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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之壱 〈二人言 (フタリゴト)〉
3/35

side:Girl 其の弍

 気がつくと、目の前はふたたび暗闇に包まれていた。

 状況はおかしかったけれど、先ほどと違い、なんて心細いんだろう。周りに普段見慣れた風景がない、人々がいない、光がない。たったこれだけのことで、あたしの心はこんなにも締め付けられる。今まで気がつかなかった。あたしはきっと一人では生きていけない性分なんだ。今は親元で暮らしているけれど、もし大学生や社会人とかになって、一人暮らしなんて事になったら、あたしはどうするんだろう。寂しがって、一人でわんわん泣いているのかな。両手で肩を寄せて、ぶるりと身震いをする。

 だけど、本当にさっきあった出来事は何だったんだろう。

 あたしが化け物みたいになって、太刀を振り回す男性と闘う。そして、親友祥子の死。今の暗闇の世界には、もうすでにその男性も、あたしという化け物も、祥子の遺体も見あたらない。まあ、真っ暗だから、確認出来ないのも当然かも知れないけれど、さっきとは違い、周囲はしんと静まりかえっている。今度は、身体もきちんと言うことを聞いて動いてくれるみたい。

 立ちつくしていても仕方がないので、色々やってみることにした。

 まず、自分の身体を、足下から順に上へと確認。真っ赤に染まっていた制服も、今は"普通の"制服に戻っている。

 周囲の確認。ずっと暗闇が続いていて、先ほどのような光は見えない。地面はしっかりしていて、ふわふわした感覚もない。

「誰か、いませんかー」

 声を出してみる。あたしの声は、山彦のように返ってくるわけでもなく、暗闇の中に吸い込まれていく。きちんと声も出る。耳も聞こえてる。やっぱり、周りには誰もいないみたいだ。

 意を決して、ここから移動してみることにした。

両手を真っ直ぐ前に出して、何かにぶつからないように、ゆっくり、慎重に歩みを進める。

 一歩、また一歩。三歩進んで二歩下がる。

 体感時間にして、10分くらいは真っ直ぐ歩いたと思う。壁のようなものに突き当たりもしないし、足下に障害物とかもない。どうやら、この暗闇の世界は、ずっと平坦(フラット)な大地が続いてるようだ。果てはあるんだろうか。地球のように、球体の世界だったら、いくら歩いても無駄っぽいし、映画とか、小説とかによくある"浮遊大陸"みたいな感じだと、いずれは足を踏み外して、どこかに落ちてゆくんだろう。

「なんなのよ、ここはホントに…!」

つい苛ついて、大声を張り上げてしまう。でも、状況は先ほどと同じ。

「あ~あ…」

 あたしは、ついに諦め、その場にごろんと横になり、大の字に手と足を広げた。

夢なら、早く覚めて欲しい。というか、是非とも夢であって欲しい。こんなへんてこな世界に、もういたくない。お腹も空いてきた。今は何時くらいなんだろ、7時?それとも10時くらい?今日の晩ご飯、なんだったのかな。お母さんとお姉ちゃん、きっと心配してるはず。

 ブレザーのポケットから、携帯電話(スマホ)を取り出して液晶画面を見つめる。何も映ってない。ボタンを長押ししても、電源が入る様子がない。携帯電話(スマホ)を再びポケットに仕舞い、ぼ~っと漆黒の空を見つめる。

「宿題やらないとなー。で、お風呂に入って、お気に入りのボディシャンプーで身体洗って、髪も洗って…あったかい布団にくるまって、また朝起きて…駅で…祥子と合流して……おはようって…挨拶…して……」

 睡魔が襲ってきた。

 夢の中で眠ったら、きちんと起きるまで、2回目を覚まさないといけないのかなー。



『……は、…日の天気をお知らせします。本日の新塔京は、1日を通して晴れ。気温も暖かく、大変過ごしやすい日になるでしょう。最高気温は18度まで上昇します。花粉の飛散指数は……』

 耳元で、テレビの天気予報が聞こえる。

 あたしは、胸元にかかっていた布団をまくし上げ、頭まですっぽりかぶって寝返りを打ち、身体を丸める。

 今は3月。そろそろ桜の花びらも綻ぼうという季節だけど、朝はまだ寒かったりする。 うっすらと、目を開ける。カーテンの隙間から、やわらかな朝日が差し込んでいる。あたしは、しっかりと布団にくるまっていた。普段通りの朝だ…。

 やっぱり、あれは夢だったんだ…。

 …と、目に飛び込んできたのは、あたしが普段見慣れないものだった。まず、部屋の壁の色が白い。あたしの部屋の壁は、薄いブルーのストライプ柄のはず。

 目を見開く。

 枕カバーが、あたしのお気に入りのクマ柄じゃない。枕元の、クマさんのぬいぐるみがない!ベッドも、ふかふかじゃなく、板の薄いパイプベッドのような感触!

 どこなの、ここは!!

がばっと上半身を起こす。

 寒い!視線を下ろすと、パジャマすら、ブラすらつけてないなんて!

 恐る恐る、下半身も確認……するまでもなく、ショーツもはいてない…。

すなわち、今のあたしは、完全に全裸だった。

 な、なんで!?

 そのとき、ベッドの反対側から、男性の声がした。

「ようやくお目覚め…」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

男性の台詞を遮って、あたしは大声で悲鳴を上げた。布団を頭からかぶりなおし、男性に向かって強烈な(パンチ)を一発。

と、その(パンチ)は当たらなかった。間髪入れずに男性が出した掌で、ぴたりと止められてしまった。

「五月蠅い女だな、オレ、昨日の夜は"激しかった"んでね、ベッドからどいてほしいんだが?」

男性が、呆れ顔をする。

「激し…かった…って、あ、あたしを犯したのね!ヤられちゃったのねっ!この変態、へんたーーー…!!」

「やかましい!!」

今度は、男性の声があたしの悲鳴を遮った。

「いいからそこから退け!お前にベッド占領されてっから、オレは一睡もしてないんだよ!」

男性の鬼気迫った迫力に、あたしはたじろぐ。

「起きたら事情を説明してやる。とりあえず、掛け布団かぶったままでいいから退け」

邪魔なものを追い払うように、男性は手を振る。あたしはその雰囲気に押され、布団を身体に巻いたまま、男性と離れた位置にゆっくりとベッドを降りた。男性は入れ替わりでベッドにのそりと上がり、横になると、すぐ寝息を立て始めた。

「なんなのよ、一体…」

 憤慨しつつ、あらためてあたしは、部屋を見回してみた。

 ずいぶんと殺風景なインテリアだ。壁に設置されたホログラフィのテレビ、小さなオーディオセットが床に無造作に置かれていて、散らばる複数枚のミュージックチップ。足の短い黒い卓袱台(ちゃぶだい)が1つ。タンスとか、棚とか、そういったものは見受けられない。真っ白の壁に、真っ白なカーテン。男性が眠っているパイプベッドが1つ、部屋にはドアが1つ。ドアの外は、キッチンとかお風呂とかトイレなんだろうか。部屋の大きさは、大体8畳くらい?

 眠っている男性の顔に視線を向ける。先ほどとは違い、寝顔はずいぶん幼く見える。多分、あたしとそんなに歳は離れていないと思う。

「ほんと、なんなのよ、もう」

ため息をひとつ。

 そのとき、部屋のドアががちゃりと音を立てて開いた。

「あー、もう眠っちゃったか。寝付きの良さは相変わらずだねぇ」

そこから、1人の男性がトレイにカップを3つ乗せて入ってきた。

部屋に広がる、コーヒーの香り…。

 入ってきた男性に視線を移動させる。

肩までの長さのワンレンの黒髪、筋の通った鼻、ちょっと切れ長の目。綻ばせた口元。身長は、ざっと見積もっても180cmくらいはありそう。彼氏にするなら、こんな…。

「い、イケメン!!」

思わず、声にでてしまった。

男性は、笑いながら、

「ははは、ありがとう。イケメンだって嬉しいね。」

言って、卓袱台の前に座って、コーヒーの入ったカップを3つ並べた。

「カップ触れる?飲める?飲めるならどうぞ。」

触れる?飲める?どういう事だろう。目の前にコーヒーがあるんだもの、触れるし、飲めるに決まってる。

 あたしはいそいそと卓袱台にすり寄り、カップの取っ手を握った。

うん、握れる。おかしな事を言う人だなー。

口元にカップを持ってきて、一口すする。

美味しい!

鼻腔ををくすぐるキリマンジャロ豆に似た芳醇な香り、適度な渋味と苦味。澄んだ黒茶色。今まで、砂糖入りのコーヒーしか飲んだことがなかったけど、ブラックコーヒーって、こんなにも美味しいものなんだ。

ほうっと、大きく一息をつく。

「きちんと飲めたみたいだね。結構、神力(ちから)強いんだ」

「ちから?」

力なんて、強くないと思う。ちょっと足の速さには自信があるけれど。

「コーヒー1杯、無駄になっちゃったな。飲んでから寝ればいいのに。どうせコイツの事だから、何も説明せずに寝ちゃったでしょ」

言いながら、男性もコーヒーを1口すすった。

 そう、説明。今あたしは、この状況の説明を欲している。なんで、ここにいるのか、今はいつなのか、そして、暗闇の世界は本当に夢だったのか。

「まずは自己紹介だね。ボクの名前は天神明(あまがみあきら)。見ての通りのイケメンね」

 くすりとあたしは微笑む。

「あっ…と、ごめんなさい。あたしは…名椎比女(なづちひめ)です」

「ヒメちゃんか。いい名前だねぇ。そこで寝てるソイツは、ボクの友達(ツレ)で、名前は速水八雲(はやみやくも)。無愛想だけど、悪いヤツじゃないから」

何が悪いヤツじゃない、よ。第一印象は最悪だったわ。

口には出さないけど、顔をしかめてみる。

「はは、重ね重ねごめんねぇ。じゃあ、まずは悪いけど、単刀直入に聞こうかな。昨日の夜のこと、どこまで覚えてる?」

「昨日の夜…?」

それって、あの暗闇の世界の事?男性とあたしの身体が闘ってた事?そして…

そのとき、テレビからニュース番組が流れてきた。

『朝のニュースです。昨晩19時、塔京都豊嶋区の路上で、事故が発生しました。』

事故…?

あたしは、テレビに注目する。

『被害者は、大友祥子さん17歳です。祥子さんは、学校の帰り道で事故に遭った様子で、発見直後に死亡が確認されました。警察は、路上にブレーキ痕が残っていることから、ひき逃げ事件として認定し、逃げた車両の行方を追っています』

 急に、頭の中が真っ白になった。

 死んだ…祥子が…。

「見つかっちゃったか。オジサンたち、後始末に失敗したな…」

明と名乗った男性が、舌打ちとともに小さくつぶやいたのを、あたしは聞き逃さなかった。ゆっくりと明に向き直って、尋ねる。

「失敗って…どういう…事ですか…?」

「他意はないよ、文字通り。でも、ボクがひき逃げ犯とかじゃないからね。神様に誓って」

「説明してください!」

あたしは立ち上がって、怒鳴った。

明はあたしの声に驚いたのか、両手をぶんぶんと振って、

「お、落ち着いてよ。きちんと説明するから。それに、布団はだけてるって!」

あたしは肩で息をしながら布団を巻き直して座った。

「眼福眼福…じゃなくて。ニュースの子、友達だったんだね。助けられなくてゴメン」

「助ける…?」

「そう。ボクと八雲は、助けに行ったのさ。キミと、キミの友達をね」

助ける…?どういうこと?

「ヒメちゃん、キミは、ここ数年で起きてる、不可解な事件を知ってるかい。行方不明1日で、遺体が数ヶ月放置されたような腐乱状態で発見されてるとか、爆弾ででも爆破されたかのような状態で遺体が発見され、周囲に爆発痕がないとか、バラバラにされて、まだ身体の一部が見つかってない事件とか。」

 覚えがある。ここ数年で起きている、"見えない殺戮者"とネットで"一時的に"噂された事件。すぐにスレッド(スレ)はネット上から消えてしまうんだけど。

「実は、ここ数年で起きているこれらの事件、共通点があるんだ。」

「未だに、犯人の情報が一切ないってことですか?」

「そう、そこだよ。頭の回転早いね。」

今の精神状態で、褒められても嬉しくない。

「犯人が捕まるわけないんだ、この事件については。えっと、超常現象(オカルト)とかは得意な方?」

「ニガテです。ってか、信じてません。」

ぶっきらぼうに答える。

「そうかそうか。でも、今のキミは、信じざるを得ない状況にあると思うよ。例えば…」

 明は、床に散らばっている1cm四方の大きさのミュージックチップを手に取った。

「手を出してみて」

言われたとおりに、布団の中から手を出してみる。

「落とすから、受け取ってよ」

言って、明はチップから手を離した。

チップはあたしの手の上に落ち…


 そのまま、すり抜けて卓袱台の上に落下して跳ね返った。


「どう?」

「どう…って…」

どういうことだろう。あたしは、きちんと受け取るつもりで手を出した。きちんと、チップを握った。でも、すり抜けた。

「このチップには、ボクの神力(ちから)を注がなかったからね。今の現象が信じられないのなら、この部屋の色々なものを触ってみるといいよ」

 あたしは立ち上がって、壁を触ってみた。すっと、手が壁を突き抜ける。オーディオセットを思いっきり蹴ってみた。今度は、足がオーディオセットをすり抜ける。カーテンを触ってみた。触るどころか、手に触った感触すらない。

「どういう…ことですか?」

「はっきり言おうか。キミの身体は今、精神体(アストラルボディ)なんだよ。一般的に言えば、幽霊と一緒だね」

「幽…霊」

「そう、幽霊さ。昨日の夜キミは、とある事件に巻き込まれて、身体と精神が乖離(かいり)してしまった。身体は操られていて、精神体(アストラルボディ)のキミだけを残していずこかへと逃げてしまった。その事件に、キミの友達も巻き込まれて亡くなった。精神体(アストラルボディ)のみになってしまったキミをその場に残しておくと、消失してしまうから、ボクと八雲でここまで連れて帰り、とある方法で消失しないように命をつなぎ止めた。これが真実さ。」

 なんてことだろう、とても信じられるわけがない。幽霊なんて、科学で証明出来る。霊能者なんて胡散臭いだけ、この世界は、あたしが見ている世界のみが真実。

 でも、この現象は…。

「納得出来ないのも無理はないよ。精神と肉体が乖離(かいり)するなんて、こんなケースは実に稀でね。まあ、キミの身体を昨晩取り戻せていれば、何事もなかったかのように日常生活に戻してあげられたんだけど。逃がしてしまったのはボクらの責任さ。本当にごめん。」

 あたしは、呆然と立ちつくしていた。あまりにもショックで、身体に巻いた掛け布団が足下に落ちていたのも気がつかないくらいだった。

 明が、顔を赤くして、あたしから顔を背けた。

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