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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之終 〈二ツ紋 (フタツモン)〉
33/35

side:Hime 其の伍

 これが、自らの意志で飛び込む二度目の暗闇の世界だった。

 そもそも、なぜあたしがこうも簡単にこの世界へ入ることができるのか。八雲は稀な存在だと言っていたが、いずれはその理由も解明したいと思っている。あたしが稲田姫(イナダヒメ)であることは、あまり関係なさそうだけれど、神の力を強く受け継いでいるということが、その一端を担っているのであろうか。

 八雲との相性がいいのは納得がいった。彼は素戔嗚(スサノオ)様の力を受け継いでいて、過去ではあたしの旦那様だった人だ。今生でもそうでありたいとは願うが、そこの所についてはまだ未定なのが悔しい。

 でも、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に合一できた訳は?

 強いて言うなら、八岐大蛇…明さんとあたしの神力は、相性がいいと言い難いだろう。古代出雲の國で、あたしたちは狩る側と狩られる側であり、その通りに八岐大蛇は素戔嗚様と稲田姫に討伐されている。だから、合一の案を八雲に軽く提案したものの、これはあたしにとってある意味賭だったのだ。あたしが明さんを助けたい気持ちを、神の力が汲んでくれた…としか今は言いようがない。

 しかし、あたしはこうして、明さんと合一を果たした。なれば、やることはたった一つ。明さんの身体を縛る八岐大蛇の(くさび)を壊し、再び彼を現世に連れ戻すことだ。

 あたしは周囲を見渡し、普段は見ないようにしている神力を視る為に頭を切り換えた。相も変わらず先も後も真っ暗な世界だけど、そうすれば、ある程度離れていても、八岐大蛇の神力を感知できるはず。

 ほのかに緑色の神力を放っているのは、あたしの身体だけで、やはりそれ以外の光はどこにも見あたらなかった。ふと気が付くと、服装は八雲に買って貰った服ではなく、成城高校の制服となっていた。

 目的地がはっきりしている訳ではないので、あたしはとりあえず前に向かって歩き始めた。あたしの身体に合一を果たしたときは、すぐに八岐大蛇の神力を確認出来たんだけれど、今回はそうはいかないらしい。目の前に続くのは闇のみで、歩けど歩けど、一向にそういったものは確認出来なかった。

 あたしと八雲の予想通り、明さんがこの八岐大蛇を調伏…支配下に置こうとしているのなら、この世界で彼らの神力が鬩ぎ合っていてもいいものなんだけど、そんな気配は一切ない。現世での明さんの行動を見る限り、既に八岐大蛇に屈服してしまっているのだろうか。

 そして、異変は訪れた。

 突然あたしの目の前に浮かび上がる、一〇メートルほどの真っ赤な神力。あたしは立ち止まり、その八つ首を注視する。

 八つ首が繋がる胴の部分には、座り込んだ人影。身体から同じ色の神力を弱々しく立ち上らせ、両腕で顔を覆い俯いている。顔を見るまでもなく、その姿は明さんだった。

「明さん!」

 あたしが叫ぶ。その声に彼は僅かながらに反応し、こちらに顔を向けた。そして、何かを呟くが、それが何を言ったのか聞き取れなかった。

 すると八つ首の神力、すなわち八岐大蛇もあたしに反応を示した。

『我ガ贄ヨ、貴様ハ八番目ダト言ッタ筈ダ』

あたしの身体を乗っ取っていた時のように、八岐大蛇が語りかけてきた。

「八番目?いいえ、これ以上の生贄を出させはしないわ。あたしがここに来たのは、明さんを返して貰うため。素直に明さんを解放しなさい!」

あたしが叫び返すと、八岐大蛇は首を擡げ、さらに呟く。

『出来ヌ。素戔嗚ヲ殺ス迄ハ。八人ノ稲田ヲ食ラウ迄ハ。其ノ為ニモ、此ノ依代ハ必要デアル』

「今言ったはずよ、生贄を出させはしないと!今生にあなたの居場所はないの!ここは出雲の國ではない、二〇六二年の日本よ!」

その言葉を、八岐大蛇は全部の首を揺らしながら否定した。

『知ラヌ。我ガ欲望ヲ満タス迄ハ…』

 その言葉を聞いて、あたしは溜息をつきながら自分の胸の前で掌を合わせた。

 言い合っても埒があかない。このまま平行線を辿るだろう。ならば…。

「この分からず屋。だったら、あの時と同じように浄化してあげるわ…」

そう呟き、合わせた手で大きく一回、柏手を打った。暗闇にパァン!という澄んだ音が吸い込まれていく。

「今生でも、()()()と、我が夫、素戔嗚に倒されてしまいなさいな!」

 あたしではない、"わたし"の声が響いた。勿論、口にしたのはあたし自身なのだけれど、身体に重なってもう一つの大きな力を感じた。その神力は懐かしい、そして間違いなく稲田姫のものだった。

(稲田姫…もう一人のあたし。力を貸して!)

 願いながら、神滅総本部で髪から外したはずながらも、現在はなぜか髪に挿さっていた湯津爪櫛(ユツツマグシ)を改めて引き抜き、両掌に挟んでその上から柏手を二回打ち鳴らした。

「八雲立つ…出雲八重垣…妻籠に、八重垣造る…其の八重垣を!出でませ、神刀"草那芸之大刀クサナギノタチ"!!」

 あたしが両手を開く。その掌の間に浮かんだ湯津爪櫛が淡い緑色の光を放ち、ゆるやかに姿を変えていく。あたしの黄緑色の神力を吸収しつつ、それは眩いほどの光を放つ、長刀の姿をとった。

『サセヌ!』

 八岐大蛇が首の一つをあたしに向かって薙いだ。あたしはすかさず右手で草那芸之大刀の柄を握ると、迫り来る首に向かって振り下ろす。

 すぱぁんという音が響き、真っ赤な神力を撒き散らしながら首が宙を舞った。その首は地面に落ち、しばらく悶えた後に霧散する。あたしはすぐに柄を両手で握り直し、青眼に構えた。

 今でさえ陸上部の短距離選手だけれど、中学生の時にやっていた剣道の技術が、ここでも通用しそうだった。青眼に構えた草那芸之大刀を、ゆっくり上段へもっていく。

「明さん、しっかりして!」

 八岐大蛇の根元に座り込んでいる明さんに向かって叫ぶ。そして、大きく跳んで正面から突っ込んでくるもう一本の頭に、気合いの声と共に真上から打ち込んだ。

 頭が両断され、すぐさまに霧散する。

 現実世界で八雲が神力を相当削ってくれたお陰だろうか、目の前の八岐大蛇を、あたしはそれほどの驚異だと思わなかった。たかだか数年かじっただけの剣道で、こうもたやすく八岐大蛇と戦うことが出来る。現に八雲が戦っていたときよりも動きが鈍く、そして神力の大きさも段違いに小さい。

 残りの首は六本、全てを浄化する前に明さんを覚醒させないと、八岐大蛇と同化している彼の神力すらも消してしまうかも知れない。

あたしは、蹲る彼に声を掛け続けた。

「八岐大蛇を、屈服させるつもりだったんでしょ。神滅課のエースが、あっさり負けないでよ!」

 あたしは自ら八岐大蛇の足下に駆け込み、もう一本の首を根元から薙ぎ斬った。八岐大蛇が堪らずに叫びを上げ、大きく身悶える。

 明さんの肩を掴み、揺らしながら耳元で叫んだ。

「表で八雲が待ってる、神滅課のみんなも!ここまで手伝ってくれたみんなの心を無駄にしないで!」

 残り五本の首が、あたしの真上から迫った。あたしは後ろに跳び、その攻撃を回避する。

「打ち勝って、八岐大蛇の支配に!明さんには、それが十分に出来る力があるはずでしょう!」

『黙レ、贄ヨ!』

 上下左右、そして正面からの、怒る八岐大蛇の五本の首による渾身の攻撃が飛んできた。あたしは大地を蹴り抜き前に出て、正面の首を迎撃する。四本の首はあたしの背後を風を巻き起こして通過し、正面の首は呆気なく草那芸之大刀の錆となる。

「それに、約束したんでしょ、みづきさんと!彼女を助けるって!約束を破る気なの!?」

 その言葉に、明さんの身体がぴくりと反応した。ゆっくりと頭を上げ、小さな声で呟くのが聞き取れた。

「み…づき…」

 よし!と、あたしは心の中でガッツポーズをする。やはり、愛する人の名前は効果があったようだ。

「そうよ明さん!ここで終わってはダメ、八雲と一緒にみづきさんを助けないと!あの子も待ってるんだよ!」

 明さんはゆっくりとだが確実に、顔をあたしの方に向けた。そして、震える左手をあたしにむかって伸ばす。

「み…づき…」

 明さんの意識が覚醒しはじめているのか、八岐大蛇があたしへの攻撃を止め、身悶え、苦しみ始めた。うなり声がかすかに聞こえる。

「み…づ…き…!」

 そして、さらにはっきりと聞こえる明さんの声。もしかしたら、今の明さんには、あたしがみづきさんに見えているのかもしれない。きっと、成城高校の制服を身につけているからなのだと思う。

 あたしは、夢の中で出会ったみづきさんの言動を思い出し、それを真似てみた。

「そうよ明、わたしを助けてくれるんでしょう?待ってるわ、ずっと。貴方が兄さんと一緒にわたしの所にたどり着くまで…」

 言いつつ、あたしは草那芸之大刀を下段に構え直した。

「…みづき…!!」

「必ず来てね、わたしがわたしでなくなる前に。待ってるわ、明!!」

 あたしは苦しむ八岐大蛇にむかって疾走した。そして、腰をかがめ、両足をバネにして全力で跳躍する。

「みづきぃぃ!!」

跳んだあたしの足下で、明さんが絶叫した。あたしは思いっきり力を振り絞り、明さんの頭の上、八岐大蛇の首と胴の付け根を大きく横に薙ぐ。

 結果、全ての首が胴から切り離され、覚醒を果たした明さんの神力が膨張して八岐大蛇の胴を覆った。その神力の中で、八岐大蛇は断末魔と共に徐々に形を崩していく。

 あたしは着地すると、大きく息を吐き出した。そして完全に八岐大蛇の神力が明さんと同化するのを確認し、立ち上がって明さんの方を振り返る。。

「こ、ここは…ボクは…?」

その姿を見て、あたしは両手で柏手を打ち、草那芸之大刀を湯津爪櫛に戻した。それを髪に挿してから、明さんに微笑んだ。

「ひ、ヒメちゃん?」

「おかえりなさい、明さん。無事で良かった…ほんとに…」

その途端、膝からいきなり力が抜けた。あたしはその場にぺたんと尻餅をつくと、照れ笑いをしてみる。

「やっぱ、無茶が祟ったかなぁ…。はぁ、怖かったぁー!」

あたしは叫ぶと、肩を落として改めて大きく一息ついた。

「ここは、どこだい?この暗闇の世界は…」

「明さんの…心の中、かな…。今のあたしと明さんは、合一状態にあるの。詳しい話は、現実に戻ってから。目を覚まして。それで、この悪夢はお終い」

あたしは、右手を明さんに差し出した。その手を明さんがゆっくり握り返す。

「ありがとう、ヒメちゃん…」

 明さんが呟いた言葉は、最後まで聞こえることはなく目の前が暗転した。


 目を開くと、見覚えのある風景が飛び込んできた。照明がほのかに照らしている、塔京スカイツリーの西駐車場だ。

 目の前では明さんがしゃがんでおり、八雲の右手がその肩に触れている。

(戻って…これた…)

その言葉に八雲が反応し、明さんの肩から手を外す。

「帰ってきたか…」

安堵の声を漏らし、八雲がその場に座り込む。

 前方には丁度ヘリが着陸する最中で、ハッチから弥生さんがぴょんと飛び降りた。八雲の右側には、蜂須賀さんが二人を見下ろしている。

「明ぁ…大丈夫かぁ…?」

 八雲が、しゃがんでいる明さんに声を掛けた。明さんはゆっくりと目を開き、力なく微笑んで八雲を見る。

「うん…なんとか、八岐大蛇の支配から離脱できたみたいだ」

「そっか。最悪の事態は回避できたみたいだな。しかし八岐大蛇を支配下に置こうなんて、無茶するもんだぜ」

言いながら天を仰いだ。

「やっぱり、わかってたんだね」

言って苦笑する。

「何年の付き合いだと思ってるんだよ。と言いたいが、それに気が付いたのは比女なんだけどな」

明さんは俯くと、小さな声で呟いた。

「ヒメちゃんの身体を取り戻す、最良の方法だと思った。傷つけずに済むってね。そして、あわよくば八岐大蛇すらも何とかしようと思ったんだけど…面目ない、代えって迷惑をかけてしまった…」

「ああ、大迷惑だったな。ちょっとやそっとじゃ、この借りは返せないぞ。コキ使ってやるから、覚悟しておけよ。……オレじゃなく比女がな」

その言葉にビクリとし、あたしは慌てて、全力を以て否定した。

(そ、そんなことはこれっぽっちも思ってないからねっ!八雲のバカっ!)

 そして、周囲に笑いがこぼれた。八雲が立ち上がり、明さんに肩を貸す。反対側からは、蜂須賀さんが明さんを支えた。

「ウチには、キッチリ返してもらうで!とりあえず塔京案内と、美味しい名物でも奢ってもらおか!来期予算も増し増しでな!」

駆け寄ってきた弥生さんが、八雲の顔を上目遣いで見て言う。

「ああ、そうだな。とことん鍛えてやるって事で恩返ししてやるよ」

八雲がようやく、いつものようににやりと笑った。

「そ、そりゃないで!せっかく東京まで来たのに!比女ちゃんも何とか言ってぇな!」

あたしは返答に困り、しばらく思案の末、

(えっと……ご、ご愁傷様?)

と冗談めかして言った。

「なんでや~~!!」

弥生さんの悲痛の叫びが夜空にこだまし、反してあたし達からは大きな笑い声が上がった。



 こうして、七日間に渡る八岐大蛇事件は幕を閉じた。

 だけど、この時あたしたちはまだ知らなかった。

 さらなる大きな事件が、目の前に迫っていたことを。

 もう一体の神憑が、神滅にとってかけがえのないものを奪っていったことを。


 あたしたちは、絶望に苛まれる事になる…。



話之終 <二ツ紋(フタツモン)> side:Hime 完

次章 話之末 <二心封印(ニシンフウイン)> side:Hime


次の一話で、このお話は一旦終了となります。

一ヶ月超に渡るお付き合い、本当にありがとうございました。

よろしければ、最後の最後まで比女・八雲と一緒に歩いて頂きたく存じます。

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