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南瓜劇場  作者: 爽夏=sayaka=
蛮族戦線
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3.コボルト温泉

ライア山脈は休火山と言う事も有り、この地方各地で温泉が湧き出ている。

他国では病気治癒の為に飲料水として提供されているが、ここライア地方では入浴するために使われていた。

町や村では共用の温泉施設が整備され、温泉をうたい文句にした宿屋まで存在する。

デモンシティ近くの風光明媚な温泉郷であるコボルト温泉も、御多分にもれず、温泉をメインとした宿だ。

素泊まりの客をターゲットにした客室がある本館と、敷地内に点在する離れ(コテージ)。

ただ、コボルト温泉は、温泉での療養を目的とした長期滞在する金持ちの客よりも、近辺の蛮族を退治に来た冒険者たちが宿泊する施設としての色が濃い。

それは、行き場のないコボルト達が人間の温泉宿を真似て、コボルト達だけで運営しているという面も大きいだろう。

人族はコボルトを蛮族としてみる事が多い。蛮族も人族も共に共存するデモンシティにおいては、その力の無さから最下層の虐げられる種族としてみなされている。

そんな不遇な環境でも、コボルト達は他者に喜んでもらえる事が大好きな善良なモノがほとんどだ。

色んな種族の色んな者たちに喜んでもらえる為にと、デモンシティ傍に開業した温泉、それがコボルト温泉だ。

蛮族侵略に脅かされる今は、報酬の一環として、宿泊・入浴・飲食を提供して、デモンシティの守備をお願いしている。

もちろん、それにかかわる費用はデモンシティ側から提供されており、コボルト温泉としては、経営に問題はなかった。

経営だけを見るならば、だ。


(……痛い)


ここのところ、蛮族の侵略が激しく、戦いに明け暮れる冒険者たちの気がたっていた。

特に人間の冒険者にその傾向は高い。

蛮族のコボルトに対して、日ごろの憂さを晴らすが如く、いやがらせをしてくるのは日常茶飯事になっている。

なぜ、支給されているのがコボルトが経営する温泉なのかと言ういちゃもんに始まり、最後には蛮族をも許容するデモンシティの支配者への苛立ちにまで発展していた。


(……我慢しなきゃ)


玄関先を掃き清めているコボルトのハチは、左足を少し引きずるように動いている。

先程帰ってきた冒険者が、すれ違いざまにハチの脚を蹴りあげたのだ。

蛮族は蛮族らしく国に帰れなどと言われたが、ハチはこの場所以外に行くところが無い。


(大変なお仕事をされているんだし……)


給仕の合間に聞こえてくる話からも、現在冒険者たちが請け負ってる仕事と言うのは大変なものらしい。

だから、その苛立ちが少しでも晴れるなら、自分が少々痛い思いをしても仕方が無いのだと、ハチは痛みをこらえた。

コチラに歩いてくる足音がする。

ハチは慌てて箒や塵取りを見えない所に片付け、法被ハッピの埃を払った。

キチンとお出迎え出来るようにと、痛む足を堪えて、出迎えの姿勢を取る。

現れたのは、コボルト温泉を定宿としてくださる南瓜のリリア様とラルヴァのブロウ様、そして、初めてみるお客様。

ハチは、安堵の息を零す。

このお二方なら、無体な事をされないと知っているからだ。


「おかえりなさいませ」


ハチが頭を下げると、「ただいま」と声をかけられた。

それがとてもうれしいと、思わず尻尾を振る。

ブロウ様から、新たにフェイ様とフラン様お二方がパーティに加わる事になったと告げられ、現在使っている離れに追加で寝具を入れて欲しいと言われた。

離れは畳敷きに布団を敷いて寝るスタイルになっている。

布団を仕舞えば、部屋を広く使う事が出来るが、布団の上げ下げに従業員コボルトが部屋に入る事を嫌がり、使う方が少なかったため、お二方に提供していた。

その為、二人増えたとしても場所に問題はない。

ハチは了承の意を伝えると、リネン室に行って追加の布団を離れに運ぶ事にする。

急いで準備しなければと、足の打撲を忘れていた。

一歩足を踏み出し、痛みでうずくまる。

驚くお客様に、ハチは涙目で「もうしわけございません」と謝った。

ブロウ様が跪く。

何か御不快な思いでもさせてしまったのだろうかと、見上げたハチに手が伸ばされた。

反射的にビクッと身体を震わせるハチ。


「何もしないわ……ただ、その足の治療をさせてほしいの」


静かにブロウ様がおっしゃった。

ハチがコクコクと頷くと、柔らかな光が痛む足を包む。

痛みがひいていき、毛皮の下に出来た青痣が消えて行く。


「ありがとうございます」

「何処かにぶつけたのかしら? 気を付けて」


軽く頭を撫で、微笑んだブロウ様はお部屋に戻られた。

その優しい心遣いに、思わず涙が零れそうになったが、慌てて目をゴシゴシと拭い、仕事に戻る。

離れに布団を運び、次は給仕の仕事の時間だ。

ブロウ様に手当てをして頂いたから、足の痛みはない。

温泉内で酒宴を楽しむ方々の為に、注文を受け、料理を作って運び、酒を提供する。

コボルト温泉の自慢である温泉浴場は、凄まじいの一言だ。

初めて来たお客様は、皆さま度肝を抜かれる。

まず広さだが、チョットした湖くらいの大きさがあり、一寸高い崖の上から温泉の滝が流れてくる。

滝壺付近は3m程の深さがあり、注意が必要だ。

また、崖の上の源泉から流れて滝を落ちるため、お湯の温度が若干下がり、丁度良い湯加減になる。

お客様の中には、熱い湯が好きな方もいて、わざわざ崖の上の浴場に行かれる。

崖上浴場までの道は楽に登れるよう整備されているので、道に問題はない。

二種類の温泉が楽しめるのは、コボルト温泉の自慢の一つ。

また、温泉場での酒宴が開けるようテーブルも用意してある。

他に特色があるとしたら混浴ということだろうか。

主に宿泊されるのが冒険者ということもあり、男性が多い。

女性の冒険者の数は相対的に少ないのが現状だ。

だから、浴場の中は女性よりも男性の数の方が圧倒的に多い。

何時注文を受けても良い様に、ハチは浴場の隅に待機していた。

デモンシティからの出向で、冒険者間のトラブル解決の為に派遣されたエイヘーさんが、呼んでいる。

どうやら注文のようだ。

エイヘーさんの傍にはブロウ様のパーティメンバーの姿があった。


(皆さまで酒宴を開かれるみたいですね……先程のお礼も含めて、急居で準備しないと!)


ハチは注文を受けると、イソイソと厨房へ向かう。

早くお酒や料理を運ぼうとしたのだが、頭に衝撃が走り、その場に倒れた。

足元には、手のひらほどの石が落ちている。

どうやら投石されたらしいとハチが気付いた瞬間、次々と石が投げつけられる。


「い、いたっ……」


溢れる涙。少しでも当たる石の数を減らそうと小さくうずくまる。

ふと視線をあげれば、ブロウ様が眉をしかめて、冒険者の方をチラリと見て、こちらに歩いてくるそぶりを見せた。


(いけないっ!)


この石つぶての中、自分に近寄れば、ブロウ様にまで被害が及ぶと思ったハチは、手のひらを押し出すような動きで近寄るなと示す。

そんな中、浴場内に声が響き渡った。


「オイコラオッサン、ちょっと面かせや」


力強い言葉に投石が止む。

南瓜を被っていなかったため気付くのに遅れたが、冒険者がたを止めてくださったのはリリア様だった。

一喝されたリリア様を冒険者がたは「ぁん?」と睨みつける。

リリア様を庇う様に立つフラン様。

投石していた冒険者がたは、まさかご自分たちの行動を止められるとは思っていなかったようで、口々にリリア様を罵りだした。

そんな冒険者がたの言葉をフッと鼻で笑われたリリア様が告げる。


「弱いモン虐めして、自分の身勝手な主張すんのが、大人の男のする事か」


(あぁ……)


その力強い言葉にハチは涙する。

ずっとずっと欲しかった言葉が胸にしみわたる。

考えてはいけないと目をそむけていた自分の思いが溢れだしそうになったが、また飛んできた石つぶてに慌てて身体を小さくした。

暖かな腕がハチを包む。

ギュッと柔らかな胸にハチを抱きしめるブロウ様にも、石が当たり続けていた。


「今度は守ってあげる……私の目の前で殺させたりしないわ、ハチ」


ブロウ様がハチを抱きしめ、庇いながら呟く。

自分の名前を呼ばれたはずなのに、自分ではない誰かに言い聞かせるように呟かれた言葉に、ハチは疑問を抱いたが、投石がブロウ様に当たっているという事実がハチを慌てさせた。


「ブロウ様! 私なぞ、放って……」

「大丈夫よ」


ブロウ様はキッと目の前に立ちふさがる冒険者がたを睨みつける。


「そこをどいてくださるかしら? お望み通り、アナタの目の前をウロウロしないわ」


温泉から出ようとするブロウ様に、冒険者がたはハチを捨てるように言い、ブロウ様を慰み者にしてやると嗤う。

そして、冒険者がブロウ様を殴り付けた。


(ブロウ様、私を捨ててください!)


荷物ハチを抱きしめているブロウ様は、拳を避ける事が出来ずに殴られる。

大きな水しぶきとともに温泉の中にブロウ様が沈む。

リリア様をかばったフラン様も温泉の中に沈み、二人の水しぶきがフェイ様を襲う。


「いいざまだぜ」

「人間以外は死ね」


嘲笑う声が洗い場から聞こえる。


「痛……コボルト君、大丈夫?」

「きゅぅん」


思わず目の前の双房に縋りつく。

大丈夫だと強がりたかったが、恐怖の方が強かった。


「たーく、いわんこっちゃないぜ」


フェイ様が、ブロウ様とフラン様を湯の中から助け起こした。

リリア様が心配そうにこちらに歩み寄る。


「大丈夫?」

「大丈夫です。お姉さま。今度は私が、お姉さまをお守りします」


フラン様が力ず良く宣言するが、露天風呂の周りを囲む冒険者がたの数は20人強。

4人だけで対抗できるような数では無い。

絶体絶命かと思われた時、フェイ様が小さな声で囁いた。


「マギスフィアを隠し持ってきた―――スモークボムをあいつらに投げるから、逃げるぞ」


準備する姿を冒険者がたに見つからないよう、フェイ様が後方に下がる。

冒険者がたとブロウ様、リリア様、フラン様とのにらみ合いが始まった。


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