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暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之伍 〈二籠洩 (フタゴモリ)〉
20/35

side:Hime 其の壱

 「さて八雲くん、これからどうするんだね」

 石上神宮の大鳥居をくぐり、セダンの停めてある第二駐車場まで来たとき、近藤支部長が八雲に問うた。

「あ…っと、どうしようか…」

 八雲が腕を組む。

 あたしと八雲は、布都斯魂大神フツシミタマノオオカミより、無事に神剣天羽々斬(アメノハハキリ)の神力を(たまわ)うことに成功した。予定通りなら、このまま千葉県の香取神宮(かとりじんぐう)まで行って経津主神(フツヌシノカミ)に会うっていうルートなんだろうけど。

「とりあえず、関西支部まで戻りましょう。どのみち、オレのバイクが停めっぱなしですし、ちょっと考えたいこともあります。できれば、もう一日置いて頂けると嬉しいのですが」

近藤支部長は頷いたが、ふっと思い立ったように続けた。

「それは構わないが…。でもいいのかい、なるべく早く関東に戻らないと、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が活動を再開するかも知れないよ」

「もし、活動再開が見受けられれば、オレの携帯電話(スマホ)に連絡が入ることになっています。そして今日は新月です。一日くらいは、大丈夫だと思いたいですね」

 なんかおかしいな。せっかく天羽々斬が手に入ったのに。八雲のことだから、すぐにでも行動を起こすと思ってたんだけど…。

「八雲、あんた…」

 あたしは八雲の肩に手をかけて、小声で語りかけたが、八雲はその手を握り返し、あたしの顔を見て微笑んだだけで、何の返答も返してこなかった。

 その力ない微笑みを見て、あたしの頭に、布都斯魂大神が言った一言が()ぎる。

"顕現(けんげん)には相当な量の神力(しんりょく)を必要とする。それだけは覚悟しておいて"

…なるほど、そういうことなのね。

 今の八雲が必要としているのは、"休むこと"なんだ。

 おそらく、さっき神庫(ほくら)の外で天羽々斬を顕現させたとき、予想以上の神力を消費してしまったに違いない。きっと、考えたいことがあると言ったのも方便なんだろう。今こうやって平静を装っているのは、近藤支部長や弥生さんに、心配をかけたくないから。

 ほんと、不器用なヤツだなぁ。同じ神滅(かめつ)で身内も同然なんだから、疲れたって素直に言えばいいのに…。

あたしは、そんな八雲を見て、肩を落としてため息をついた。

「ほら、比女ちゃん、いくで~!」

近藤支部長のセダンの横で、弥生さんが手を振っていた。

「はーい、今行きまーす」

叫び返し、あたしは車まで駆けていった。


 三〇分後、あたしたちは関西支部まで戻ってきていた。

 玄関を開け、近藤支部長と弥生さんが中に入っていく。あたしと八雲はそれを見送り、一足遅れて玄関脇の二階へ続く階段に向かった。

 八雲の顔を見ると、あたしの思ったとおり、少し青ざめている。額からは脂汗も流れていた。

 あたしは八雲に寄り添うと、彼の腕を肩にかけ、右手を腰に回した。

「キツイ?」

八雲の顔を見る。すると、八雲はめずらしくも素直にこくりと頷いた。そして、ゆっくりと階段を昇ってゆく。

 八雲の部屋のドアを開けて室内に入り、照明を点け、ベッドに彼を寝かせた。

「どうする、お水でも持ってこようか」

「いや、いい…。傍にいてくれ…」

その台詞に、彼の顔が素戔嗚(スサノオ)様の顔とダブった感じがした。

なんか、出雲の國の件を経験してから、八雲からちょっと角が落ちた様な気がする。

 あたしは八雲が寝ているベッドに腰をかけた。

「くっそ、布都斯魂大神め…なにが"相当な量"の神力だよ。"ほとんど"の間違いだろうが…」

そして、大きく息をつく。

「あたしが稲田姫(イナダヒメ)の力を継いだように、八雲は素戔嗚様の力を受け継いだんでしょ。それでもこんなに消費するんだ。さすがは、神剣ってところ?」

八雲に布団を掛けながら聞く。

「ああ。出雲で素戔嗚(オレ)が使った天羽々斬は、神格化前のただの鉄剣だったが…神が宿ると、こんなにも違うモンなんだな。この感じだと、顕現できるのは一日一回が限度っぽいな…」

八雲が、自分の右手を見て呟いた。

「上手に、今までの武器を併用していくしかないね。イザって時だけ天羽々斬は使うようにしないと。でも、八雲なら多分大丈夫だよ」

 あたしは、八雲顔を見つめて、微笑んだ。

「ん、どうした?」

八雲がそれに気が付いてこっちを向く。

「ん~ん、なんか、ずいぶんと長い間アンタといる気がして。実際には、まだ出会って四日目なのにね。やっぱり、稲田姫の記憶を経験したからなのかな」

「それでも、体感時間で一〇日そこそこなんだけどな。でもオレも同感だ。お前と…比女と、ずっと一緒にいたような気がする」

…比女。

なんでだろう、八雲に名前を呼ばれる度に、胸の奥が暖かくなる。

「ようやく、名前を呼んでくれたよね。なんか、嬉しかった」

「ん、今まで呼んでなかったか?」

「うん。ずっとお前とか、コイツとか。そんな感じ」

「そうか…」

 あたしは、稲田姫の記憶を経験して、思ったことがある。

 ずっと心のどこかで否定し続けていたんだけど、稲田姫として素戔嗚様と一緒になって、八岐大蛇を討伐して、この気持ちは本物だって気が付いた。やっぱりあたしは、間違いなく稲田姫の化身なんだ。稲田姫が素戔嗚様に抱いていたものと同じ想いを、今は八雲に感じている。あたしは名椎比女であり、稲田姫であり…。

 この気持ちは、きっと、恋…なんだよね。生まれて初めて持った愛おしい気持ち。

 あたしは、微笑みながら八雲の顔を見続ける。

「な、なんだよ。お前、おかしいぞ、どうしたんだ」

「ん~ん、なんでもない」

 でも、まだ言ってあげない。

 だって、素戔嗚様の気持ちは兎も角、まだ八雲の気持ちが、イマイチ掴めていないもの。それに、自覚もないみたいだしね。きちんとあたしを見てくれるまで、それはお預け。

 あたしと八雲が、再びこの時代で出会ったのは、きっと運命だったんだね。

「さ、八雲。少し寝なよ。あたしはここにいるからさ」

「そうだな。悪いけど、そうさせてもらうわ…」

八雲は目を閉じた。

 あたしは布団をかけ直してあげると、そこから降り、もたれ掛かって天井を見上げた。そして、あくびをひとつ。

 稲田姫の追憶…。そのせいか、案外あたしも疲れていたのかも知れない。

八雲に習い、あたしもゆっくりと目を閉じた。


 目の前に、草原が広がっている。緩やかな優しい春の風が髪を凪ぎ、あたしは左手でその髪を押さえた。

 あたしは、その緑一色、美しい草原を眺めながら、隣に立ち、同様に風景に見惚れている男性へと微笑みを向けた。そして、その男性へと寄り添う。

その男性は…素戔嗚様。

 あたしは再び、稲田姫としてこの地に立っていた。

 だけど、目の前の草原。あたしの住んでいた村の周囲に、このような草原があるという記憶はない。出雲の國のどこかであることには間違いはなさそうだけれど、素戔嗚様と共に、新天地へとやってきたのだろうか。

 隣に立つ素戔嗚様が、声高らかに、歌を詠んだ。

()()()()() ()()()()()()() ()()()()() ()()()()()()() ()()()()()()()…」

 そうか、こここそが須賀(すが)の地。あたしと素戔嗚様が、この後永遠を共にする地。

 あたしは、素戔嗚様の詠んだ歌を繰り返し呟いた。

八雲(やくも)()つ…出雲(いずも)八重垣(やえがき)妻籠(つまごみ)に…八重垣(やえがき)(つく)る…()八重垣(やえがき)を…」


 あたしは、耳元で何かが動く気配に気が付き、目を覚ました。同時に耳に入ってくるのは、八雲の携帯電話(スマホ)から流れる、「トゥーンミュージック」の音楽(シングル)。窓を見ると、外は既に日が沈んで暗くなっている。

 八雲は横になったまま布団の中からごそごそと、けたたましく鳴る携帯電話(スマホ)を取り出すと、受話スイッチをタップした。

「もしもしぃ…、ああ、おやっさんか。ああ、天羽々斬は手に入れたよ。それよりどうし…」

そこまで話して、いきなりベッドからがばっと起きあがる。なんかあったのかな。

あたしは寝ぼけ眼のままに、その光景を見守る。

「ああ、わかった。すぐに戻る。」

真剣な眼差しだ。

「どうかしたの?八岐大蛇(あたしのからだ)が動き出したとか…?」

あたしが尋ねると、八雲が受話スイッチをオフにしながら言った。

「いや、そうじゃねぇが…。塔大病院から、明がいなくなったらしい。いま、神滅課が総動員で捜索してるらしいが…。あいつ、肋骨折ってるくせに…」

八雲はベッドから降りて立ち上がると、壁に掛けてあったコートを着込んだ。あたしも、その言葉を聞いて、脳みそを無理矢理フル回転させる。

「比女、すぐに戻るぞ。アイツが何の意味もなく勝手に動くなんてあり得ねぇ。何かあったに違いないんだ」

ぎりりと歯ぎしりをする。

「うん、わかった。でも、もう身体はいいの?」

「昼間よりはマシになった。でも、そんな場合じゃねぇからな。近藤支部長に挨拶して、すぐ出よう」

「うん…!」

 あたしは立ち上がると、八雲と共に部屋を出た。

そして階段を駆け下り、一階奥のドア脇にある開閉スイッチをタップ、事務所に雪崩れ込んだ。

 「近藤支部長!」

 あたしが、事務所の奥に座って書類整理をしていた支部長に声を掛けた。

「おや、慌ててどうしたんだい」

 近藤支部長はペンを止め、こちらを向く。

「すみません、本部で異変があったようなので、これでお暇させて頂きます!」

八雲が早口で叫んだ。その態度を見て、近藤支部長が続ける。

「ふむ、急ぎの様だね。八岐大蛇が動き出したか?」

「いえ、そうではありませんが…重傷の明…いや、パートナーが、病院から姿を消して、行方知れずだと連絡がありました。何かの騒ぎに巻き込まれた可能性がありますので…って、あああもう!急いでるのに!」

「ほら、ちょっと落ち着きなさい」

足をばたばたと足踏みしながら慌てる八雲に、あたしは横からつつく。

近藤支部長は少し考えた末、言った。

「ふむ、ここから新塔京まで、高速を使って八時間くらいか…。よしわかった。ヘリを手配してあげよう。大阪からここに到着するまで二〇分ほどかかるが、飛べば一時間ちょっとで新塔京にたどり着ける。すぐ近くに、ヘリが降りられる大きさの公園があるから、そこへ行ってくれ。弥生!」

 近藤支部長が、鳥居の奥に向かって叫んだ。その奥から「なんや~?」という弥生さんの声が小さく返ってきた。

「八雲くんと比女さんを、例の公園に案内してあげなさい。」

弥生さんがスポーツウェアのまま鳥居から顔を覗かせる。相当汗をかいているところを見ると、トレーニング中だったのは間違いなさそう。

「ん、ヘリやね。でも、八雲さんのバイクはどないするん。総本部(あっち)にもどるんやろ?」

「時間ができたときにでも、送り返すさ。着払いでね。急いでいるみたいだ、すぐに行ってくれ」

いいながら、電話の受話器を取り、電話番号を素早くタップしていく。

「わかったわ。ほんじゃま、八雲さん、比女ちゃん、いこか~」

相変わらずののんびり口調である弥生さんだったが、目には鋭い光が灯っているのが見て取れた。

 八雲とあたしは、弥生さんと共に走り出す。そして、関西支部をでて、住宅街の中を疾走する。

「その公園、遠いの!?」

走りながら、弥生さんへ疑問を飛ばす。

「五分くらいやね、全力疾走で!」

「ぜ、全力疾走で!?」

「そうやよ、全力疾走で!…あ、ってか、ヘリが来るまでに着けばええんやから、走る必要ないやんか!」

そう言って急ブレーキ。う、こんな時まで、関西人のノリだ…。あたしと八雲は肩で息をしながら顔を見合わせた。

「いやぁ、すまんすまん。おとんの声が、えらい緊迫した雰囲気やったもんで、それに流されてしもうたわ!」

あはは、と照れ笑い。あたしもそれに釣られて苦笑すると、そのまま三人で歩き出す。

「でも、関西支部はヘリなんて使うんだね。やっぱり、守備範囲が広いから?」

あたしが隣で歩く弥生さんに問う。

「そうやよ。いっつもその公園にヘリが降りんねん。おかげで、地元の子供達からは、その公園が"ヘリ広場"っていつの間にか呼ばれるようになってやなぁ」

そんな話をしているときも、八雲は何かを思い詰めるような顔をしている。あたしは、八雲の脇腹をつついた。

「思い詰めてもしょうがないよ。まずは新塔京に着くことだけを考えよ。全てそれからだよ」

「解ってはいるんだが…。」

そして、さらに顔をしかめる。

 夜空の遠くから、ヘリのプロペラ音が小さく聞こえてきた。

「ん、もうすぐ来るみたいやね。もう、公園は目の前やで。間に合いそうや」

その言葉通り、その路地の先に、ちょっと大きめの児童公園が見えてきた。あたし達がその公園に入ると、その上空にヘリが滞空する。弥生さんがポケットからペンライトを取り出し、上空のヘリに向かって、それで大きく円を描いた。

 ヘリが降下を開始し、あたし達はそれに走り寄る。そしてヘリは着地、ハッチが開いて、搭乗員が手招きした。

「ありがとう弥生さん。近藤支部長によろしくお伝えください!」

叫ぶくらいじゃないと、ヘリのプロペラ音に声が掻き消されてしまう。あたしは弥生さんに頭を下げた。

「気にせんでええよ!でも、そうやな。今度ウチがソッチ行ったとき、新塔京案内してや~!」

「うん、どこ行きたいか、考えておいて!」

「了解や!さあ、八岐大蛇しばき倒してき!ガツンといわせなあかんで!」

弥生さんが右拳を、あたしに突き出した。あたしも拳をつくって、それに合わせる。

 あたしと八雲がヘリに乗り込むと、ハッチが音もなく…聞こえなかっただけかも知れないが閉じ、ふわりと浮かぶ。そして、みるみる弥生さんの姿が小さくなる。弥生さんは、ずっとペンライトを大きく振っている。

「さあ、戻ろう八雲」

あたしは、シートに身を沈めて言う。

「ああ…これからが本番だ」

八雲が新塔京方面をにらんで、強く頷いた。

 月の光のない夜空を、あたし達を乗せたヘリは、疾駆し始めた。

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