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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話ノ弍 〈二柱 (フタバシラ)〉
8/35

side:Hime 其の肆

 男の子の声を聞き、八雲と明さんが、並んで社の前までゆっくりと歩いてゆく。距離が10mくらいまで来たとき、御簾の向こうにいる男の子に対してか、1回頭を深く下げて礼をし、その場に正座する。明さんはともかく、八雲がいきなり神妙な態度を取ったことに、あたしはちょっとした衝撃を受けた。やっぱり神様の前では、乱暴な態度が取れないということなのかも。

 明さんが正座のまま振り返って、ぼ~っとしているあたしを一瞥した。あたしもあわてて、2人の後ろに同じく正座をした。そして、静かに男の子の次の一言を待つ。

「昨日の夜は、ご苦労だった。報告は、大まかに木村より聞き受けておる。なかなかの大事だったようじゃな」

 男の子の声が響く。話し方はともかく、聞く限りでは10歳程度の男の子の声だ。しかし、空間に響くこの声は、どこかで聞いたような…。いつだったかな、暗闇の空間の中だっけ。

「労いのお言葉、恐悦至極にございます」

 何と、八雲がかしこまった言葉遣いで頭を下げた。

 ぷっ。

 思わず、吹き出しそうになって、あたしは口を押さえた。

「それで、そちらの少女が昨晩の被害者じゃな?」

 小学生の男の子に、少女って呼ばれちゃったよ…。まあ、神様なんだし、どれだけ歳とってるか分からないから、あたしなんて少女呼ばわりでいいんだろうけど。でも、ちょっと違和感だなぁ。

「左様にございます。件の神憑(かみつき)より弾き出され、精神体のみになりましたところを保護致しました。残念ながら当の神憑は、取り逃がしましたが…」

 先ほどから、言葉を交わしているのは八雲のみ。相変わらず、明さんはその成り行きを黙って見守っている。なんでだろう。こういう説明は、明さんの方が向いていると思うのに。

「取り逃がした件については、問うまい。私から逃げおおせるわけがないのでな。すぐ、浄化する機会も得られよう。だが、次の被害者だけは何としても防がねばならぬ。明よ、その元神(もとがみ)は、何と予想するか?」

 御簾の向こうの男の子が、わずかに首を動かし、明さんの方に視線をずらしたように見えた。

「は、申し訳ございませぬが、此度については不明でございます。依り代が依り代故、相当上位の神であることには間違いないと。ただ、ひとつの手がかりとして、貴奴は現場(げんじょう)に証拠を残しました」

 明さんが頭を下げたまま言う。

「ほう、証拠とは?」

「それは…」

発言を躊躇し、ふたたび明さんがあたしをちらりと一瞥する。

「それは、この者の友人の遺体にございます」

 あたしはそれを聞いて、頭の中に祥子の無惨な姿を思い出し、身体をびくりと震わせた。

身体の何処彼処(どこかしこ)も、つぶれた様になった遺体。あたしは、唇を噛みしめる。

「彼女の前で説明致しますのは、苦痛以外の何物でもございませぬが、敢えて申し上げます。それは、何かに呑まれ、潰されたような遺体でございました。おそらくは蛇神、または龍の眷属かと」

「ほう、それは、手強いのう」

「左様で」

明さんが、頭を上げた。

「失礼を承知の上で、申し上げたき儀がございます!」

いきなり、八雲が大声を上げる。

「ふむ、何か八雲よ。申してみよ」

「は、この件に於きまして、オレはこの者と約束を交わしました。必ず、この者の身体を取り戻し、元の生活に戻すと!お願い致します。彼の神憑を浄化するため、人員の増員と、オレ達の手による浄化のご許可を!」

 その発言に、思わずあたしは目を開いて、八雲を見る。

 ほんとに、見捨てないでくれてるんだ。神様に意見具申とか、いろんな小説とかの内容を引っ張り出しても、どれも許されることじゃなかったのに、八雲はそれをやってのけた。なんか、凄く嬉しい!あたしは、ちょっとだけ八雲に微笑んで見せた。気持ち、伝わるかな。

「それについては、問題はない。すでに新塔京中に、神滅課を配置させておる。何せ、お主らが取り逃がすほどの神憑じゃからな。念には念を、じゃ。浄化についても、発見次第、すぐ連絡を入れさせよう。安心するがよい」

 男の子のトーンが、少し和らいだ気がした。

「あ、ありがとうございます!」

八雲が再び、深々と頭を下げた。

 しかし、神様っていっても、この男の子は何の神様なんだろう。日本の神様には、なんか訳の分からない名前が付いてるはず。なになにのミコトとか。"私から逃げおおせるわけがない"なんて、ずいぶん偉そうな事を言う神様なんだし、相当凄い神様なんだよね、きっと。

「さて、報告はもうよいな。話を変えよう。少女よ、そちの名は何と申す?」

 いきなり話を振られて、あたしは自分の心臓がドクンと大きく脈打つ音を聞いた気がした。男の子の声は静かで優しくはあるものの、改めて自分に声を掛けられると、それには逆らいがたい威厳のようなものが感じられる。あたしの額から冷や汗が流れた。

「は、はい!あたしの名前は…」

 そのとき、後ろの階段から、慌ただしく駆け下りる音が空間に鳴り響いた。

 何かの緊急事態だろうか、八雲と明さんが、ほぼ同時に後ろを振り返り、目を細めて暗がりの階段を確認する。あたしも、つられて振り返っていた。

 聞こえてくるのは大人の男性の足音じゃない、もっと軽めの、強いて言うなら子供の足音。

 そして、通路から"ぴょん"という文字通りに、影が現れた。それは、小さな女の子の影だった。そして、社に向かって全速力で駆けてくる。

「ち、遅刻しちゃった!凪、ごめ~ん!」

可愛らしい女の子の声だった。ということは、この子がもう一人の神様…?

 ってか……「凪」?凪って言った?この神様。

 篝火の光に照らされ、女の子の影は、姿形がどんどん目視出来るようになる。白と赤の巫女服に身を包み、ぱたぱたと足音を立て、その子はあたしの横を通過する。

 ここで確信した。

「え、那美ちゃん!?」

言われて、女の子がはっと振り返る。そして、あたしの顔をじっと見つめ、言った。

「あれ、ヒメお姉ちゃん、なんでこんな所にいるの?」

「なんでって……え?えぇえ!?」

 この受け答えに、八雲と明さんが驚いて腰を浮かせ、あたしの顔を見る。

「ほら、な~ぎ~!ヒメお姉ちゃんがいるよ!なんでだろう!」

那美ちゃんが、ぶんぶんと両手を大きく振りながら、御簾の向こうの男の子に呼びかけた。

今度は2人が仰天の顔をして、くるりと御簾の奥におわす、男の子の神様を見た。

 御簾の奥の男の子は、身体をぶるぶると震わせ、立ち上がって御簾を一気にたくし上げて顔を覗かせた。

「知ってるよ、バカ那美!なんだよ、ヒメ姉ちゃんを驚かせようって計画が台無しじゃないか!」 

 な、なんだってぇ!?

 御簾の向こうから現れたのは、なんとびっくり、あたしの知り合いの小学生、凪くんだった。道理で、声に聞き覚えがあるはずだ。だって、毎朝聞いてるんだもんね。

「せっかく威厳ある神様を演じてたのにさ!ほんと台無しだよ、まったく!」

「えへへ、ごめ~ん」

これこそ、「てへぺろ♪」という表現がマッチするに違いない。那美ちゃんは小さく舌を出して、微笑んだ。

 状況を飲み込めていないのは、あたしと、八雲と、明さんの3人。

 って、あたしをみんなグルで騙してないとするならば、八雲と明さんも、本当にこのことを知らなかったのだろう。

「あ、あの、ヒメちゃん?」

「な、なんでしょうかぁ……?」

あたしは控えめに、明さんに返事をする。

「もしかして……お知り合い…だったり…するのかな…」

お知り合いも何も!

「えっと…た~いへん申し上げにくいのですがぁ~…」

あたしは、汗をだらだらと流しながら、しどろもどろに口を開く。

「あたしの家の、お向かいさんの家の子です…。日比野那美ちゃんと、凪くんの双子…」

 八雲と明さんが大きく口を開けて、ハモって叫んだ。

『な、なんだってぇー!?』

 あはは、いやぁ~。世間は狭い狭い。

あたしは頬を引きつらせながら、乾いた笑いで誤魔化す事しかできなかった…。


 あたしと八雲と明さん、そして那美ちゃんと凪くんは、5人で円のようにその場にぺたんと座り込んだ。八雲に至っては、かしこまるのを諦めたのか、すでに正座ではなくあぐらをかいている始末だ。唯一明さんだけは、いまだに正座を貫き通している。かく言うあたしも、足を崩して座っていた。あたしの横には、ちょっとだけむくれた凪君と、相変わらず笑顔を絶やさない那美ちゃん。

 あたしは「おほん」と咳払いを一つすると、那美ちゃんと凪くんに問いかけた。

「えっと、2人が神様だっていうのは、本当なのね?」

2人が頷く。口を開いたのは、凪くんだった。

「うん、そうだよ姉ちゃん。僕らは3年前、この新塔京で初めて神憑騒ぎが起きたときの、最初の被害者なんだ。そのときに、神としての力が目覚めた」

那美ちゃんが続ける。

「ちょっと知識があれば、わたしたちの名前で、どの神様か予想がつくはずだよ」

那美ちゃんと、凪くん…神様で、似た名前ってあったかなぁ。あたしは腕を組んで、しばらく考えてみる。

「ほんとに、オカルト系は苦手なんだね、ヒメ姉ちゃん。古事記や日本書紀…勉強してれば、すんなり出てくる名前なんだけどね。有名だし。」

凪くんが苦笑する。

「えっとね、ヒメちゃん…こちらのお二方は…」

明さんが説明しようとして口を開いたが、凪くんが割り込む。

「もう、しゃべり方崩していいよ、明さん。ヒメ姉ちゃんの友達なら、僕らの友達も同然だし」

「そ、そうかい。じゃあ、この2人は、天地(てんち)開闢(かいびゃく)における神世(かみのよ)七代(ななよ)の最後に生まれた神様なんだ。」

てんちかいびゃく?かみのよななよ?

「え~…、なにかの呪文…ですか?」

呪文って言うか、早口言葉?

「簡単に言うとね、世界に大地が生成されたと同時に生まれた、七組の神様の最後の一組、ってことさ。」

 そういえば、古事記を授業でちょっと勉強したときに、そんなくだりががあったような、なかったような。こんな事なら、もうちょい真面目に勉強しとくんだったよ…。

「一組目を国之常立(クニノトコタチ)、二組目を豊雲野(トヨグモヌ)、三組目に宇比智邇(ウヒヂニ)須比智邇(スヒヂニ)、四組目を角杙(ツヌグヒ)活杙(イクグヒ)、五組目、意富斗能地(オオトノヂ)大斗之弁(オオトノベ)、六組目で淤母陀琉(オモダル)阿夜訶志古泥(アヤカシコネ)。そして最後に…」

「わたしたち、伊邪那美(イザナミ)伊邪那岐(イザナギ)なんだよ、ヒメお姉ちゃん!」

那美ちゃんが言う。なるほど、いざ"なみ"と、いざ"なぎ"ね。

 しかし、舌を噛みそうな名前がずらりと並んだなぁ。覚えられないわ。暗唱出来る明さんって、つくづく凄いなぁ。

「要するに、日本における八百万(やおよろず)の神々の、大元になった神様なんだ。日本の大地と、その神々を生み出したのが、この子たち伊邪那岐と伊邪那美だという説があるんだよ」

えっと?

「それは…一番偉い神様ってことで…いいのかな…?」

もう、頭がスポンジです、本当にありがとうございました。もう呪文はやめてぇ!

あたしはおろおろと、頭を抱えて左右に振る。

「そうだよ。僕らがこの日本を作ったんだ。そして、各地に多くの神々を二人で産んだ。今、この新塔京で暴れている神憑たちは、すなわち僕らの子供たちのカケラなんだ。だからこそ、責任がある…」

凪くんが、頭を項垂れながらつぶやく。

「本当は、こんな形で人間を、神滅(かめつ)として巻き込むのは本望じゃなかった。でも、見ての通り、今の僕らはタダの子供だ。覚醒してから間もないし、身体も小さいから、潜在的には兎も角、今の神力は少ない。社会的にも、認知はほとんどされない。だから、多少でも神の力を引き継いでいる…神力(ちから)を持っている大人を見出しては、神滅として引き入れてきたんだ」

凪くんの声は真剣だった。

「でも、あれだよね。元を糺せば、信仰という行為を疎かにしてしまった人間が悪いんじゃないの?きちんと神社とかお寺で、神様や仏様を祀ってさえいれば、こんな事はおきなかったんじゃないの?」

あたしは、スポンジになった脳みそを無理矢理絞って言った。

「一理あるけど、それは違うんだよ、ヒメお姉ちゃん」

今度に口を開いたのは、那美ちゃんだった。

「何かが進化するに当たって、他の何かが犠牲になるのは仕方のないことなの。全てを100として、その中で、科学が60とか70になったら、反する信仰というのは40、30と減っていくでしょ。総数100の中で、科学を100、信仰を100にすることは不可能なの。だから、あたしたち中でも、あたしと凪を含めて多くの神は今の現状を容認してる。一部の人間が信仰対象として自分たちを祀ってくれるということで、満足してるんだよ。人間が悪いんじゃない、信仰というものを人間に強要しようとして狂った、あたしたちの子供たちが悪いんだ」

「そして…その狂った神々こそが、オレ達の敵である"神憑"となっている…か」

八雲がぼそりと呟いた。

「うん。八雲さんにも、悪いコトしちゃったと思うよ。ごめんなさい」

那美ちゃんが、ぺこりと八雲に頭を下げた。

「いや、那美ちゃんのせいじゃねぇよ。謝るなって」

 その一言に、ちょっと引っかかるものがあった。

"悪いことをした"…。それは、八雲が神滅に組み込んだ事を指すのか、それとも、その理由を指すのか…。あたしの知らないことが、まだまだ八雲にはありそう。いずれは話してくれるんだろうか。

「とにかくボクらは、この先も戦い続けなければならない。この塔京の人々から犠牲者を出さないためにもね。当面は、ヒメちゃんの身体を奪回することだけど。」

明さんが、拳を握りしめて宣言する。

「明さんと八雲さんには、ヒメ姉ちゃんの身体奪回を優先して動いてもらうことにするけど、現状では圧倒的に神滅のメンバー数が足りない。神滅課のおじさんたちでは、足止め程度しかできないからね。もしも万が一、他に動いてるメンバーに欠員ないし負傷者が出た場合、そっちに向かってもらうこともあるかもしれない。それは心得ておいて」

凪くんが、八雲と明さんの顔を交互に見ながら言うと、二人はこくりと頷いた。

「あ、そっかぁ。今のヒメお姉ちゃん、精神体だったんだね。気がつかなかったよ~」

 あたしの隣にいた那美ちゃんが、手をぽむと叩いて言う。

って、あれ?

「凪くん、那美ちゃんに説明って…してなかったの?」

「う、ごめん。こういう話は、ここでしかできなくて…。パパとママの前でなんて以ての外だし、学校とかでもできないし…」

たしかにそっか。そんな話を外でおおっぴらにしたら、この二人は「不思議くん」と「不思議ちゃん」確定だ。大変だなぁ。

「でもヒメお姉ちゃん、すっごく強い神力持ってるんだね!もしかしたら、"今の"わたしと凪と、同じくらいかもしれないよ!」

「え?」

「マジで!?」

再び、明さんと八雲の声が同時に響いた。

「どんな神様なのかな、視てもいい?ねね、視てもいい?」

あたしに、那美ちゃんが詰め寄る。

「視てもいい…って言われても…」

あたしは困って、八雲と明さんに目線で助けを求めた。そして、意外なところから返事が返ってきた。

「そうか。ヒメ姉ちゃんの神力の源となる神の名前さえ解れば、ヒメ姉ちゃんの身体に取り憑いた神憑が絞り込める!」

「えっと、明さん。どういうこと?」

あたしは、すでに説明専門係と勝手に認識した明さんに、助けを求めた。

「神憑は、その神憑と同種の神力の素養のある人間に取り憑く傾向があるんだ。だから、ヒメちゃんの神力の元神さえ判れば、神話をたどってその神憑を絞り込めるってわけさ」

 ほむ…。あたしが神様の力を受け継いでるって事か。早く見つけるためにも、視てもらった方がいいのかな。神憑と八雲たちが闘うときの、助けになるかもしれないし。

「視てくれ、バカ那美。これについては、僕よりお前の方が適してる!いいね、ヒメ姉ちゃん」

ここまで言われたら、「遠慮します~」なんて言えるわけないじゃない。

「う…うん、那美ちゃんよろしく…」

「は~い!」

元気よく那美ちゃんが返事をし、あたしの胸に向かって両手をあわせてかざした。目を閉じて、精神集中しているみたいだ。

 そして、那美ちゃんの身体全体が、金色の光を帯び始める。その光はどんどんと強さを増し、数秒後には、目視するのすら辛いくらいの、まばゆい光となった。それに反応したのか、あたしの身体からも緑色の光がうっすらと出始める。途端に、あたしの身体の奥が、燃えるような熱を帯び始めた。熱さ耐えるために目を閉じて、歯を食いしばる。

 あたしたちの光はどんどん輝きを増し、薄暗かった社の空間が、まるで真夏の太陽が真上に昇った頃のように全体を照らし出す。

「ヒメ姉ちゃん、凄い…。こんなにも強く、受け継いでるなんて!」

光に紛れて、凪くんの声が聞こえた。

 あたしは、自分から発せられる熱に耐えるのが精一杯で、他事を考える余裕なんてなかった。凪くんの一言も、一瞬で頭の中から掻き消される。

 更に数分後、あたしと那美ちゃんの光はようやく落ち着きを取り戻し、やがてふっと消えた。

 あたしはゆっくりと目を開ける。すると目の前には、激しく汗をかき、肩で荒く息をする那美ちゃんの姿があった。

「な、那美ちゃん、大丈夫!?」

「う、うん。凄いね…ヒメお姉ちゃん。ヒメお姉ちゃんの力に感応して…わたしの力も止まらなくなっちゃったよ…」

周りで見守ってくれてた八雲と明が、顔を見合わせた。

「よく頑張った、バカ那美!それで、どうだったんだ?」

今にも崩れ倒れそうな那美ちゃんの身体を支え、凪くんが声荒く聞く。それに、途切れ途切れの声で那美ちゃんが答える。

「ヒメお姉ちゃんの神様は…イナダちゃん。緑の…子…」

言って、那美ちゃんが崩れ落ちる。気を失ったようだ。

「だ、大丈夫なの、那美ちゃん!」

「うん、神力を使うと、バカ那美はいつもこうなるんだ。特に今回は、ヒメ姉ちゃんの力に引きずられたみたいだから、ちょっと酷いけど、休めば大丈夫だと思う。八雲さん、上から、木村さんを呼んできてください。那美を休ませないと。」

「お、おう!」

あわてて、八雲が通路を引き返していった。

「イナダ…イナダ…」

その間にも、明さんは腕を組んでぶつぶつと呟いている。

「そうか…イナダちゃん。稲田姫だ!」

そして叫ぶ。

「いなだひめ?」

「そうだよ、ヒメちゃん!稲田姫(イナダヒメ)、古事記では、櫛名田比売(クシナダヒメ)という。島根県…出雲の地の、田んぼの神様だ!」

「た、たんぼぉ!?」

田んぼの神様だなんて、ほんとに八百万なんだなあ。昔の歌にもあったように、トイレの神様とかも本当にいそう…。

「絞り込めたね…」

凪くんが呟き、

「そうですね」

と、明さんが相づちを打った。

「どういうこと?」

「稲田姫は、八人姉妹の女神様だ。両親は足名椎(アシナヅチ)手名椎(テナヅチ)の二人、ヒメちゃんの名字である"名椎"だよ。その姉妹は、毎年一人づつ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)という蛇神に食べられてしまう。そして、最後の一人、稲田姫の番になった年に、偶然出雲を訪れた素戔嗚尊(スサノオノミコト)に見初められ、稲田姫を妻とする代償として八岐大蛇を素戔嗚尊が打ち倒す…そんな神話が残ってるんだ。すなわち…」

一息置いて、

「ヒメちゃんの身体に取り憑いた神憑、それは、十中八九その"八岐大蛇"だよ!」

「へ、ヘビが、あたしに取り憑いてるの……」

あたしは、背筋が寒くなるのを感じた。ヘビとかトカゲとか、子供の頃から大嫌いな生き物だ。

「いや、明さん。深刻だよこれは」

「そうですね」

再び相づち。

「えっと、あたしにも分かるように説明を…」

「深刻って言うのは、ヒメちゃんの身体は、きっとまだ獲物を狙うってことだよ。神話では、七人、姉妹が食べられている。もう一人は既に食わてしまった…」

それは、祥子のこと…?

「最後に狙うのをヒメちゃんだとしても、あと六人、女性に被害者が出るってことさ…」

ええええええええ!? 

あたしの身体が、女性をどんどん殺していくって事だよね!?

「と、止めないと…。ってか、止めてよ!」

「分かってるよ、ヒメ姉ちゃん。早いところ、見つけるようにしよう。対象が特定出来たのなら、都内で絞り込むのは容易かもしれない。僕はさっそく、絞り込みにかかることにする。明さん、八雲さんは、いつでも戦える準備を…」

 そのとき、社の空間に、非常サイレンのような音が鳴り響いた。

そして、通路を駆けてくる足音。

「明!出張るぞ!」

叫んだのは、八雲の声だった。

「どうした!?」

凪くんと明さんの声が重なった。

「神憑が現れた!先に発見して交戦した悟と美貴が、コテンパンだ!重傷で病院に運ばれた!代わりに浄化すっぞ!」

「対象は!?場所はどこなんだ!」

「対象は、手力男(タヂカラオ)、場所は…井家袋、サンシャインだ!」

 空間全体の、空気がびりびりと震えた気がした。


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