4.観衆の中で
まるで演劇を見ているかのようだった。
街を混乱に陥れるために、様々な手を繰り出したナミヘー。
ソレに対して、街を守るために立ちあがる年若い少女たちと青年。
自分の実力以上の相手だと言うのに、一歩も引かず立ち向かっていく姿は、一部のデモンシティを食い物にせんと欲に塗れていた神官たちの心を打った。
「頑張れっ!」
「負けるなっ!」
何処からともなく、リリアを応援する声が上がり、それがさざ波のように広がって行く。
リリアを庇い、ジェイドバジリスクの攻撃を受けた少女が血だらけになって立ち上がる。
思わずスピアは観客席に向かって叫んだ。
「彼女たちに力を貸してくれっ! 回復を、回復の魔法を!!」
カラカラに渇いた喉では大きな声が出ない。
その間も、ジェイドバジリスクの攻撃の手は休むことなく、リリアを狙って繰り出されていた。
観客席に座る神官たちも、滅多にお目にかかることはない高レベルの蛮族の姿に腰が引けていた。
フォースを神に願おうとした神官は、ジェイドバジリスクと偶然目が有ってしまい、恐怖に怯えた。
キュア・ハートを願った神官もいたが、上手くいかず、神の奇跡を体現することは叶わなかった。
それでも幾人かは神の奇跡を具現し、舞台上にいる少女とスピアの傷を癒す。
傷が癒え、衝撃からホンの少しだけ立ち直り、なんとか動けるようになったスピアは、ジェイドバジリスクとの距離を開ける。
じりじりと後ろに下がるスピアの姿。
けれども、ジェイドバジリスクはスピアの事など眼中になかった。
リリアを最大の障害ととらえたのか、彼女を狙って攻撃し続ける。
(リ、リリア……)
過去、自分が助けた血まみれの女の子。
小さかった女の子に、自分は守られている。
ソレが情けないと思いながらも、自分はナミヘーの面影が残るジェイドバジリスクと戦う事が出来なかった。
心のどこかで、縋りついてしまうのだ。
コレは何かの間違いで、きっと元の優しかったナミヘーが現れるに違いないと。
(もしかしたら、本物のナミヘーはジェイドバジリスクに……)
「貴方は、利用されておしまいなのかしら?」
冷たい声が逃げようとするスピアの心を貫いた。
「私は、あの女になんて……負けない」
自由を夢見て飛び立つ翼に彼女は希う。
ル=ロウド神は彼女に奇跡の力を与えた。
神の奇跡が、ジェイドバジリスクの身体に衝撃を与える。
「あぁ、ココで引くワケにはいかねぇな」
ニヒルに笑った青年は、引き金を引く。
弾丸は狙い過たずジェイドバジリスクに吸い込まれていき、ジェイドバジリスクの身体に傷を増やす。
(私は……私は……一体どうすれば?)
彷徨う視線の先に、ジェイドバジリスクの攻撃を受けてなお立ち続けるリリアの姿があった。
その神々しくも、勇ましい姿に、スピアは神の欠片を見た。
「何故だっ!」
ジェイドバジリスクの焦った声が劇場に響く。
「何故、俺の攻撃を喰らって、平気な顔で立ち続ける……お前、化け物か?!」
「お前が言うなや」
反射的にリリアは返す。
その言葉に、一同、思わず頷いた。
自分の攻撃が効いたように見えないリリアの姿に恐慌をきたしたジェイドバジリスクは、わなわなと震えだす。
今度こそと、自分の最大出力で挑むも、リリアに致命傷を与えることは出来ず、ジェイドバジリスクの精神は燃え尽きた。
「な……何故、だ……」
驚愕に目を見開いたジェイドバジリスクの口から零れた言葉。
「お前、なにもんだ?」
ガックリと膝が折れたジェイドバジリスクから漏れた疑問に、リリアはにっと笑う。
「愛と勇気とデモンシティの守り神! リリア・U・フィロメント様や!」
そして、彼女がはなったリープスラッシュを受けたジェイドバジリスクは倒れて行った。
「貴方の目論見は潰えたのよ」
無表情にジェイドバジリスクの亡骸に告げた女は、リリアの方を向くと笑みを浮かべる。
「貴方のおかげね、リリア。やっと、勝つ事が出来たわ……ありがとう」
「えぇねん」
照れくさそうに笑ったリリア。
彼女の視線とスピアの視線が交わった。
「すまなかった、リリア」
スピアの口から自然に言葉が零れていた。
これまでの自分の理念も思想も、全てが綺麗に流されてしまい、何をしていいか分からない状態だったのだ。
以前、彼女に偉そうに告げた言葉でさえ、本当に正しいのか自信が持てない。
「私は……どうすればいいのか、解らん」
シンと静まりかえる劇場。
観客席は、固唾をのんで舞台上を見続けていた。
スピアの言葉が静かに劇場内に広がる。
「リリア。キミの考えを聞かせてくれ」
ジッと、観衆は一人の少女の一挙手一投足に釘付けになる。
少女は何かを考えるように目を閉じ、開いた。
「この街は、好きかな?」
少女の疑問に聴衆は一斉に頷いた。
スピアもまた、頷きながら「好きだ」と答える。
その答えを聞いたリリアは静かに微笑む。
「じゃぁ、考えなくても良いんじゃないかな?」
リリアの疑問に虚をつかれたように黙り込む。
脳内で何度も彼女の言葉を繰り返し、やはり理解できず、スピアは「どういうことだ?」と真意を尋ねた。
「好きなものを好きでいるために闘うなんてのは、外の相手だけで十分」
キッパリと言い切ると、ぐるりと劇場内を見回す。
ソコにいる誰もが次のリリアの言葉を待っていた。
リリアの唇が動く。
「皆、『この街の仲間』じゃないか」
リリアの答えに聴衆から拍手が沸き起こった。
スピアはリリアの言葉を噛みしめる。
「ありがとう」
拍手で聞こえなくなりそうな小さな声だったが、リリアの耳に届いたようで、照れくさそうに紅くなった顔を片手で隠した。
「やめーや、こっぱずかしい」
「お姉さま! 流石です♪」
戦闘中、リリアを守るためだけに動いていた少女は、リリアの言葉に感動して駆け寄ろうとした。
「おね……え、さま?」
ぐらりとリリアの身体が傾いた。
キラキラと輝く何かがリリアの身の内から零れ出し、コロコロと辺りに転がった。
その上に覆いかぶさる様にリリアの身体が倒れ込む。
「ほらっ! フラン!」
女が少女の背中を押した。
「貴方の出番でしょ」
「あ、あ……うんっ!」
少女は駆け出し、リリアを抱き上げた。
そして、何のためらいも無しに彼女に口付けを落とすと、そのままスクッと立ちあがって、劇場の外へと歩き出す。
スピアの出番は、何処にもなかった。
ただ、黙って見送ることしか出来なかった。