2.強力な助っ人
次々と現れるゴブリンとボガードたち。
終わったかと思うと、血の匂いに誘われてか、はたまた闘う音が聞こえたからか、次の敵が現れる。
黒いマントで全身を覆い南瓜の被り物を被るリリア、身体の線の出るピタッとした薄手の服を着たブロウ。
二人の冒険者は、蛮族侵略隊討伐の依頼を請け負って、ここで戦っていた。
依頼には、一般市民である蛮族に怪我を負わしてはならないという条件があり、それが依頼の難易度を難しくしている。
蛮族だからと闇雲に倒す訳にはいかないのだ。
二人は、近付いてきた蛮族が、倒すべき敵か、倒してはならない市民かを判断する。
それから行動しなければならず、どうしても、攻撃前に一拍置いてしまう事になるのだ。
相手を見つけてすぐにアクションが取れない。
それが精神的に二人を疲弊させる。
加えて、次々と敵が現れると休む間がなく、体力が落ちてくる。
精神的にも肉体的にも疲労の度合いは半端ないため、いい加減、打ち止めにして貰いたいものだと、心底願っていた。
連戦に次ぐ連戦で、ブロウの拳は真っ赤に染まり、魔香草を使う時間のないリリアの魔法行使力(MP)は目減りする一方。
ラルヴァであるブロウは、太陽の下では、自分の力を出し切れない。
暮れゆく太陽を感じた彼女は、陽が落ち切れば全力で戦えると、一縷の望み抱いた。
その一瞬の隙をついて、二体のゴブリンがブロウの後方へと走り抜ける。
「しまっ!」
ブロウの背中に嫌な汗がドッと流れた。
後衛であるリリアは魔法を得意としている。
魔法を使うには魔法行使力(MP)が必要不可欠で、現在、彼女の残力は少ない。
「リリアっ! 逃げなさいっ!」
「そんな訳に行くかい!」
敵から目を離す事なくブロウは叫ぶが、リリアに叫び返されてしまう。
馬鹿な事をと、敵の攻撃をかわしながら後方を確認したブロウは、グッと唇を噛みしめた。
リリアは逃げる様子を見せない。
それどころか、逆に気合を込めて槍を構え、迎え撃つ姿勢だ。
(無茶よ)
焦りが拳に伝わり、命中するはずの攻撃は、紙一重で避けられてしまう。
リリアを護らなければと思う気持ちとは裏腹に、目の前の敵は数を増やした。
「くぅっ……」
なんとか敵の攻撃を避けるが、リリアの事が気になり集中できなかったのだろう。
ボガードの剣が服に引っかかり、ビリリと嫌な音がして破れた。
ニタリとボガードの唇が、厭らしい笑みを浮かべる。
「イイ眺めボガ」
ブロウの胸元が破れ、その破れ目から魅惑的な谷間が現れたのだ。
ボガード達はゴクリと喉を鳴らし、我先にとブロウに殺到するも、彼女は軽やかに避ける。
踏鞴を踏み、転倒するボガード達には見向きもせず、リリアに襲いかかろうとするゴブリン達を殲滅せんと振り返ったブロウ。
その時、ゴブリンが棍棒を振りあげた。
「リリアっ!」
自分は又も護りきれないのかと、ブロウが悲痛な叫びを上げた時、一発の銃声が辺りに響いた。
銃弾はゴブリンの腕を撃ち抜く。
その瞬間を見逃さなかったリリアが、目の前のゴブリンに魔法を放つと、ソレは白目をむいて絶命した。
もう一体のゴブリンはというと、目の前に現れた小柄な少女の姿に目を白黒させていた。
「ウフフフフ……ミツケタミツケタミツケタ」
まるで呪詛のような言葉を繰り返す少女。
彼女の呟く声にリリアの背筋を妙な寒気が駆け上った。
少女の蹴りが棍棒を持ち上げたゴブリンの胴体へ、吸い込まれる様に入っていく。
ドゴッと鈍い音とともに、ゴブリンは勢いよく吹っ飛び、そのまま木にぶつかった。
思わぬ強力な助っ人の姿に、ブロウはリリアの安全を確信する。
(後ろは大丈夫……)
起き上がったボガードを、振り向きざまにキッと睨む。
自分は自分の役目を果たすだけだと、ボガードに拳を振るった。
はじけ飛ぶボガードだった肉塊。
「ここは通さないわよ」
そう言いきったブロウの言葉通り、ボガード達は倒れた。
次の瞬間、後方から小柄な少女が現れ、ブロウの隣に並んだ。
「オネエサマミツケタミツケタ……フフフフ、オネエサマノテキ、タオシテ、ホメテモラウ」
ブツブツと呟きながら、笑みを浮かべてボガードを蹴り飛ばす少女。
助っ人だと分かっていても、ブロウは背筋が寒くなる事を抑えられない。
(コレは、味方……多分、味方……の、はず?)
何とか心を落ち着かせながら拳を繰り出すブロウ。
長い戦闘が終わった後には、戦闘のすさまじさを示す様に、黒こげの肉塊と砕かれた肉塊の山が出来ていた。
「お嬢ちゃん、だい……じょ……」
一呼吸おいて、ブロウが自分の傍で戦っていた助っ人の少女を振り向くや否や、絶句した。
彼女は小型のナイフを取り出すと、嬉しそうにボガードの鼻を削ぎ落していたのだ。
唖然とし言葉を失うブロウの前で、ボガードの鼻を掴んだ少女は、軽い足取りでリリアの方に向かう。
踊るように、跳ねるように進む姿は、喜びに充ち溢れていた。
「お姉さまっ!」
小柄な少女が、にこやかな笑みとともに、リリアにボガードの鼻を差し出す。
固まる周囲にお構いもせず、少女は心底うれしげに笑う。
「ウフフフ……リリアお姉さまの邪魔していたボガードを殺しました。お姉さま、褒めてくれますか?」
嬉しそうな少女の姿と言葉に似合わぬ、両手に乗せた血まみれのボガードの鼻。
かぼちゃの被り物の中、顔を引き攣らせたリリアは、助けを求める様に周囲に視線をめぐらす。
「リリア……知り合い?」
「こんな怖い子知らん……」
尋ねるブロウに応えるリリア。
少女は首を傾げながらも、ジッとリリアを見つめる。
「お姉さま?」
「え……えーと、確かにウチの名前はリリアやけど……人違いちゃうかな? なーんて……」
しろもどろなリリアに対し、少女は自信たっぷりに答えた。
「いいえ! 私にはわかります。あなたは私のお姉さま。リリア・U・フィロメント様です」
「なんだチビすけ? てめぇの知り合いか?」
精悍な顔つきのルーンフォークが、銃を担いで近付いてくる。
その姿に、ブロウはハッとする。
助けてくれたのは、気味の悪い、外見だけは愛らしい少女一人では無かったのだ。
「助太刀感謝するわ」
「袖すり合うのもなんとやら、ってな―――俺はフェイ・フォッガー。見ての通り冒険者だ」
「はじめまして。私たちも冒険者よ」
ニヒルに笑みを浮かべるフェイに、ブロウは自分とリリアを指差す。
「私はブロウ……あっちがリリア」
「おぅ。よろしくな、デカ乳に……南瓜頭」
ブロウの指に合わせて二人がリリアを見ると、彼女は少女の扱いに困りきっていた。
「そこまでにしとけ、チビすけ……マジで引いてるから」
フェイが助け船を出すも、少女の耳には入らなかったようで、一途にリリアを見つめ続ける。
リリアは困惑気にブロウを見た。
その助けを求める視線に肩をすくめたブロウは、ポツリと呟く。
「…………とりあえず、褒めてあげたら?」
「あ、あぁ……」
ブロウの言葉に、リリアはコクコクと頷くと、少女に「ありがとな」と一言告げる。
リリアの一言を耳にした途端、パァっと表情が明るくなる少女。
「私、お姉さまのお役に立てたんですね。嬉しいです!」
少女は感激のあまりリリアに抱きついた―――ボガードの血まみれの手で。
言葉もなく慄くリリア。
少女はリリアの様子を気にする事なく、思いの丈を吐きだした。
「お姉さまお姉さま。本物のお姉さまだ。ずっとずっとずっとずっとお姉さまだけを想い、お姉さまの為だけに生きてきました」
その姿に「本当に知らないの?」と確認するブロウ。
錆ついたブリキの人形のように、ギシギシと首を振ったリリアは「知らん」と一言漏らした。
ならばと、ブロウが少女に名前を尋ねるも、その言葉は少女の耳を素通りした。
「お姉さま、本当に私が判らないのですか?」
ただ一点、リリアの「知らん」という一言を拾い上げた少女が、目に涙をため、ジッとリリアを見つめる。
その視線にウッとリリアは言葉に詰まった。
「む、昔な……事故したんや。そん時に、ちょっと記憶無くしてな……」
何かに気付きハッとした表情を浮かべた少女は、次の瞬間沈痛な面持ちになる。
何か言わなければと口を開いたリリアは、少女の名前を聞いてない事に気付いた。
「名前、なんてぇの?」
その言葉に少女はウットリと微笑んだ。
「私は、お姉さまと『運命のアカイイト』で繋がった宿命の人です!」
「だ・か・ら、名前……」
疲れた様にリリアが呟く。
後ろで「オマエ、本当に人の話きかないな」と呆れるフェイの声が零れた。
少女は、リリアに見つめられて花がほころぶように微笑む。
嬉しくて仕方が無いと言った様子の少女に、彼女の琴線がどこにあるのか、全員が疑問に思った。
少女は告げる。
「フラン。フランソワーズ=ドッスといいます」
「フランな……」
その名前に、リリアは何処かで聞いた覚えがと思い、ブロウは二度と会いたくない某公爵を思い出して青ざめた。
さて、話が途切れたと見たフェイは、「なぁ、南瓜頭」とリリアに声をかける。
実は、リリアが持つ槍を一目見た時から、何処かで見覚えがある様な気がしたのだ。
フェイがリリアに声をかけた途端、フランは不届き者をギッと睨んだ。
けれどもその視線を、あっさりと無視して、フェイは言葉を続けた。
「一つ質問なんだが……」
「なんや?」
「俺の顔に見覚えあるか?」
フェイの疑問に、リリアは申し訳なさそうに困った声で答えた。
「昔の事故でな……記憶がないんやわ」
「そうか」
リリアの答えにフェイはヒョイと肩を竦める。
「悪かったな」
「いや、構わへん―――なぁ、ブロウ」
「なぁに?」
「そこで見てへんで、さ……これ、何とかならへんかな?」
自分に抱きついているフランを困惑気に見つつ、ブロウに助けを求めたが、ブロウは無情にも「ならないわね」と答えるのだった。
やがて、辺りは日が落ち、薄暗くなると、徐々に肌寒くなる。
デモンシティは標高の高い山の中腹に位置する為、春になったと言っても、夜になると途端に気温が下がる。
「良い温泉があるわ」
特に目的があるわけではないフェイは、リリアとブロウとともに、彼女たちが定宿にしているコボルト温泉に向かうことにする。
フランと言えば、長年恋い焦がれていたお姉さま(リリア)に運命的に再会できたと、彼女の腕にしがみ付いて離れない。
かなり持て余し気味のリリアの様子などお構いなしである。
道中、温泉宿と聞き、手持ちが心もとないと肩をすくめるフェイに、ブロウは「良い話があるわ」と微笑む。
「私たちと一緒に仕事をしない? 今なら、温泉宿に宿泊し放題の入浴し放題、食べ放題の飲み放題よ」
「んな上手い話が……」
「あるのよ。対価は、ちょっとした依頼を受けるだけ―――蛮族(困ったチャン)を退治するだけの簡単なお仕事」
怪訝そうな顔をするフェイに、さらりと蛮族部隊掃討依頼について説明するブロウ。
その仕事内容が、デモンシティの市民である蛮族と、デモンシティに害をなす蛮族とを選別して始末しなければならないと聞いたフェイは、思わず「面倒だな」と呟く。
「私はお姉さまについていきます。私とお姉さまは運命共同体なのですから」
リリアの腕にぶら下がって、何処か夢心地に告げるフランに、思わずリリアは「アンタにゃ、誰も聞いてないよ」と零した。
後ろから聞こえてきた言葉に、何も言わなくてもフランはリリアから離れないだろうと、確信した。
同時に、助けを求める様な視線を背中に感じたが、厄介な事にしかならないと素知らぬふりをする。
とりあえず、戦闘の際の頭数を揃えるためにも、フランの周りに垂れ流される毒(お姉さまラブラブ光線)を分散させるためにも、フェイをパーティに囲い込まねばと考えていた。
フェイはフェイで、リリアの持つ槍が、自分の過去に何か関わりがあるのではないかと疑問を抱いていた。
あやふやな自分の記憶の中、微かに残る槍を持つ人物。
リリアと言う存在が、自分の失われた過去にどうか変わるのか知りたかった。
「まー、特にコレって目的もねぇし、付いて行ってやってもイイぜ」
「心強いわ」
フェイの思惑に気付く事なく、聞こえて来た色よい返事に、ブロウは軽く微笑んだ。