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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之終 〈二ツ紋 (フタツモン)〉
32/35

side:Hime 其の肆

 駐車場の中央にたたずむ八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は、ゆるやかに身体ごと八雲に向き直り、八本の首を擡げて攻撃態勢に入った。

 依り代となっている明さんは俯き、右手に超電磁砲(レールガン)を持ったまま動かない。しかし、三度の戦いであたしも八雲も知りすぎるほどに承知していた。いかに距離が離れていようとも、八岐大蛇にとってはあまり関係がないことを。

 八雲はAK-12のベルトを肩に掛け、両手をフリーにすると、胸の前で柏手を一つ叩く。

「比女、きちんと明の神力の観察、頼んだぜ。こっちは全力で征く!」

(うん、任せて!)

 力強く返事をすると、八雲は祝詞(のりと)を高らかに詠い始めた。

()()()()() ()()()()()()() ()()()()() ()()()()()()() ()()()()()()()…」

更に柏手を二回。澄んだ音が闇夜に鳴る。

「出でませ、神剣"天羽々斬(アメノハハキリ)"!」

八雲が両手を広げると、その胸の前に、神々しく白い神力を放つ直剣が姿を現した。そしてその柄を右手で掴み、大きく振り抜く。

 その神力に当てられたのか、首を振り下ろそうとしていた八岐大蛇が、一瞬だけ怯んだ。その隙に八雲は左脇にAK-12を構え、グリップを左手で握ってトリガーを引く。銃声が鳴り響き、六発の減滅弾が正面にいる八岐大蛇を襲った。

 六発のうち半分が命中し、半分は空を切ったが、構わずに八雲が走り出した。減滅弾を食らった二本の首は身悶えたが、残りの六本の首が上空から一気に八雲へ襲いかかった。

 その攻撃は、八雲が走り去った場所を連続で六カ所抉り、アスファルトの地面に大きな地響きを起こす。八雲はその地響きを飛んで交わすと、空中で身を翻し、さらに六発の減滅弾を地面に突き刺さる首へ撃ち込んだ。

 明らかに、先日あたしの身体と戦ったとき以上のテクニックだ。あの時にも「銃の扱いに慣れてきた」と言っていたけど、まさかここまで出来るとは。

 あたしは八雲の戦闘センスに舌を巻きながらも、視線は明さんの身体に注目した。神力の減衰を見逃してはいけない。そして、仰天する。なぜなら…

(八雲、動きを止めちゃダメ!)

あたしが叫ぶと、八雲が依り代である明さんの方向を見る。しかしその時には既に遅く、光の筋が銃を構える八雲の左腕に命中していた。

 バツン!という激しい音と共に、八雲の左腕からAK-12が吹き飛び壊れた。肘の辺りに、その超電磁銃(レールガン)から打ち出された神力弾のカケラが覘かせる。八雲とあたしが激痛に悲鳴を上げると、左肘を押さえて悶え転げる。

(同時…攻撃…なんて……)

 苦痛に顔をゆがめながら、あたしが再び明さんを見る。すると彼は、ゆっくりではあるが超電磁銃を構え直し、あたしたちに照準を絞っているところだった。

 その姿を確認した八雲は、呻きながらも立ち上がり、走り出した。

(まいったね、こりゃ…。どう八雲、左手動きそう?)

走りながら、八雲は自分の左腕を見ると、首を横に振った。あたしの痛覚は一瞬冒されただけで済んだけど、今も八雲には激痛が走っているはずなのだ。

「これで、中距離戦はできなくなったか…」

八雲が襲いかかる首の攻撃を回避しながら呟く。

(どうするの、懐に飛び込む?)

 残るは右手に握られている天羽々斬しか攻撃手段がない。そうなると残される方法は、襲い来る首を一本一本切り崩すしかないのだ。

「近づけば、超電磁銃は使えなくなるだろうが…。だが…」

 言わんとしている事は解る。接近戦を挑むには、真上から襲ってくる首を何とかしないといけない。だが、正面の明さんに集中するには、真上という位置は死角となってしまうのだ。それに、初めて八岐大蛇と戦ったときに食らった、"尻尾"による攻撃。あれを受けてしまうと、どのみち中距離まで離されてしまう。

「くそぅ、援護がほしいぜ…まだ他のコンビは戦ってるのかよ…」

 八雲は走り続けるしかなかった。動きを止めれば、明さんの超電磁銃から神力弾が飛んでくる。しかし、首に斬りつけるには、足を止めるしかない。ヒットアンドアウェイで本体たる明さんを斬ろうにも、最短距離を走ることすらもできない。

「くっそぉ、今までで最大の劣勢ってやつかよぉ!」

八雲が叫んだその時、耳のヘッドセットから女の子の声が聞こえてきた。

『ほな、手ぇ貸したろか。やけど、高いで!』

 八雲の後方上空から、プロペラ音が近づいてきて、一瞬に真上を飛び去った。そして目の前で大きく旋回し、こちらに戻ってくる。

 そして八岐大蛇のほぼ真上、上空一〇〇メートルくらいのところで滞空すると、側面のハッチが開いた。そこからライフルを構えて顔を覗かせたのは、

「や、弥生か!」

(弥生さん~!!)

 間違いなく、関西支部のトップエースである弥生さんだった。

『せやで!総本部研修生、近藤(こんどう)弥生(やよい)到着や!ほな、ぶちかますでぇ!』

 ライフルから弾丸が発射され、首の一つに命中した。その弾丸はすぐに雷を放出する。結界弾だ。ゆっくりと旋回するジェットヘリから、更に続けざま結界弾が発射され、首八本のうちの三本が雷に包まれて身悶える。

「いいタイミングで来やがるなぁ!」

(ホントだね。狙ってたんじゃないの?出てくるタイミング)

 八雲は立ち止まり、天羽々斬を構えた。八岐大蛇の首は全部が上空を向いており、一時的にとはいえ八雲からターゲットが外れたのだ。そして、依り代たる明さんが、上空を飛ぶジェットヘリに超電磁銃の照準を絞り始めた。

「させんよ!」

八雲は叫ぶと、明さんに走り込んだ。すれ違いざまに剣を振るい、明さんの腰の辺りを斬りつけ、そしてそのまま走り去る。首のいくつかが八雲に改めてターゲットを付けるが、すぐ上空から弥生さんの結界弾が跳び、その動きを防いだ。

「よし、このままいく!首の動きさえ封じてしまえば、接近戦(インファイト)に持ち込める!」

『気張りぃや!こっちは弾ようさん持ってきとるから、心配せんでええで!それに、もうすぐそっちの面子も来るやろ!』

八雲が再び明さん本体に突撃した。

「そうなのか!?」

『途中で無線拾ったんよ。なんやっけ、オオバさん?あっちが終わったみたいやで』

そして、明さんの足下で急ブレーキ、天羽々斬を足下に構え、斬り上げた。

(そっか、こっちの戦いに集中してて、無線全然聞いてなかったよ)

「援護があればあるだけ、戦いやすくなる。しばらくは弥生に任せるしかないが…」

上段に構えて斬り落とす。斬りつけた場所から赤い神力がまるで鮮血のように飛び散り、その度に明さんが呻いた。

 上空からはライフル弾を発射する音が立て続けに響き、八岐大蛇の足下では八雲が天羽々斬を振るい続ける。

 これで、攻撃方法がパターン化した。あと気をつけるのは、尻尾による攻撃だけだ。上空からの攻撃は弥生さんが引き受けてくれているけど、足下の尻尾は彼女から視認しづらいはずだ。そして案の定、明さんが身を翻す。尻尾が飛んでくる。

(尻尾きたよ!しゃがんでっ!)

その言葉を聞くが早いか、八雲が腰を落とした。その真上を、轟音と共に尻尾が通過した。

「あっぶねぇ…」

そのまま後ろに転がって立ち上がり、大地を蹴って再び懐に入り込む。

「この台詞を、お前に言うことになるとは思わなかったが…」

青眼に構えた天羽々斬を、上段に振りかぶった。

「このオレに、接近戦(インファイト)で勝てると思うなよ!!」

叫んで、力任せに振り下ろす。

 明さんの口から、露骨に苦痛の悲鳴が上がる。斜め下に振り下ろした剣のスピードを押さえず、そのまま八雲がくるりと一回転し、さらに速度を乗せた一撃を横っ腹にたたき込んだ。

「キシャァッ!」

 明さんが目を血走らせて叫ぶ。そして、彼の身体に、明らかな変化が現れる。右手に提げていた超電磁銃に、赤色の神力が宿ったのだ。

 八雲が斬りつけると、今までに無かった速さで明さんは超電磁銃を構え、天羽々斬の攻撃を弾く。

「な、なにぃ!?」

(うそっ!)

 八雲は上段、中段と連続で天羽々斬を振るが、明さんは神力を宿した超電磁銃で、立て続けにその攻撃をいなした。そして、八雲の動きが止まった隙を狙って、超電磁銃の先端で打撃を打ち付けてくる。

『どないしたん?八岐大蛇の動きが鈍なったで!?』

無線機から弥生さんの声が響いた。あたしが真上を見上げると、確かに八岐大蛇の神力が小さく、動きも鈍くなったように見られた。八雲の方こそを驚異と見なし、明さんの本体に神力を集中したということなのだろうか。

「弥生、上から明の本体を狙えるか!?」

攻撃を続け、それを弾かれながらも八雲が叫ぶ。

『八岐大蛇の首が邪魔してはるから、無理やね。とてもやないけど狙えんよ!それに、首を八雲さんに向けさせないので手一杯やで!』

無線から弥生さんの悲鳴が聞こえた。

「くっそ…」

 天羽々斬を構えたまま、八雲が唇を噛んだ。すると、明さんの身体が、超電磁銃をまるで棒術の様に操り、八雲に殴りかかってくる。八雲はその攻撃を流すのが精一杯になり、たまらず一歩バックステップで後ずさった。

「さすがに、神滅メンバー最初の攻撃(オフェンス)担当ってところか…」

再び青眼に構え直すと、明さんがゆっくりと近寄ってきた。

「神力、ちったぁ削れてるんだろうな?」

八雲があたしに問いかけてくる。

(結構削れてるけど…このままじゃ…)

あたしは明さんに注目したまま呻いた。

「直接攻撃は全部流される、弥生は首の対応で精一杯か…。厳しいな」

 八雲が懐に入り、さらに斬りつけるが、やはり超電磁銃で流されてしまった。体勢を崩したところに超電磁銃の先端が八雲のお腹に強烈にヒットし、八雲は飛ばされる。

(無茶な突っ込みはだめだよ!)

「わかってるが…どうする、無理矢理プランBを実行すっか!?」

プランBとは、あたしが明さんの身体と合一することを指している。けれど…

(まだちょっと早いと思う…なんとか、この攻撃を防げればいいんだけど…)

「だが、何もできないまま、弥生だけに負担をかけさせるわけにはいかないだろ。合一して動きを止められれば…」

(だけど、結界弾がないんだよ!動き止めるなら、結界弾は必須なんでしょ。AK-12は壊れちゃったし、上空の弥生さんは地面に結界張れないんだから)

「ちくしょう、どうする!」

 天羽々斬を構えるが、為す術がなかった。いかに、この棒術による絶対防御を壊すか。それが当面の目的に変わってしまったのだ。

 八雲が明さんの攻撃を流し続ける。攻撃に転じようにも、その棒術故のトリッキーな動きに判断を狂わされ、隙を狙うことすらもできなかった。

 その時、遠くでパァン!という音が聞こえた。銃声であることには間違いないが、上空の弥生さんの使っているライフルの発弾音とは違う。そして、明さんが大きくのけぞった。

 八雲は目を一瞬丸くするが、その隙を逃さず、天羽々斬を明さんの胸に突き入れる。超電磁銃の防御は一瞬間に合わず、天羽々斬は深々と胸に突き刺さった。

『苦戦してるじゃねぇか、八雲よぉ』

耳から聞こえてきたのは、大庭さんの声。

『なんとか、間に合ったがね!』

続けて、蜂須賀さんの声も聞こえる。

八雲は突き刺した剣を抜くと、一歩後ずさって周囲を見回した。

『見回しても見えねぇよ!そっから五〇〇メートルは離れてるからな。こっちから明の身体を狙撃する。その隙に斬り刻め!』

『僕はそっちに向かっとるで。接近戦二人になるなら、もっとやりやすいだら?ちょお待っとりゃぁ!』

 言ったそばから、明さんの身体に二発目の減滅弾が命中した。すぐに八雲が構え、斬りつける。

「ほんと、助かるぜお前ら…どうしようかと思ってたところだ」

八雲が天羽々斬を握った右手で、汗をぬぐった。

「雅之、結界弾は持ってるか!?」

八雲が無線に怒鳴る。

『そりゃ、あるけどよ。どうするんだ?』

「こっちに来たら、すぐに明の周りに四方結界を張ってくれ!オレは左腕が使えない、それに、AK-12 も壊れちまった。お前に頼るしかねぇ!それまで、削れるだけ神力を削る!」

 三発目の減滅弾が命中し、明さんがついに超電磁銃を取り落とす。八雲はしめたと言わんばかりに懐に飛び込む。

『策があるみたいだにゃ、わかったが。あと一分くらい待っとりゃ!』

「おう、頼む!」

 超電磁銃を取り落とした明さんに、八雲がでたらめに剣を振るった。明さんは腕でそれを流そうとするが、天羽々斬の方が神力が強く、腕そのものを斬られてゆく。

 駐車場の入り口から走行音が聞こえ、蜂須賀さんが赤いバイクに跨って走り込んできた。そしてそのまま乗り捨て、八雲の戦っている場所まで駆けてくる。その手には小さめの銃が握られていた。

「騎兵隊、到着だがね!」

 蜂須賀さんは叫ぶと、八雲の周りを走りながら、明さんの足下に結界弾を撃ち込んでゆく。

 二発、三発と打ち込み、最後の四発目を撃ち込んだのを八雲が確認した。そして、バックステップでその場を飛び退く。

 結界弾の羽根が展開し、周囲に雷をまき散らす。明さんが苦痛に呻き、膝をついて人ならざる声で叫んだ。

「キシャァァァァァッ!」

 八雲はその光景を見つめ、あたしに叫んだ。

「比女、いくぞ、準備いいか!?」

(任せて、いつでもいいよっ!)

 あたしが気合いの声を上げると、八雲は右手を振りかざした。そして、雷を放ち続ける結界へ向かってダッシュする。結界内に入り、あたしと八雲の全身を電流による激痛が襲う。

「うおぉぉぉぉぉ!」

八雲が声を張り上げ、雷で身悶えて蹲る明さんに右手を触れ、叫んだ。

「合、一!!」

 それは果たされ、あたしの意識は八雲の右手を介して、明さんの身体に入り込んだ。

う…ここで切ったら、あと1話では終わらない…。

はい、残り2話になりました。

僕はもっと、計画性を持つべきです。はい。

申し訳ありませんが、もうちょっとお付き合いくださいませ…。

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