれ。俺を、拒絶しないでくれ……」
――何言ってんだこいつ。
今までの父の行動を見てきた風切は、そう思った。
この男は捨てられて当たり前だと、思った。
それでも家族という絆は歪み、彼は父を捨てられずに育っていく。
小学生にとって親という存在はあまりにも大きい。その言葉を受け止め、何も変わらない父親と共に無為な時間を過ごした。
学校が終わればすぐに帰り、ただ酒を飲んでいる父を見ていた。
そんな親子関係は、風切が中学生になると変わり始める。
小学生の時よりも密な友人関係。決して良い相手ではなかったが、風切には仲間と呼べる者たちができた。
それは所謂不良の集まりだったが、父の束縛を馬鹿にする友人の力は大きかった。
――そうだよ、何で俺が、あんな親父と一緒にいなきゃなんねえんだ。
親を否定する反抗期の少年たちと同調した風切は、日に日に家に帰る時間を遅くしていった。
煙草を吸い、酒を飲むという不良行為を心から楽しむ風切。
ある日、彼は朝帰りをした。
丸一日家に帰らず、友人たちと騒いだ。
帰ってドアを開けると、天井から父がぶら下がっていた。
首を吊って、死んでいた。
帰らない息子を想い、自分はまた拒絶され捨てられたのだと思い、自ら命を絶ったのだ。
歪んだ親子の絆は一方が消えても無くなるものではない。残された者に絡まり、締め付け、苦しめ続ける。
鷲尾との出会いで、少しは変われた。鷹崎たち、高校で知り合った友人たちのおかげで、また少し変われた。
――それでもまだ俺は、囚われてる。怖いんだ、誰かを拒絶するのが……。
風切は空に手をかざす。
平井は許されないことをした。それでも風切は、それを受け入れる。
明里が本当に自分に向けて手を伸ばしたのか、思い出せない。それでも、その手を掴もうとする。
「結局俺がやったことって、全部自己満足なんだよな」
自嘲し、溜め息をつく。
「なーに黄昏ちゃってるの、風切君」
千夜の声に振り返る。
千夜は風切の隣に来て、上を向いた。
「空、青いね」
「ああ、青い」
「青春ってのは、ひどく脆くて、儚いものなんだろうね」
「中二病?」
「違うよ。そういや、鷹崎君成績上がってたね」
「この間の実力テスト、二位だったっけ」
「うん、凄いと思うよ」
「それ、一位のお前が言ったら怒られるぜ」
「秋葉君はさ、ドーナツ屋のバイトで売上記録更新したって言ってた」
「マジかよ、あいつすげえな」
「そのお金で何買うんだろうね、新しいパソコンとかかな」
「あー、あいつらしいな」
「原石君は柔道頑張ってるよ、主将として」
「だな。つか、原石と付き合わねえの?」
「どうしようかなー」
「思わせぶりな態度は良くないぜ? あ、そうだ、安本に礼言っといてくんね? あの後も協力してくれたんだ」
「了解」
二人は、ぼんやりと空を見上げる。
「ほんと、青いな」
「うん、青いね」
「行くか」
「うん」
二人は屋上を後にする。友人たちの所へ戻るために。
あまり明るくない青春を送る彼らは、この青過ぎる空で溺れないよう、誰かの手を掴むのだ。