舞台裏
役者が女性ばかりの歌劇団の公演初日。
男の役も女の役も女性が演じると話題になり、客の入りは上々。
また、彼女たちの演技も見事なもので、最初は色物劇団と揶揄していた観客たちも、次第に舞台の中に引き込まれていく。
クライマックスシーンへ向かう頃には、観客の誰もが固唾を飲んで舞台に魅入っていた。
『男装の麗人である美少女リリア』が領主様から爵位を授与され、その傍らに立つ『女装した美少年フラン』がリリアを眩しそうに眺める。
「おめでとう」
「めでたいんか?」
照れくさそうに笑うリリアにフランは微笑む。
「私は誓うよ。キミの剣となり、盾となって、キミを守ることを」
高らかと宣言するフランの言葉に、領主が頷いた。
「ならば、お前に騎士の位を授けよう。リリアを助け、ともにデモンシティを守るのだ」
「私が守るのはリリア、キミだ。キミに属するものすべてを守るために、私はずっとキミのそばにいる」
領主から受け取った剣をリリアに捧げるフラン。
観客席からは、そのりりしい姿にため息がこぼれた。
ふわりと舞台と観客席の間に白い紗の幕が下りる。
舞台後方から光が照らされ、その幕に男女のシルエットが浮かび上がった。
ゆっくりと二人の影が近づいて重なったあと、一拍おいて左右から緞帳が降りてくる。
緞帳によって、完全に舞台と観客席とが切り離されると、物語に引き込まれていた観客たちは現実に戻りだし、その舞台の素晴らしさを称えて惜しみない拍手を贈りだした。
「上手く出来たわね」
舞台を一番よく見える場所に作られた個室の観覧席。
窮屈な一般席とは天と地ほどの差があるその部屋の内装は豪奢なもので、設えた調度品も一目で一級と分かるものだった。
ゆうに3人は座れるようなアンティークのソファに寝そべるフラン公爵は満足そうに呟いた。
「真実の一部を混ぜて、大衆受けするように脚色を施した物語……」
当時を思い出すと優美な唇は弧を描き出す。
あのときこの場所を陣取っていたヴァンパイアローズの高慢な美女。
手下を使ってデモンシティを混乱に陥れた理由は、自分の玩具である娘が安心して暮らせる場所をなくすためだったと知るものは少ない。
そのあまりにも自分勝手で矮小な理由で犠牲になった沢山の者たちを高笑いで見続けた彼女は、自身の企みが潰えたことを知ると小さな蝙蝠へと姿を変え、デモンシティからの逃亡を図る。
面倒なことをしでかした相手が、見目麗しい美女だと知ったフラン公爵は、逃げようと羽ばたく蝙蝠を自らの屋敷へと連れ帰った。
「楽しませてくれたご褒美を上げるわ、ロゼ」
「何故、私の名を知っているのかしら? お前ごときが、私の名を軽々しく呼ぶのは不愉快だわ」
フラン公爵が、教えもしたことがない女の名を告げると、女は驚いた表情を見せ、虚勢を張る。
しかし、公爵からの執拗な責め苦に主導権を奪われ、許しを請うことになり、その場から逃げださんと公爵の機嫌を取るような言動を取ることになるなど、彼女にとって屈辱的なことを強いられた。
その場から逃げおおせると、女の怒りの矛先は、自分をこんなにも惨めな状況へと導いた玩具である娘へと向かい、恨みを費やす。
女を逃がした後も観察していた公爵には、それが手に取るように分かり、楽しいことになったと、彼女の恨み辛みが向かうであろうブロウに接触したのだ。
ブロウに出来たばかりの歌劇『Pumpkin Theater』の台本を渡して読ませると、元々血色の悪いブロウの顔色が白くなり、台本を持つ手がカタカタと震え始めた。
「これを……公表するつもりですか?」
「どうしようかしら?」
にっこりと公爵は微笑む。
台本の中には、ブロウの生い立ちから、彼女の母親から仕掛けられたお遊び、今回のデモンシティでの騒ぎの裏事情まで詳しく記されているのだ。
この台本通りに上演されれば、ブロウに向かう視線が厳しいものになるのは間違いないだろう。
「今、劇団を探しているの」
楽しげに告げる公爵の言葉に、ブロウはなりふり構わず「やめてください」と縋り付いた。
どうしようかと思案しながらも公爵の指はブロウの身体をなぞる。
ゴクリとブロウの喉が鳴り、恐怖に引き攣りながら、ブロウは自らの身体を交渉材料に選んだ。
「残念なことに、ご褒美に熱中しちゃって、叙勲式をすっぽかしちゃったのよね」
遊び終わった後呟いた公爵の言葉に、ブロウは公爵の興味の矛先が友人へと向かい、友人夫妻の仲に亀裂が入る事態になることを恐れた。
公爵の関心を引くために、物語の大筋を変えずに、若干の脚色を加え、その劇を女性ばかりの劇団に演じさせることを提案したのだ。
ブロウの言葉に公爵は「おもしろそうね」と微笑み、自身の秘書官に手配を命じる。
そして、安堵の息を漏らすブロウを眺めた公爵は、舞台初日に同伴することを交換条件に、リリア伯爵への関心を無くすことを約束した。
現在、舞台初日にブロウは公爵の傍らにはいなかった。
聞き耳を立てている蝙蝠のそばで、ブロウに交換条件を告げたのだ。
楽しいことになっているのは間違いないだろう。
「約束よね」
公爵は明るくなった客席を眺めながら、自身の秘書官に命じる。
「リリア伯爵を、侯爵に取り立てるわ。叙勲式の準備と、日程調整をしなさい」
「御意に……」
「あぁ、ガレーネ。これは、契約よ」
ニンマリと公爵は笑う。
「アナタは、あたしがリリアへ直接叙勲できるよう、取計らうの。分かったわね?」
「御意にございます」
ガレーネは恭しく頭を垂れた。