3.交渉?
小さな村だったら軽く2~3個は入ってしまいそうな広々とした大広間。
その高い天井には豪華絢爛な絵画で彩られ、それを支えるたくさんの柱は太く重厚な物が使われていた。
高い天井では、スプライトたちが強い光を放ち、震えながら飛んでいる。彼女たちはお互いに蛮族軍に使役される不遇を嘆きながらも、逃げる術を持たずただ悪戯に時を過ごすばかりであった。
広間にはドレイクを始めとした蛮族軍の上層部が集まっており、入ってきたデモンシティの特使たちを興味深そうに眺めている。
その目に宿す光は、猫がネズミをいたぶる時に見せる嗜虐的な物ばかりだったが、ドレイクエンペラーの後見役であるバジリスク『ナミヘー』の命令があるため手出しは出来ない。
彼らは御馳走を目の前に舌舐めずりをしつつも、事実上の蛮族侵略軍トップであるナミヘーには逆らえず、目の前に用意された料理に齧り付いた。
特使である四人は、巨大な広間に驚きを隠せず、また100人以上の高位レベルの蛮族の姿に挙動不審な様子を見せる。
人族側のテーブルには、肉を焼いた物の他にリリアパイが鎮座していた。
「よろこべ、今デモンシティで人気のリリアパイを持って来てやったぞ」
それはナミヘー自ら、昨夜並んで買って来た物だ。
本来ならば『あの方』へ中間報告をした後、褒美をもらいながら共に食すはずだった物なのだが、何処かの馬鹿が城に飛行艇をぶつけ、その機会を取り逃がしてしまった。
忌々しい事に、あの方はドレイクエンペラーを食し、ドレイクエンペラーと言えば至福のうちにベッドの住民と化す。
自分が貰えるはずだった褒美を独り占めした皇帝への些細な嫌がらせ。
(そもそもコイツらが邪魔をしなければ……)
至福の面持ちで眠るドレイクエンペラーを叩き起こしたのが先刻。
侍女らに皇帝らしい装いに着替えさせている間に、幹部たちを呼び寄せたナミヘーは、大広間の準備をさせた。
そして、特使たちを招き入れ、皇帝の入場を待つ。
ナミヘーは、特使の四人をじっくりと観察する。
白いスーツを着た南瓜頭の蛮族よりも蛮族らしい姿をしたデモンシティの全権大使リリア。
アウトローな雰囲気を漂わせた男フェイに、黒のスーツを着たチビっこい女フランと、透けたブラウスから見事な谷間を披露する巨乳の女ブロウ。
特にブロウと名乗る巨乳の女に目を奪われる。
若かりし頃のあの方によく似た姿に、生唾を飲み込んだナミヘーだったが、大広間の扉が開くと悠然と首を垂れた。
ドレイクエンペラーが大広間に来たのだ。
「わしが蛮族の全権大使だ―――こちらからの条件を出そう。選択肢は二つだ。全滅か奴隷。それ以外あり得ない」
交渉の席で、開口一番言い切ったナミヘーに南瓜頭は「友人という選択肢はないでしょうか?」と馬鹿げた事を言いだした。
鼻で笑ったナミヘーに対し、交戦の意思があると言葉を重ねるリリア。
ナミヘーはその言葉に笑いだした。
「お前たちに軍はあるのか?」
「正規軍がおります。一般市民とて、戦える者は義勇軍となって立ち上がります」
「内部争いで忙しいのであろう? そんな余裕はあるのか?」
義勇軍のリーダーであるスピアを使い、デモンシティの内部から切り崩しにかかっているナミヘー。
スピアからの信頼の下、全ての情報を握るナミヘーからすれば、手札として義勇軍の事を持ち出すリリア達は愚かだとしか言えなかった。
「スピアを反乱に導いたのは、わしだ。デモンシティには魔神がいると言う。最終的には、人族と魔神、両方が共倒れになるのだ」
ナミヘーの言葉に、「第二、第三の義勇軍が立ち上がります」とフランが叫ぶ。
しかし、そのことばも「わしらが勝てば問題ない」と一蹴するナミヘー。
言葉に詰まったリリアが見たのはテーブルの上に鎮座するリリアパイ。
「友好の証として、そちらのパイのレシピを用意してきたのですが」
苦し紛れのリリアの言葉に、ナミヘーはフムと顎を撫でた。
「よかろう、喫茶リリアパイの店員は助けてやる。我らの為に人肉パイを開発させようか」
ニヤリと嗤うナミヘーに、脳内に人間を切り刻んで作るミートパイを浮かべてしまい、三人は顔を青くする。
そんな中、フランはブロウの胸を指差した。
「人肉パイならココにっ!」
「え?」
いきなりフランに指差され、ブロウはキョトンとフランの指先を見つめる。
フランの指とともに視線をブロウの胸に向けたナミヘーは頷いた。
「ふむ、なかなかのものだ。そのパイは、後でわしがいただこう」
「……痛いのは嫌よ?」
思わずギュッと自分を抱きしめたブロウは呟く。
ナミヘーはニタリと笑って「結論を出して貰おう」と告げる。
「奴隷か、戦って全滅か。折角のココまで来た勇気を褒めてやろう。好きな方を選ばせてやる」
「我々の主張は一つ。不当な暴力行為の停止です」
キッパリと言い切ったリリアに対し、圧倒的有利さを疑いもしないナミヘーは嗤った。
「生存競争の暴力は正当だ。生き物は生きるために、他の動物を殺す―――だとしたら、我らが人族を殺すのに問題はない」
俯くリリア。その肩がフルフルと震えていた。
心配そうに見つめるフランの前で、「ケェケケヶヶケケケケケヶ」と不気味な笑い声が零れる。
微妙に恐怖にひきつるフランの顔。フェイとブロウもどうしたことかと顔を見合わせた。
とうとう気がふれたかと眺めるナミヘー。
「さよか、さよか」
「南瓜頭?」
「お姉さま?」
フェイの心配そうな声とフランの引き攣った声が被った。
ブロウは言葉も無く、リリアの事をジッと見つめる。
「そこまで言うんやったら……しゃーないな」
ボソリと呟かれた言葉に、ナミヘーは「どうするつもりだ?」と言ってニヤリと嗤う。
余裕の笑みを見せるナミヘーに対し、ククッと笑いながらリリアは尋ねた。
「こっちには闘うだけの武器も実力も無いとでも? 作戦も無いとでも?」
「やだ。お姉さまカッコイイ」
リリアの台詞に、フランは目をキラキラさせる。
苦し紛れにしては、やけに落ち着きを払っているリリアの姿。
ナミヘーは、その姿に一抹の不安を覚えたが、どうせはったりだろうと威圧する。
「あるなら見せてみろ」
「せやな、見せたろか―――フェイ、アレを」
ナミヘーの言葉に軽く頷くと、リリアはフェイに目配せをする。
「……?」
フェイはキョトンとリリアを見つめ返した。
一連の流れを見ていたブロウとフランは、それぞれボソリと囁いた。
「ビー玉……」
「信号弾ですよ」
「あ、あぁ!」
フェイは軽く頷くと、ポケットに入れたビー玉をこっそりと投げた。
否、正確には、投げようとした。
「あ゛……」
「え……」
「あ、あれ?」
「……」
大広間に沈黙が落ちる。
全ての動きが止まり、気まずい空気が辺りに漂った。
「……何の真似じゃ?」
「よ、余興にもなりませんでしたわね」
不審げなナミヘーに対し、にっこりと微笑んだブロウが答える。
「場を白けさせてしまい、申し訳ございませんでした」
ゆっくりと頭を下げる。
ブロウが身に付けているブラウスは、首元を覆うデザインだったが、首から胸元にかけてシースルーの透ける生地で出来ていた。
大事なことだから二度言おう。『透ける』生地で出来ているのだ。
一礼するブロウの動きに合わせて、クッキリとした胸の谷間がナミヘーの視線上に現れる。
透けて入ると言っても布一枚隔てている。角度によって見えそうで見えない絶妙なそれを見ようと、視線がブロウの胸元に集まる。
その隙を付いて、フランは転がったビー玉を拾いに向かう。
「皆さまの視線がに、耐えられなかったようですわ」
怖がるように腕をクロスさせ、自分の肩を抱くブロウ。
もちろん、気を引くために、肘で胸を挟み、グッと寄せる事を忘れない。
思惑どおりに、ナミヘーの視線はブロウの胸に釘づけになる。
ゴクリとナミヘーの喉が鳴り、口元がだらしなく緩む。
「次こそは、楽しい余興をご覧に入れましょう」
『余興を思い付いたわ。私の娘(玩具)で遊びましょう』
ナミヘーの目に、艶やかな微笑みを浮かべるブロウと、嫣然と微笑むあの方が重なった。
「あの方に……良く似ている」
「え?」
ナミヘーの言葉にブロウは首を傾げる。
「あの方……似てる……」
ナミヘーの言葉を口の中で転がしたブロウの顔が引き攣った。
次の瞬間、カーンと乾いた甲高い音がして、フランが投げた信号弾(ビー玉)が破裂した。
次の瞬間、耳をつんざくような爆音が轟く。
壁はガラガラと崩れ、近くにいた蛮族たちは肉片となって飛び散り、あるいは身体の半分を吹き飛ばされた。
その威力の凄まじさに、投げたフランはもとより、投げる事を指示したリリアも、信号弾だと知っていたフェイもブロウも呆然とする。
「お、俺の知ってる信号弾と違う」
ポツリと呟いたフェイの台詞に、リリアとブロウはコクコクと頷き、投げた張本人は涙目になった。
「コイツらを捕まえて、首をはねろっ!」
ナミヘーの怒号が大広間に響いた。
何が起こったか分からず、文字通りポカンと口を開けていた蛮族たちは、その声にハッとして、得物を構えた。
「た、退却ぅ!!」
リリアの裏返った声に、他の三人も行動をしようとする。
四人を捕まえようと蛮族たちが動き出した時、穴のあいた壁に飛行艇が突っ込んできた。
「危ないっ!!」
空いた壁の向こうから飛行艇が飛んでくるのが見えたフランは、軌道上にいたフェイを突き飛ばし、迫ってきた飛行艇を避けた。
迫ってくる蛮族を潰すように床に転げたフェイ。
「お前ら、乗れっ」
入口が開き、センジュが飛び出してきた。
フェイがスモークボムを投げ、蛮族の目をくらましたせいで、ナミヘー達は四人を捕まえる事が出来ない。
ブロウもバニッシュを蛮族たちに浴びせるが、蛮族たちには効き目が無く、逆にフェイに「早く乗れ」と急かされる。
飛行艇を降りたセンジュはと言えば、テーブルに載っている御馳走を素早く集めると、また飛行艇に戻って行った。
「いくぞー!」
センジュが叫ぶと、飛空挺が浮遊城から離れて行く。
蛮族たちは離れて行く飛空挺にに飛び乗ろうとしたが失敗し、地上へと落ちて行った。
デモンシティ交渉団が消えた後には、大きな穴が開いた大広間と散乱した肉片、食べ物の無くなったテーブルだけだった。
「……デモンシティへ行ってくる」
ナミヘーは忌々しげに告げると、浮遊城を後にする。
どうすれば良いか分からず助けを求める皇帝の視線に、その足を止めることは出来なかった。
(我が君……デモンシティの内部分裂は、確実に実を結ばせますぞ)
蛮族軍は進行するだけで問題はない。
デモンシティの内部分裂を収められてしまっては、あの方の御不興を買ってしまうと、ナミヘーは急いでデモンシティへと向かうのだった。