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南瓜劇場  作者: 爽夏=sayaka=
蛮族戦線
2/18

1.ライア領主

海からの暖かな南風が大きく開いた窓から入り込む。

庭に植えられた数多くの花々の良い香りが室内に入り込み、春も盛りな季節を感じられた。

ガレーネは届けられた報告書に目を通した途端、眉根を寄せる。


「ドレイク、エンペラー……」


報告書にはライア山脈をはさんでアチラ側で、ドレイクエンペラーが誕生したと記載されていた。

また、ドレイク達は誕生した皇帝に歓喜し、彼らの悲願であるデモンシティ奪還に向けて準備を進めていることも追記されている。

報告書が書かれたのは、ひと月前。

途中行方不明になる場合を考慮して、作られた冊数は10。

届けられたのは今朝一通のみという事は、他の報告書は何処に流れたのか。

そういえば、思い当たる節の一つが、今日も特使を派遣した来たと、フラン公爵との面会人名簿を確認した。

広く知れ渡ったフラン公爵の女好きを弱点と見た各国が、ハニートラップよろしく美女を特使として送り込んでくる。

しかし、それはただ単に、美味しい餌を届けるだけの間違いではなかろうかと、ガレーネは思う。

現に、隣国からの特使が現在面会されているが、あちらの希望で密室に二人きり。

それは、腹をすかせた獅子の前に兎を置くような物で、網にかかったと喜んだ兎が、逆に美味しく食べられているだろうことは想像に難くない。

主の事だ。情報を与えるどころか、逆に情報を吸いだしていることだろう。

彼女らが自国に戻った後、無能者の烙印が押されたとしても、コチラには何の影響も無いのだ。

影響が無いどころか、捨てる手間が省けて好都合だと言いかねない主を思い、ガレーネは肩をすくめる。

報告書の内容は、すでに別ルートで手元に届いていた。

今さら読まなくても内容は分かっているが、どう改変されているのかも興味がある。


「20万の大軍……ライア山脈を越えて……」


ブツブツと呟く。

ワザとらしさを感じさせないように程良い音量で、独り言のように呟く。


「先遣隊……やはり、苦戦して……」


パラパラと報告書をめくる。

若干誇張されているが、先に受け取った報告書の内容と違っている個所は少ない。

不安要素を大きく、希望的要素を排除した報告書。

締めに人族の力を結集しなければ、20万もの大軍を退けられないと纏められていれば、恣意的にねつ造されていると見てしかるべきだろう。

蛮族と言っても、侵略軍の蛮族とデモンシティに住む蛮族とがいる。

それらを区別して、侵略軍の蛮族のみを排除しなければならない冒険者たちは、仕事がしずらい現状に苛立っているのは間違いないだろう。

ただ、元より弱者には厳しいデモンシティだ。

弱い冒険者は生きていけない。

先遣隊の主力はゴブリンとボガードということだから、簡単にやられるのならば、冒険者の腕が悪いと言うだけの話。

そして、本隊を20万と読んで絶望的だと報告されているが、蛮族軍が越えてくるのはライア山脈だ。

天然の要塞であるライア山脈を無事越えてくるのは、多く見積もっても半分。実際は2割程度だろう。


(4万程の『大軍』で、あの方が殺せるはずがありません)


デモンシティの支配者である謎の魔神。

彼を倒さなければ、蛮族軍は、デモンシティを手中に収めることは出来ない。


(サボり癖があり、出来るだけ自分の力は使いたがらない方だというのが、少し問題ですが……)


ノックも無く部屋の扉が開いた。

現れたのは長い黒髪の女物の服を着た美しい人物。

ぞわりとする色気を纏った彼は、嫣然と微笑む。


「特使がお帰りになるわ」

「お疲れ様です」

「突かれたのはアチラよ。あたしは、楽しんだだけ」


フフッと笑うとフラン公爵はガレーネの手から報告書を奪う。

パラパラと眺めると、堪え切れない笑いを漏らした。


「他国の援助を受けるべし? 本当にこんな報告書を信じると思ってるのかしら?」

「フラン様……」


チラリと周囲に視線をめぐらすガレーネに、フランはヒラヒラと手を振る。


「掃除は終わってるわ。大丈夫よ」

「……特使の方へお渡しする親書は如何いたしますか?」

「お断りするだけだから、いつもので良いわ」

「畏まりました」


ガレーネは引き出しの中から書き溜めて置いた書類を一枚、封筒に入れ、蜜蝋で封をした。

一度他国を頼り、軍を入れてしまっては、その軍を追い出すことは難しい。

内部に他国軍がいるとなれば、それは安全よりも脅威にしかならず、近い将来、その軍にライア地方は脅かされる事になるだろう。

デモンシティに眠る大量の魔晶石は、吸い上げられ、富を他国へと運ばれてしまう。

それを防ぐには、最初から他国の干渉を跳ねのける必要があるのだ。

ついでにいえば、怠け者に仕事をさせれば、何の問題も起きないはずなのだが……働かせるの(それ)が一番難しいと、蜜蝋を乾かせながらガレーネは思う。


「アカデミアに連絡は?」

「滞りなく……学園長の萩様から了承のお返事をいただいております」


フランから指摘された事は、もうすでに手配している事だ。

学術都市アカデミアには各国の王侯貴族の子女が集まっている。

もし、なんらかの事件でも起きれば、それを理由に各国の介入を招いてしまう。

現状以上の混乱を招くとあっては、フラン公爵も慎重を期したいのだろうと、ガレーネは為政者らしいフラン公爵の姿に違和感を抱いた。


「そう……詰まらないわね。少し騒ぎが起きて、楽しい事になれば良かったのに」

「……」


やはりと何処か分かっていた事ではあるが、常識的な判断を期待するだけ無駄だと、ガレーネは軽く目を瞑った。


「あぁ、そう言えば、デモンシティの内部で反乱があるみたいよ」


クスクスと楽しそうにフラン公爵は告げる。

どうやら定期連絡がフラン公爵の元に届いたようだ。


「あたしが、支援を断り続けたら……反乱軍も膨れ上がるでしょうね」


フラン公爵は、楽しくて仕方が無いと笑みを深くする。


「人間って、ホント自分たちが一番なのね。蛮族を排除して、人間だけの場所にしようとしてるみたいよ―――あの、デモンシティを」


おかしくてたまらないと笑いだすフラン公爵。


「知らないって、本当に平和よね。しばらく楽しませてもらうわ」

「それでは、ライア領といたしましては、デモンシティの騒ぎには関知しないと言う方向で?」

「えぇ。あそこは、私のモノじゃないもの。私がアレと約束したのは他国からの介入を防ぐと言う事。それ以外は、当事者同士で解決して貰うわ」


そう言いつつも、偵察兵にはシッカリと報告させるのだろう。

そして、それを娯楽映画の様に楽しむのだろう。

今、ガレーネが出来る事と言ったら、近隣の町や村に被害が及ばぬようライア騎士団を配置させる事と、ドレイクエンペラーが女性だった場合、絶対に知らせないように周知徹底する事だけ。

もし、ドレイクエンペラーが女性だとしたら、フラン公爵の事だ、確実に逢いに行く。

それを止める事は誰にも出来ない。

ならば先に手を打っておかねばと、ガレーネは決意するのであった。


(そういえば、あのラルヴァの女性は……デモンシティを拠点としているとのことでしたね)


以前、飛行船で視察した際に雇った冒険者の女性を思い出す。

彼女もこの騒ぎに巻き込まれているのだろうかとガレーネは気になったが、舞い込んできた仕事に追われて、すぐに記憶の奥深くに押し込んだ。


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