2.飛行艇
雲の合間からそびえ立つ雪をかぶった山々、ライア山脈。
雲の白と雪の白とが織りなす美しくも幻想的な光景を見ながら聞こえてくるのは、ガリガリと嫌な音。
恐怖に固まるフェイと、運転手に文句を言うリリア、その後ろから抱きつくフラン。
運転手の千住と言えば、笑いながら楽し気に飛行船を操縦していた。
ブロウは窓の外の美しい景色をながめ、現実逃避をしている。
今朝早く、千住に言われるがままに正装して喫茶店の前に集合した四人。
何処からか借りて来た飛行船に乗って現れた千住は、四人に飛行船に乗るよう指示し、これからドレイクエンペラーへ会いに行くと告げた。
遠くから「ドロボー」と叫ぶ声が聞こえたが、千住はどこ吹く風。もはや何も言えなくなった四人だったが、ドレイクエンペラーに会い、侵略を止めるよう伝えなければと、罪悪感を振り切り乗り込んだ。
自身がドレイクであるレッドは、四人と一緒に行く事は出来ないと告げる。
待っていると見送るレッドと、エミちゃん(種族名ゲルダム)に手を振ったところで動き出す飛行船。
出発してすぐ、交渉への対策会議をする面々に、千住は「いざとなったら投げろ」と信号弾を渡す。
「ビー玉?」
信号弾と言われたが、それはどう見てもビー玉にしか見えず、本当にこんな物が頼りになるのかと胡乱気な視線を送る。
しかし、コレを投げれば飛行船で迎えに来て貰えると言うのであれば有り難いのも事実。
とりあえず、『弾』だったら、マギシューのフェイに任せれば良いだろうと、フェイがポケットの中に無造作に突っ込んだ。
そして、今……敵の本拠地に向かって飛行船は進んでいた。
運転手は居眠りをしながら、飛行船の底や壁面を山々に擦りながら、乗客を不安と恐怖に陥れながら。
ガコンとスゴイ音がして、飛行船がはねた。
窓の外を眺め、現実逃避に励むブロウの前に岩肌が迫り、ブロウはギョッと目を見開く。
ブロウの目の前で、窓のギリギリを擦って飛行船は立てなおした。
「……」
現実逃避も諦めて、遺書でも書こうかとブロウが考えた時、雲の切れ間から見えたのは進軍する蛮族軍。
「アレを見て」
ブロウが仲間に声をかけ下を指差すと、三人の目にも雪の中突き進むゴブリンやボガード、オーガの群れを遠目に確認できた。
その後方に控えるは、天空に浮かんだ巨大な要塞城。
「……なあ、フェイ」
ニヤリとリリアは唇の端を持ち上げる。
「ひえぇー、こんな寒い中ご苦労なこって……あ? なんだ、南瓜頭」
雪を掻き分けながら進む蛮族軍を眺めていたフェイは、声を掛けられリリアに視線を移した。
「これ、上からグレネード何発か落としたら愉快な事にならへんかな?」
「なるほど、そいつは面白いな!」
ニンマリと笑うフェイ。グッと親指を突き出し、飛行船に積んであった魔晶石を使えば何とかなるかもと確認しようとする。
息の合った二人の様子に、フランは慌てて釘をさす。
自分たちは交渉に来たのだと放たれた言葉に、リリアは「でもなぁ」と名残惜しそうな声を零す。
「交渉前に決裂させてどうするのよ」
呆れた声でブロウも告げ、奥に見える浮遊城を指差した。
「あそこから補給を受けて進軍してるみたいね」
全員の目が浮遊城へ移動した直後、その浮遊城からこちらへと飛んでくるワイバーンやドレイクの姿を確認した。
「それに、お迎えが来たようよ。下手な事をしたら、コチラが墜落の危機になりそうね」
ボソリと告げたブロウの言葉に、「交渉旗! 交渉旗!」と慌てて敵意が無い事を示す旗を探し出すリリア。
フランも震える手で、荷物の中から交渉旗を取りだす。
「おおおおおおお前らなに震えてんだだだだだ」
ガクガクと身体を震わせながらも、気丈に告げるフェイだったが、窓から覗き込むドレイクの姿に、ヒィッと喉を詰まらせた。
(大丈夫かしら?)
ブロウが落ち着く様に声を掛けようと口を開いた瞬間、大音響とともに船が城に突っ込んだ。
その勢いで壁に激突したブロウは、一瞬意識が飛んだ。
ハッと気が付くと、三人は船から降りるところで、慌ててブロウも後に従う。
「着陸成功だ。じゃ、リリア全権大使、交渉を頼むぞ」
下船し城に乗り込んだ四人に対し、千住は満足げに告げると、即時城から離れる。
城には巨大な穴が開き、外から激しい雪吹雪が入り込んできた。
「これを成功って言っても良いのかしら?」
呆然と呟いたブロウに、フェイは肩をすくめる。
リリアは被り物の南瓜を動かし、鋭く告げた。
「皆! 臨戦体制や! 交渉なんて無理や!」
「そうです、降伏しましょう!」
リリアの言葉にフランは涙目で頷いた。
「なんとか、お姉さまの命だけでも護らないと……」
油断なく周囲を見回すフランだったが、足はガクガクと震えていた。
そんな二人の様子に我関せずと、フェイは「しっかり頼むぜ、リーダーさんよ」とカラリと笑う。
「私が貴方達を護るわ。だから、安心して交渉に専念して」
ポムッとブロウはリリアの肩を叩いて励ました瞬間、城の奥の方からドスドスという足音が響いて来た。
「……きっと、わかってくれるわ」
「だとえぇけどな」
希望的観測を述べるブロウに対し、何処か諦めたようにリリアは呟いた。
「誰じゃー! こんなとこに船を下ろした馬鹿もんは!」
怒り心頭な怒鳴り声が廊下に響く。
ゴクリと息をのむ四人の前に、ドレイクを従えた男が怒り心頭に現れた。
「出てこい! 殺してやる」
ピコンと一本の髪の毛を禿げ頭に揺らした男の姿に、フランは交渉旗をパタパタと必死で振った。
筋肉が盛り上がったガタイの良い身体に乗った頭には、コメカミから下、後頭部の下半分にしか髪の毛が無かった。
怒りを露に、目つきの鋭く凶悪な顔だったが、何処かで見た覚えがある顔に、リリア達はお互いに視線を送り、頷いた。
ブロウも仲間の視線から、同じ疑問を抱いた事を知る。
(確か、ナミヘーと言ってたわね。反乱軍の中心人物が、なんで蛮族軍にいるのかしら?)
そう、ふさふさの髪の毛は消えていたが、目の前に現れた蛮族とは、喫茶リリアパイの貸し切りを予約した人物だったのだ。
彼は、反乱軍の中心人物の一人として会合に参加していた。
どうなっているのかとブロウは首を傾げる。
「さ! お姉さま、口上をお願いいたします」
交渉旗を必死で掲げていたフランの声に、リリアは衝撃から立ち直った。
「初めまして、我々はデモンシティからの使者です。本日は大切なお話があって、こちらに参りました」
やけくそ気味のリリアの台詞なれど、南瓜の被り物が功を奏し、非常に落ち着いた冷静な声に聞こえた。
その落ち着きにナミヘーは「なにぃ、使者だと?」とリリアの姿をマジマジと見回す。
「よく来たな。度胸は褒めてやろう」
優位的立場に立つナミヘーは一同をしげしげと眺める。
「おっさんとチビと……この巨乳の女は貢物か?」
「交渉団の一員です」
言葉を返すが聞いている風もなく、ナミヘーは応接室に四人を通すと、交渉の場を設ける事を告げると、そこで待っているようにと言い捨てて出て行くのであった。