side:Hime 其の参
あたしの唖然とする姿に、2人は一頻り笑った後、出発のための準備を始めた。と言っても、今の服の上にコートを着込むだけだったけど。八雲は、肩掛けの革製鞄の中に、先ほどのタブレットPCを丁寧に入れる。
その行動に一抹の疑問を抱き、あたしは八雲に尋ねた。
「パソコンも持って行くの?もしかして、神様への報告も、マルチメディア時代なの?データ化して渡すとか…?」
「さすがに、それはね~わ」
間髪入れずに、苦笑した八雲から返事が返ってくる。
「これは、オレが神滅であることの、証明みたいなモンだからな。まあ、マルチメディア技術使ってることには変わりねーけど。昨日の夜、お前、ちらっと見てるはずだぜ」
「見てる…?」
昨晩の記憶を呼び戻す。あんまり思い出したくないところは早送りして、暗闇が晴れた時の八雲の姿を思い出した。両足を肩幅に開いて、右手で太刀を肩口に背負って、左手には…。
「あ、確かに持ってた!」
「こう言うのもなんだけど、オレはまだ未熟者なんでね。神力を上手く使えねーんだ。PC中には、神力を武器として具現化するプログラム…要するに、アプリケーションが入ってるんだ。昨日使ってた太刀だって、アプリで具現化した3Dホログラフィなんだぜ。」
な、なん…だと……。
びっくりした。神力とか、神様とか、そういう超常現象まがいの話ばっかりだったから、逆に面食らった。いきなり、時代の最先端な話だよ!それも、投影装置とかない場所に、ホログラフィの武器を表示するとか!
「だから、このアプリで具現化した武器で相手斬っても、神憑は傷つくけど、依り代の人間は傷つかないんだ。まあ、時折例外もあるけどな」
ははは、と八雲が笑う。
そんなアプリ、誰が作ったの?なんていうのも聞いてみたかったけど、話が長くなるか、「知らねぇ」の一言で済みそうだったので、敢えて突っ込まなかった。
「さて、いくよ」
明さんが、率先して玄関に向かった。八雲もそれに続き、あたしはあわてて靴を顕現させる。
部屋のドアに鍵をかけ、エレベータを使って1階へ下りた。そのままロビーからエントランスへ向かうと思ったら、裏の通用口のドアを八雲が開ける。
「遠いの?」
あたしが急ぎ足で八雲に追いつき、聞く。
「あ~、ちょっと距離があるな」
ちょっと距離がある?ってか、裏口から出て、何でそこへ向かう気なんだろう。
裏口から続く、薄暗く狭い通路を抜けると、そこはマンションの駐車場だった。2人とあたしは、その一角へ歩いてゆく。
そこには、軽く1000ccを超えるであろう、真っ赤なサイドカー付きのバイクが置いてあった。えっと、あれだ、確かハーリー・ダビットソンのバイク!今の大学生って、お金持ってんだなぁ。
八雲は、バイクに跨り、サイドカーのボックスからヘルメットを2つ出すと、1つを明さんに投げ渡し、1つを自分でかぶった。
って、あれ?あたしは?
「おい、ちょっと手を出せよ」
八雲が、あたしにむかって手を伸ばす。
「う、うん」
あたしは、おずおずと八雲の手を握る。
その瞬間、すごい突風が吹いたような感覚が、あたしの身体を突き抜けた。って、あれ?いきなり視界が変わって、目だけでキョロキョロと辺りを見回す。あたしってば、いつの間にバイクに跨ったんだろう。それに、ちょっと目線が高いような…。
「ヘンな感覚がするだろうけどよ、向こうに着くまでだから、頑張って耐えな」
と、あたしの口が言う。
あれれ?そういえば、身体が動かないぞ。目は見えるし、声も聞こえるみたいだけど。
「やっぱり驚いてるね」
「そら、そうだろうなぁ」
と、またあたしの口が動く。
え、え?どういうこと!?
(な、なにをしたのよっ!)
サイドカーに座った明さんが、苦笑しながらあたしの顔を見て言う。
「今のヒメちゃんはね、八雲と"合一"状態にあるんだよ。と、合一ってのは、仏教用語ね。要するに、八雲と二心同体ってことさ。八雲の中にいるんだよ」
は、はい?
また知らない用語が出てきた。ってか、一心同体ならぬ、二心同体だなんて!つまり、こういうこと?あたしは今、感覚の全てを八雲と共有してるって事なの!
「それとも何か?向こうに着くまで、サイドカーのケツにでもしがみついていたかったか?オレ、結構なスピードでトばすぞ」
八雲がにやりと笑った感触。ってか、あたしがにやりとしてるんだ。
(い、いえ、結構ですっ)
あたしは、全力で否定した。
「なら、文句言うな。へんな感じすんだったら、向こうに着くまでずっと目を閉じてろ。それと、考えてることも全て、オレに筒抜けだからな。余計なこと考えるんじゃねぇぞ」
(うえぇ…それ、なんかすっごく嫌だ…)
「だから、文句言うなって、出発すっぞ」
八雲が、クラッチを切って、イグニッションスイッチを押した。ぼるるん!という、高い排気量特有の、重いエンジン音が鳴り響く。ヘッドライトのスイッチをONにし、ギアをローに入れる。
(あたし、バイクって初めてなんだけど…)
「運転してるのはオレだから、大丈夫だ」
(そういうもんかなぁって、ぜんぜん根拠にならないんだけど)
「そういうもんだ、っと!」
八雲がアクセルを握り込み、バイクは、タイヤを少しスリップさせながら走り出した。
たっぷりと、20分は夜道を走っただろうか。
あたしは免許とか持ってないし、通学も主に電車だったから、道路とかぜんぜん分からない。首都高速とかは、塔京で生まれ育った人でも降りるところ間違えるって言うし。あたしが免許を取って車で走ろうものなら、すぐに道に迷うに違いない。でも、大きな道を行ったり来たりして、あたしたちは"そこ"に到着した。
駐車場に入り、八雲がエンジンを切ってバイクから降りた。そして、あたしがほぼ同時に、ぽんっと八雲の身体から排出される。思わず、あたしは尻餅をつく。
「どうだったよ、初めてのバイクの旅は」
「もうちょっと、優しく外に出してよ…。お尻打っちゃったじゃん。ってか、風が…気持ちよかったよ?」
隣で、明さんが笑っていた。
「バイクはいいぞ、渋滞知らずだからな。まあ、ちょっとハーリーは大きすぎるが」
「あんた、きっとそのうち事故るよ…」
あたしは、ほとほと疲れたように肩を落とした。
「ところで、ここが目的地?ここはどこ?」
周囲を見渡す。ちょっと下町風の場所だ。街灯と、月明かりで建物の影しか見えないから、いまいち場所が掴めない。
「なんだ、塔京都民なら、全員知ってる場所だと思うぞ。上を見上げてみろって」
「上…?」
言われるがままに、上を見上げてみた。目の前に背の高い建物が建っている。所々に、飛行接触防止のためのライトが点滅している。相当な高さがあるみたいだけど…
と、ちょっと身体を反らせて一番上まで見上げ、驚いて呟いた
「と、塔京スカイツリー…?」
「そう、去年に建築50周年を迎えた、この塔京スカイツリーの中に、ボクらの元締めがいるのさ」
明さんが腰に手を当て、ちょっと自慢げに言った。
敷地に入るとき、1階の関係者用の出入り口から入るときと、八雲は2回、タブレットPCで、守衛さんに何かを見せていた。きっと、入館証か何かなんだろうけど、その度にびしっと敬礼をされる。1回目はちょっと萎縮したけど、2回目にあたしは、ちょっと誇らしげにふんぞり返って守衛さんの目の前を通過してみせた。どうせあたしは見えないんだし、これくらいいいよね。
「なに偉そうにしてんだよ、お前」
すぐさま、八雲の突っ込みが入る。
「いいじゃん、見えてないんだし」
あたしが言い返す。
「ま、いいけどよ」
言って、低フロア移動用のエレベータの呼び出しスイッチを押す。
「上に昇るの?ってか、あたし、スカイツリーって初めてだわー」
「小学校の遠足とか、中学の社会見学とかで来なかったのか?」
まあ、確かに遠足や社会見学の定番ルートではあると思うけど。
「同じ都内だから、来ないのよ。いつでも来れるところって、なかなか行こうって気にならないじゃない?」
「まあ、一理あるか。ちなみに、行くのは地下だぜ。驚くぞ。」
「地下?地下があるなんて、聞いたことないけど」
「だから、驚くって言ってんだよ」
問答を繰り返すうちに、呼び出したエレベータが到着し、ドアが開く。あたしたち3人はエレベータに乗り込んで、再び、八雲が鞄からタブレットPCを取り出した。今度は、USBケーブルによく似たコードも一緒だ。
扉を閉め、明さんがそれぞれ違う階層ボタンを4回押すと、階層表示パネルの下部分が、かこんという音と共に開いた。きっと、4ケタの暗証番号なんだろう。八雲が、ケーブルを使ってそこの中にあった端子と、タブレットPCを繋ぎ、タッチパネルを器用に操作していく。
エレベータが下に向かって動き出し、10秒ほどで停止してドアが開く。感覚的に、相当な地下まで来たんだと思うけど。エレベータ内の階層表示パネルには「E」の文字。エラーってことかな。
八雲と明さんは、目の前に現れた、幅3mほどの通路を、コツコツと足音を立てて歩いていく。通路は両壁の上部に定期的に灯る照明で明るく照らされていて、なんか、ヒーロー番組の秘密基地みたいな感じだった。
しばらく歩くと、目の前に重そうな、鉄製のドアがあった。ドアに、表示板が貼り付けてある。
「ここが、神滅関係者のアジトだよ。この奥に、元締めがいるんだ」
明さんが、ドアを指して言う。
えっと、表示板に書いてある文字はっと…なになに?
「内閣…調査室…特務部…神滅課ぁ!?」
読み始めたときと、読み終えるときの声のトーンが、1オクターブ高くなってしまった事に、再び八雲と明が声を出して笑う。
ま、まさか、国家機関だったなんて…。ってことは、今あたしの目の前にいるのは、国家公務員様!?
うわぁ、いきなり、八雲と明さんの後頭部に、後光が差して見えたよ。
「ま、そんなに凄い場所じゃないよ。超・変な人たちの集まりってところかな。名前こそ内閣調査室だけど、実質、神滅以外の管理はしてないんだし、ボクらみたいなのが出入りしてるしね」
言って、明さんは、重そうなドアを押し開けた。
ドアを開けると、いきなり喧噪に包まれた。複数の机が立ち並び、パソコンやサーバーも数知れず、床にはコード類が縦横無尽に走っていた。室中では今でも、10人を超える人達が忙しそうに動いている。
あたしは、ぽかんと口を開けたまま、部屋の中に入る。
「ほらほら、ヒメちゃん。あんまり間抜け顔してたらダメだって。ここの人は、みんな何らかの"力"のある人だから、キミの姿も見えちゃうんだよ」
「は、はぅ…」
あたしは更に間抜けな返事を返し、室内を見回した。
そのとき、あたし達の入室に気がついた1人の中年男性が、豪快に笑いながら近づいてきた。
「おう、八雲に明、来たな!」
「こんばんわ、おやっさん」
「ち~っす」
その"おやっさん" と呼ばれた50歳くらいの男性は、あたしの姿に気がつき、八雲と明さんに向き直る。
「その嬢ちゃんか、件の"幽霊ちゃん"は」
「うん。詳細は、昼間にメールした通りだよ」
「おう、そうかそうか!」
再び豪快に笑い、"おやっさん"はあたしに右手を差し出してくる。
「内閣調査室特務部神滅課課長、木村庄司だ。ヨロシクな、幽霊ちゃん。ワシの事は、"おやっさん"でいいぜ。あっと…」
何かを思い出した感じだったけど、あたしは気にせずにその右手を握り返し、
「名椎比女です…」
と名乗る。
握手を交わし、手を離した後、木村庄司は自分の右手をじっと見つめた。そして、八雲に声を掛ける。
「この嬢ちゃん、幽霊ちゃんのくせに、結構強ぇ神力を持ってるじゃねぇか。神滅に組み込むつもりなのか?」
あれ、そんなにあたしの神力って、強いものなの?きょとんとして、木村庄司の顔を見上げる。
「そのつもりはないけどね」
と、明さん。
「本人次第じゃねぇか?」
と、八雲。
む、なんか、無責任っぽい返答だよね。
「まあ、今のところは、運命共同体って事かな。あ、おやっさん。元締めはもう来てるのかな」
明さんが、部屋の奥を見つめながら聞く。部屋の奥にあるのは、1つの木製の両開き扉(あえて扉と言おう)と、それを囲っている赤い鳥居だった。鳥居には、注連縄までついている。
「ああ、お一方はお出でになってる。もうお一方は…相変わらず遅刻だなぁ」
「ああ、やっぱりなぁ」
八雲が声を出して笑った。
「お一方来てるならいいだろ、行こうぜ」
八雲が鳥居に向かって歩き出す。
「神様が遅刻するの?」
急いで八雲の後を追いつつ、あたしは明さんに尋ねた。
「うん、ちょっと時間にルーズなお方でねぇ。やっぱり、小さくても女の子だよね」
ふ~ん、女の子は時間にルーズって決めつけられたのがちょっとカチンと来たけれど、今いるのは、男の子の神様だけなんだ。ってか、あたしは時間にルーズじゃないぞ!
先に到着した八雲が、赤鳥居の目の前で頭を1回下げ、柏手を2回打つ。あたしと明さんもそれに習う。
「さ、行こう」
明さんが、扉をゆっくり押し開く。
目の前にあったのは、更に地下へと続く、薄暗い階段だった。
「暗いから、気をつけて降りてね」
明さんがあたしに声を掛ける。たしかに、階段に入ると、隣の八雲と明さんの顔が見えないくらいに薄暗い。
50段ほどの階段をゆっくり降りると、またしばらく平坦な通路が続く。壁には、定期的に小さな蝋燭の火が灯っているだけで、通路の先に、ちょっと明るくなった空間が見える。
あたしは物珍しそうにキョロキョロしながら2人について行った。更に地下であるせいか、上の事務所に比べると、少し肌寒い。
通路を抜けると、端から端まで30mくらいはあろうかという空間に出た。天井までも、10mくらいはありそう。床には、赤い絨毯が敷かれており、絨毯が敷かれている通路の両端は、5mくらいの幅で空間の奥まで敷石が詰められている。目の前には大きめの社があり、社の前には、2つの大きな篝火がぱちぱちと音を立てて燃えていた。
社は基礎台から数段上がっており、木製の階段がある。その奥には社の中が見えないようにする為の御簾が、全体を覆っていた。
そして、御簾に映りこむ、ちいさな人影が1つ。
「よくきたな、速水八雲、天神明よ」
空間に、まだ幼さを残す男の子の声が響き渡った。