『空がとても青いから』プロローグ
『僕あま』シリーズ第一話『空がとても青いから』。プロローグです。ある少年が、風切の目の前で飛び下り自殺を遂げる。
プロローグ
まだ梅雨には早い六月。その日は空が青かった。
だからだろう、風切誠司が放課後屋上へと来たのは。
屋上へのドアを開けると、風が彼の後ろでまとめた金髪をなびかせる。
風切が通う晴常高校は海に近く、屋上は絶景を眺めるのに絶好のポジションだった。
だが、先客がいた。
「おい、何やってんだよ!」
その少年は、胸ほどまでの高さがあるフェンスの向こう側にいたのだ。
「空が、とても青いから」
彼の唇が動くのを見ながら、風切は駆け出していた。
「飛び降りるなよ! 待ってろ!」
そう叫び、彼を助けようとする。
しかし、遅かった。
少年はこちらを向いたまま、ゆっくりと後ろに倒れていく。
風切の目の前で、彼は飛び降りたのだ。
勢い余ってフェンスにぶつかった風切の視界には、遥か遠い地面が映っていた。
少年の血が地面に吸い込まれていく様子。気付いた生徒たちの悲鳴。駆け付けてくる教師たち。
それら全てが、風切にはどこか遠く思えた。
「おはよ、風切君」
翌朝、三年一組の教室に入ってきた風切を迎えたのは海戸千夜だった。
黒いショートカットの髪に凛々しい顔立ち、更に晴常高校一の大きさを誇るバストを持つ彼女は男子から人気がある。
だが、二人はれっきとした友人だ。互いに恋愛感情などは持ち合わせていない。
風切は「おう」とだけ言うと、教室の窓側後方にある自分の席に着いた。
千夜はすたすたとその後を追うと、その斜め前の席に着く。
「災難だったね」
そう言って、座ったまま足をぶらぶらと前後に動かす千夜。
「そうだな、昨日は警察に事情聞かれて、バイト休むハメになったし」
風切はそう言って溜め息をついた。
「なあ、風切」
後ろの席から声をかけてきたのは秋葉貴弘。ひょろりと背が高く、黒髪に分厚い眼鏡という地味な印象の彼は、風切にコンビニで売っているようなポケット菓子を手渡した。
「これ食って元気だしなー。甘いもん好きだろ」
「お、サンキュー」
秋葉の気遣いに、風切はようやく笑顔を見せた。
「大体お前は、そのことを気にしている場合じゃないだろう」
風切の隣で教科書を読んでいた少年、鷹崎裕二がむっすりとした顔で言う。
「何でだよ?」
「お前、この間の実力テストの自分の順位を見たのか? 下から十番目だぞ。このままだと卒業も危ういんじゃないか」
「う、うるせーな! 何で俺の順位までチェックしてんだよ!」
「一応仮にも友人として、忠告してやってるんだ」
鷹崎は黒髪に端正な顔立ちをした優等生で、いつも上位の成績を取っている。
「まーまー、テストの順位なんてどうでもいいじゃん? やりたいことをやったもん勝ちだよ、人生なんて」
そう言って、千夜は笑う。
「それは一位常連のお前が言う台詞か?」
鷹崎はじっとりとした目で千夜を見つめる。
「嫌味にしか聞こえねー。なあ、秋葉」
ようやく自然に笑った風切は、同じく成績下位組の秋葉の方を向く。
「全くだな」
「えー、酷いなー」
そこで、大柄の少年がドタドタと教室に駆け込んでくる。
茶色の髪を短く刈り込んだ彼の名は原石正太。柔道部の主将である彼は朝練が終わったところなのだろう。
「なあ、風切。大丈夫か!」
原石は息を切らしながら風切の机に手を突いた。
「え、な、何が?」
風切は原石の剣幕に驚きを隠し切れない。
「いや、お前が二年の生徒が自殺するところを見たって聞いて……。ほら、あの、PTAとか……」
千夜は一瞬首を傾げると、
「PTSDのこと?」
と、原石の間違いを正す。
「ああ、それだ。とにかく、大丈夫か?」
「原石ー」
秋葉が呆れたように苦笑する。
「俺ら今、やっとそこから話を逸らしたとこなんだけど?」
「え、あ……」
原石は戸惑った様子で四人の顔を見つめる。
「ははっ、まあ大丈夫だから気にすんなよ。心配してくれてサンキューな」
風切は声に出して笑い、原石の肩を叩いた。
そんな彼らを、他の生徒たちはちらちらと見ている。
生徒の自殺という、高校生にとって大事件の場に居合わせた風切のことが気になるのだ。
しかし、彼らの会話に入っていく者はいない。
五人はクラスから浮いているわけではないが、揃うとどこか他の者たちには入りづらい空気を生み出していた。
それが友情故のものなのか、他の理由があるのか、誰も知らない。