4.無謀な戦い
レッドは熱い温泉が好きだった。
崖の上にある浴場に来る者は少なく、レッドの外見を気にする者は居ない。
だから、一人のんびりと湯に浸かっていた。
ふと崖の下から騒ぐ声がする。
湯に浸かったまま、滝の下を覗きこむが良く見えない。
仕方が無いと滝に近くに進み、下を見る。
すると、下で繰り広げられていたのは、コボルトを巡る諍い。
大人げなく集団で石を投げる男たちの姿に、嫌なモノを感じたレッドは、制止しようと大きく息を吸った。
いざ声をあげようとした時に、男たちを一喝する声が聞こえた。
聞き覚えある声。
(忘れるはずがない……)
自分が剣を失くしたドレイクとして、死に場を探していた時に見つけ出した無謀者(勇者)。
自分に、冒険者として生きる道を指し示した彼女の事を、忘れる事など無かった。
あの時の様に、彼女は清々しく言葉を重ねる。
(あぁ、変わっていないな……リリアたん)
その姿に冒険者としてのあるべき姿を見出したレッドは、見ているだけの現状を恥じた。
いざ飛び出そうとした時、リリアたんの近くにいる女がコボルトを庇って抱きしめる。
バスタオルを抑えていた腕は離れ、バスタオルが床に落ちる。
凹凸の激しい、魅惑的な肢体が現れ、コボルトを包んだ。
そして、集団心理で優位に立つ男たちの一人は、リリアたんと巨乳女を殴る。
巨乳女と、リリアたんをかばった少女が湯の中に倒れ込んだ。
水しぶきが上がり、一人の男が二人を湯の中から助け起こす。
(あの男はっ!)
レッドは二人を助け起こした男に見覚えがあった。
裏切り者の顔を、レッドが忘れるはずもない。
先月、近くの遺跡に住み付いたゴブリン退治を依頼され、レッドと数人の冒険者とが共闘して遺跡に向かった。
その遺跡は魔動機文明の物で、中を調べていたのはゴブリンを率いたドレイクだったのだ。
ドゥームを起動してしまった彼らは、ドゥームによって全滅。
そんな中、ドゥームを倒すべきだと主張したレッドを置いて逃げたのが、あの男フェイだ。
「ここで会ったが百年目……」
キラリとレッドの目が光った。
レッドは滝の上に立つ。
あの時の恨みを晴らさんと睨みつけた気配を感じたのだろうか、フェイが振り向き、二人の視線があった。
驚きに顔を歪めるフェイ。
レッドはニヤリと笑うと、とぅっと岩の上から下の浴場へと飛び降りた。
所詮、数に頼って強気に出ていた冒険者たちだ。
格上の存在であるドレイクのレッドの姿に、攻撃の手を止める。
「よく、コボルトを守ってくれたなリリアたん。そして、巨乳の女よ―――礼を言おう」
まず、コボルトを庇っていた二人に礼を告げる。
二人の礼を言われるまでも無いと答えに、それでこそ本当の冒険者だと、レッドの胸は熱くなる。
リリアたんの傍に見慣れぬ少女がいて、コチラを睨みつけてくる。
威勢のいい事だとフッと笑い、フェイに視線を移した。
フェイは逃げようとしていたが、それを許すレッドでは無い。
「てめー、あの時逃げやがって!」
フェイの髪の毛を掴んで、風呂の中に沈める。
そして、そのまま引き上げた。
ザバリと水面が波打ち、苦しげなフェイの声が漏れる。
「死にかけたぞ」
ギロリと睨んで告げるが、フェイは視線を明後日の方に向け、誤魔化すように笑うだけだった。
「何笑ってやがる! 何か言う事はないのか?」
「……せ、戦略的撤退って奴だよ。な、わかるだろ?」
「分かるかっ!」
ドゴッと頭を叩く。
「戦闘とは、正々堂々! 正面からかかっていくのが鉄則だ―――そうだろう、リリアたん」
キョトンとして二人を見ているリリアたんに振れば、レッドの言葉にリリアたんは力強く頷いた。
「その通りや! やっぱり、話が合うなぁ」
「フッ、流石私が認めたライバルだな」
レッドが右手を差し出すと、リリアたんも頷き右手を出す。
固い握手がかわされる。
リリアの傍らで少女がギリリと歯を食いしばっていた。
フェイは呆れたように言い捨てる。
「俺たちは正義の味方じゃねぇんだ、善意で飯はくえねぇっつの」
「お前は五月蠅い」
レッドがペシッと頭を叩くと、その衝撃でフェイが湯に沈む。
そんなフェイを気にした様子もなく、レッドは周囲の冒険者たちを睥睨する。
「……と、言うわけだ。蛮族やこいつらに文句有るやつは一歩前にでろ」
強そうなドレイクの言葉に、冒険者たちは慌てて散り散りになって行く。
露天風呂から逃げ出した者も多く、広い浴場が更に広くなった。
フェイもソロソロと脱衣所に向かって逃げ出そうとしたが、レッドはガシッとフェイを掴むと、力づくで四つん這いにさせる。
「お前、四つん這いになれっ」
「誰がするかっ!」
叫び声をあげて抵抗するが、本職グラップラーとマギシューの力の壁は大きく、レッドに取ってフェイの抵抗は、小枝を折るよりも小さかった。
四つん這いになったフェイの上にレッドは座る。
「椅子は大人しくしろっ」
フェイを人間椅子にするレッドを見て、リリアをチラリと見る少女。
さて、騒動の原因となったコボルトはレッドたちに向かって、ぺこりと頭を下げた。
「皆さま……ありがとうございます」
その言葉に巨乳の女が、自分は何も出来なかったと告げると、コボルトの頭を優しく撫でた。
コボルトはくすぐった様に目を細めると「仕事をしてきます」と厨房に向かって走り出す。
「レッド、助かったで。丸腰やったから、あのままやったら、どんな目にあってたか……」
「助かったわ。ありがとう……レッドさん?」
「礼を言うのはこっちの方だ。さいきん蛮族への風当たりが強くてな……」
リリアと巨乳女の礼に対し、レッドは軽く首を振って答えた。
その二人の間に入る様に、少女がグッとリリアの腕をとる。
「お姉さま、浮気はダメですよ」
(そうか……リリアと少女はそういう関係か)
一人頷くレッドは、邪魔してはならないと、巨乳女に視線を移す。
ジッと見る。
「ま、負けた……」
レッドの呟きに巨乳女は首を傾げる。
「ん? なにかしら?」
「い、いやなんでもない。そのレベルの高さに驚いただけだ」
溜息交じりに応えた言葉は巨乳女には通じなかったらしく、軽く首を傾げて「そう?」と流された。
隣で「おいおい、お前がブロウ以下ってことは無いやろ」とリリアがぼやく。
その声にかぶさるように、レッドの尻の下から「重てぇ」とうめき声が聞こえた。
「ったく……また太ったんじゃねぇのか? 前より重てぇぞ」
ギクッと身体が浮き上がり、慌ててフェイから立ちあがるレッド。
起き上がりながらニヤリとシニカルな笑みを浮かべたフェイ。
「図星みてぇだな」
「きさま、何故それを……」
「今まで散々椅子にされてきたからな」
ドヤ顔で告げるが、その内容は少々情けないと見学者たちは内心思う。
しかし、レッドは「ふ、不覚」と悔しげな顔をする。
「で? てめーが、なんでここにいるんだ?」
「お前を蹴りに来た」
真顔で答えられた内容に、フェイは「はぁ?」と声をあげる。
すかさず、「うそだ」と告げるレッド。
「もうすぐ、大破局が来る―――そして、それをどう乗り切るのか、身に来た」
「冗談……」
フェイの言葉に「本当だ」と答えると、現在のライア山脈の向こうの蛮族の状態やデモンシティの状況を説明する。
その言葉に徐々に顔色が悪くなるフェイ。
逃げるべきだと告げる彼に、リリアは「出来ない」と叫んだ。
「……ウチはこの町が好きや、大好きや。死んでも守る」
「はぁ? まったく青臭いったらありゃしねぇな。好きだの守るだの」
リリアの決死の覚悟を聞いて、フェイは首を振る。
レッドに炊きつけられるが、リアリストとしては負けると分かっている戦いに参加する気はない。
そんな面々にレッドから「もうひとつ」とデモンシティ内部の反乱軍の存在を明かされる。
反乱軍のリーダーの情報に、リリアは食い付いた。
同じくフェイも、反乱軍のリーダーが持つと言う、魔槍に興味を持った。
フェイの記憶の中にある長槍。
その手掛かりになるかもしれないという思いと、負け戦にかかわりたくないと言う思いがフェイの中で交錯する。
リリアは街を守ると宣言した。
リリアに心酔する少女はリリアを守るのは自分の役目だと言いきった。
巨乳女は、蛮族である自分を受け入れている街を見捨てられないと微笑んだ。
「……どう考えても正気の沙汰とは思えねぇな、狂ってる」
「フェイ、逃げるな」
ジッと見つめるレッドに、フェイは「覚悟しとけよ」と吠えた。
首を傾げるレッドを指差す。
「礼だ。たっぷりと戴くからなっ!」
「礼か……なら、南瓜のパイ2枚でどうだ?」
「すくねぇっ! 貰うなら一生分だ。とりあえず、それで手を打とう」
フェイの言葉に一瞬言葉に詰まるレッド。
頬を赤らめると「お、おぅ」と頷いた。
「今度オープンする喫茶リリアパイで、製菓担当を募集しているらしいんだ……そ、そこで修行してくる」
レッドらしからぬ小さな声で言われた言葉に、リリアは吹き出した。
巨乳女は微笑むと、どれだけリリアパイが美味しい南瓜のパイなのかを説明しだす。
滑らかな舌触り、とろけるような触感、パリッとしたハリ……妙に官能的に響く言葉の数々に、フェイはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「この傷だらけの肌触ってのソレはイヤミか?」
巨乳女に肌を触られ、パイのようだと称されたリリアは憮然とする。
「その傷がアクセントかもしれないわね」
嘯く巨乳女の言葉に、レッドは自分の傷だらけの身体も、魅力的に見えるのかもしれないとフェイに熱い眼差しを送った。




