表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗闇ヲ駆ケル花嫁  作者: 喜多見一哉
話之肆〈二羽語-夜幣賀岐 (フタバガタリ・ヤヘガキ)〉
18/35

side:Inada-Hime 其の参

 あたしは、暗闇の世界から戻ってきた。

 目を覚ました場所は、西暦二〇六二年の石上神宮(いそのかみじんぐう)ではなく、素戔嗚(スサノオ)の伝承、すなわち、稲田姫(イナダヒメ)家の閨ではあったが。

 あたしが暗闇の世界にいた時間は、わずかだったに違いない。横では素戔嗚様-八雲(やくも)が、相も変わらず寝息を立てている。

 そう、全てをあたしは思い出した。あたしが、今は名椎(なづち)比女(ひめ)ではなく"稲田姫"であること、素戔嗚様が八雲であること、この時代に、誰の陰謀で飛ばされたかと言うこと。あたしは、八雲の力を神剣"天羽々斬(アメノハハキリ)"に認めさせなくてはならない。それが、この時代にいるあたしの使命だ。

 だが、天羽々斬には、あたしが記憶を取り戻したということがバレてしまっている。二〇六二年のあたしは、八雲が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒すのを手伝えと言っていたけど、本当にそれでいいのだろうか、という疑問が残る。

 天羽々斬が試したいのは、"八雲の力”のはず。だから、はっきり言ってしまうなら、あたしが手を貸すのはフェアではない。でも、せっかく八雲が目の前にいるのに、このままあたしを忘れてるってのは、我慢できない。

 要するに、八雲の記憶を目覚めさせるだけなら、あたしが手を貸してもいいってことだろうか。結論として、あたしが何もせず、八雲-すなわち、素戔嗚が自分の手で八岐大蛇を倒してしまう事ができれば、万事解決…なのかな。

 あたしは、横で眠り続ける素戔嗚様の顔を見た。八雲にそっくりだ。髪は結い上げているものの、顔立ちや、あの乱暴な物言いは、八雲そのもの。そして、この寝顔も。

 宴の時の様子を見るからに、素戔嗚様の中で、八雲の記憶はほとんど戻っているに違いない。ただ、素戔嗚様の意志が、八雲という人格を力任せに封じているのだろう。だからこそ、あれだけ苦しんだのだ。

 あたしは、甲冑を着込んだままの素戔嗚様に気が付き、甲冑を外そうと肩の留め金を外した。さすがに甲冑を着たまま寝ているのは、きついだろうと思ったから。そして、それを身体から脱がせてゆく。複雑な造りの甲冑を、こうもたやすく脱がせる事ができるのは、やはりあたしが、この時代の稲田姫であるからだろうか。

 そして、腰鎧を外そうとした時、そこにぶら下がっていた鉄の剣に気が付いた。

「これが、天羽々斬…なのかな」

あたしは呟いて、鞘から音を立てないようにゆっくり剣を抜いて手に取る。

鈍い光を放つ、美しい直剣だ。切れ味も相当なものだろう。今回の騒動の根源が、この剣だなんて、信じられない。

「見てなさいよ、あたしは、絶対に元の時代に戻ってみせるからね」

剣に向かって呟く。天羽々斬から、何の返事も返ってこなかったが、これで一応、宣戦布告は終了だ。

 あたしは天羽々斬を鞘に戻し、素戔嗚様の枕元にそれを立てかけた。そして、素戔嗚様の頬を指先でつつく。

「早く…あたしのことを思い出してね。おやすみ」

言って、部屋の明かりを吹き消し、自分の部屋へと戻った。


 翌朝、あたしを起こしに来たのは、侍女だった。

 侍女が言うには、「稲田様が寝坊するのは珍しい」ということ。きっと、あたしが記憶を取り戻し、自分の普段の生活のように振る舞ってしまったからだろう。

 いけないいけない。今のあたしは稲田姫。だから、名椎比女ではなく、稲田姫として演じなければいけないということ。けど、演技って苦手なんだよね。一応、稲田姫としての記憶も持ち合わせているから、何とかなるだろうけど。ってか、何とかしなきゃ。

 あたしは侍女に手伝わせて衣服を着込み、見世へと向かった。

「父上、おはようございます」

座って、父上-足名椎(あしなづち)に挨拶をする。

「おお、おはよう。お前が寝過ごすなど、珍しいこともあるものだな」

父上は、これについて疑問を感じなかったようだ。よし、ファーストコンタクトは成功っと。

 父上の正面を見ると、素戔嗚様があぐらをかいてお酒を呷っていた。まったく、朝っぱらからお酒だなんて。

「素戔嗚様、おはようございます。もうお加減はよいのですか」

続けて、素戔嗚様にごあいさつ。

「おはよう。昨晩は汝に迷惑を掛けたようだな」

「いえ、迷惑だなんてそんな。でも、素戔嗚様の違った一面が見られて、稲田は嬉しく思いますわ」

言って、口に手を当てて、コココと上品に笑って見せた。

「なん…だと…。違った一面とは…?」

素戔嗚様が慌てる。別に、頭痛以外は普段通りの素戔嗚様だったけど、ちょっといじめてみたくなっただけ。

 あたしは、素戔嗚様の横に歩み寄り、座ると、彼の空になった杯に、お酒を注いだ。

素戔嗚様はその杯を一口で空けると、昨晩と同じく、感嘆の声を上げた。

「この酒は、本当に素晴らしいな。このような酒を毎日呑める、この地の者が羨ましく思う」

そして続ける。

「足名椎殿、昨晩の願い、どれくらいでできようか」

それは、八岐大蛇討伐のために、このお酒を使うっていうことを指しているんだろうか。

「今、村の者総出で、酒を絞っております。しかし、この酒を作る課程で八回も絞ろうとは、ただでさえ強い酒であるのに、これでは人が呑めなくなってしまいますな」

 このお酒は、あたしも呑んだことがある。そのときのあたしは、一杯呑んだだけで、そのまま酔って潰れてしまったほどだ。それほどに強いお酒なのに、それをさらに七回絞るとは。たしかに、人が呑めるものではなくなってしまう。

「なに、人を飲み込む程の化け物を酔い潰そうというのだ。それくらい強くなければ意味はあるまい」

 八岐大蛇に、お酒を飲ませて酔い潰す…。そんなストーリーだっけ。しまったなぁ。こんな事になるなら、ほんとに古事記や日本書紀を勉強しておくんだったよ。きちんと覚えてれば、素戔嗚様の手助けもできただろうに、悔しいなぁ。

「その準備ができ次第、村はずれに祭壇を作ろう。八岐大蛇らしく、それぞれの首にあたり、一つづつの酒樽を供えてな。その酒を八岐大蛇が呑み、酔ったところを切り刻んでしまえばよい」

 なるほど。そういう作戦か。それなら、大した被害もなく八岐大蛇を討伐出来るわ。あたしは素戔嗚様の顔を見て、納得したようにこくりと頷いた。

「しかしながら、八岐大蛇に呑ませるほどの量の酒を八回絞るというのは、大変な苦労になります。今しばらく、お時間をいただきたいのですが…少なくとも、あと七日ほどは…」

 父上が、申し訳なさそうに上目遣いで素戔嗚様に言った。

「よい。ただ、それまでに八岐大蛇が現れなければ、の話ではあるが」

「それだけは、ただただ祈るのみでございますわ。お酒が完成するまで、わたしはこの村より出ないようにいたしましょう」

あたしがそう言うと、素戔嗚様はきょとんとして、あたしの顔を見た。

「これはこれは…昨日、反対を押し切って山に入った、稲田の台詞とは思えぬなぁ!」

そして、大声で笑う。

 し、しまった、この応え方はミスったかな。でも、素戔嗚様が討伐する前に、八岐大蛇に食べられたくはない。村から出るということは、その危険が増すということなのだから。

「い、いえ、ただ、素戔嗚様のご迷惑にはなりたくなかっただけでございます。ほ、本当にそれだけですわ!」

あたしはおもいっきり慌てて否定した。

 まあ、今は稲田ではなく、比女ですって言っても、誰も信じないと思うけど。うう、稲田姫…難しいよこれ。

「では、私は醸造の様子を見て参りましょう。素戔嗚様はどうぞごゆっくりとなさってください」

父上は、言って立ち上がった。

「うむ、そうさせてもらおう。済まぬな、足名椎殿」

「ではその間、わたしが素戔嗚様に、この村内をご案内いたしましょう。衛兵に今日の分の薬草を頼まねばなりませんし」

父上は頷くと、素戔嗚様に一礼して、見世を出て行った。

 あたしと素戔嗚様は、そのあとすぐに伴って家を出た。

 ぶっちゃけてしまうと、家の中で素戔嗚様と二人っきりになるのが気まずかっただけなのだけれど。

 空を見上げると、既に日は高く、あたしがどれくらい寝坊したのかが見て取れる。今も未来も、結局していることは一緒のようだ。間もなく秋になろうという陽気の風が、あたしの髪をかき乱した。普段は村の外で多くの人々が稲作に精を出しているが、今はお酒の醸造に駆り出されているのだろう、ほとんど人影は見あたらない。村の中でも、女性と子供たちしか見受けられなかった。

 あたしはまず、入り口横に建っている衛兵の詰め所に赴き、薬草の採取をお願いした。待機していた衛兵の一人が、すぐに用意を調えて村の外へ走っていく。その後、村の外柵沿いに歩き、道行く人々に挨拶をしながら、村の集会所、父上のいる醸造所、昨晩宴が催された広場、井戸や水飲み場、公共の湯浴み場など、素戔嗚様に順に案内していった。

 そして今、あたしと素戔嗚様は、村の北側の、小高くなった丘の上にいる。

 この丘は、村を一望できるだけでなく、遥か先に海も望める、あたしの…稲田姫のお気に入りの場所だった。子供の頃から、何か嫌なことがあると、あたしは必ずこの丘に来て、風景を眺めて気持ちを落ち着かせたものだ。

 素戔嗚様が、切り株に腰を落ち着けて呟いた。

「つくづく、良い土地であるな」

あたしは脇に立ち、その言葉に頷いてみせる。

「ここは、わたしのお気に入りの場所です。昔から、度々ここに来て、この國の風景を眺めていました」

「うむ、この地は、心を落ち着かせる何かがあるのだろう。それが何かはわからぬが」

「ええ、ですから、わたしはこの土地を乱そうとする八岐大蛇を、許すことはできません。姉たちが生け贄として亡くなった事ももちろんですが、何よりこの土地を愛しています」

「そうであろうな。我は些細なことで、姉である天照大神(アマテラスオオミカミ)とは(たもと)を別れてしまったが、姉弟を大切に思う気持ちは解るつもりだ。そして、高天原(たかまがはら)同様、この土地も気に入った」

「ありがとうございます」

あたしは微笑んだ。

「そのために何としても、八岐大蛇は倒さねばならぬ。でなければ、奴はまだまだ、悪事を働こう。この先も、未来永劫な」

…未来永劫。

それは、素戔嗚様の単なる予見なのか、あたしの時代の事を指して言っているのか。

「八雲…」

あたしは、思わず呟いてしまった。

それが聞こえたのかは解らないが、素戔嗚様は、あたしの顔を見て微笑み返してくれた。

そして、素戔嗚様が切り株から立ち上がる。

「さて、稲田よ。その酒造りを見に行こうではないか。どのようにしてあの美酒が造られているのか、我は大いに興味があるぞ」

「はい、お伴いたします」

あたしと素戔嗚様は、お互いに手を取って歩き始めた。


 それから、七日経ち…。

 ついに、その"お酒"が完成した。

 素戔嗚様は、そのお酒に八塩折之酒(やしおりのさけ)と名付けた。お酒は村の人々全てを使って広場に置かれた八つの巨大な酒桶に注がれ、その前に真っ赤な門、鳥居が作られた。

 これで、八岐大蛇を迎え撃つ準備は整った。

 あたしと父上、熱が完治した母上、そして素戔嗚様は、今は家の見世にて、最後の杯を交わし合っている。

「あとは、八岐大蛇の訪れを待つのみだな…」

父上が心配そうに、家の壁越しに広場の方向を見る。

「我はこれより、広場にて八岐大蛇を迎え撃つ。村の者全てには、家から出ないように伝えよ。しかし、そうだな…」

しばらく考えた後、素戔嗚様があたしを見た。

「我が大蛇を倒したという証人が欲しいのう。稲田よ」

「はい」

「我と共に来てはくれぬか。汝が近くにいると我も心強い、それに力が出る」

その言葉に、父上と母上が仰天した。

「なんですと!」

「なんですって!」

同じ言葉が、あたしの正面からサラウンドで聞こえる。

「なに、心配はいらぬ。稲田は湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に姿を変え、我の髪に挿そう。稲田そのものを、戦場(いくさば)に立たせようと言うわけではない」

そして、あたしに手を伸ばす。

 結局、今日までの七日間で、あたしは八雲の記憶を取り戻せなかった。これが、八岐大蛇を倒すまでにできる、最後のチャンスかもしれない。櫛に変わって素戔嗚様の髪に…それは、八雲と合一している状況に似ている。あたしの声も、八雲に届くかも知れない。あたしの心は、既に決まっていた。

「お伴いたしとうございます」

あたしは言うと、素戔嗚様の手を取った。

 父上と母上は何かを言いたそうに口をぱくぱくさせたが、あたしの一言を聞いて黙ってしまった。

 身体が小さくなる、奇妙な感覚があたしを襲い、気が付くと素戔嗚様の掌にすっぽりと収まっていた。そして、素戔嗚様があたしを髪に挿す。

「では、行ってまいる」

 素戔嗚様は脇に置いていた神剣"天羽々斬"を腰に縛ると、強い足並みで家を出た。

 それとほぼ同時だろうか、山の方から、大きな何かが身体を擦って動くような音が聞こえ始めた。素戔嗚様はそのまま広場には向かわず、広場が望める位置に立っていた木の陰に身を隠す。

 やがて柵を壊し、木々をなぎ倒しながら、八岐大蛇が姿を現した。その大きさは、全長三〇mはあるだろうか。広場までやって来た八岐大蛇は、鳥居に囲まれた酒桶を見つけると、そのまま首を突っ込んで八塩折之酒を呑み始める。

(素戔嗚様…)

「うむ、ここまでは計画通りだ。後は、八岐大蛇が酔い潰れて眠るのを待つ」

木の陰から静かに状況を見守る。そして一時間ほど経過した。

はたして、八岐大蛇はその巨体を横たわらせ、眠り始めた。

「いくぞ、稲田よ」

(はい!)

 素戔嗚様は、天羽々斬を腰から抜いて、一気に距離を詰めた。そして、一本目の首に斬りかかる。

 一刀両断。

まさしくその言葉のように、八岐大蛇の首が一本、宙を舞った。続けて、二本目の首に狙いを定める。

が、あたしは、その時に異変を見て取った。

(避けて!)

あたしと素戔嗚様の前を、"何か"が凄まじい速度で通過していく。そして、広場に立つ木を一本、轟音と共になぎ倒した。

 素戔嗚様は、その状況が飲み込めないようだった。八岐大蛇は、未だ確かに眠っている。しかし、その身体から影のように生まれ出た、オーラ。

それは、あたしと八雲がサンシャインシティで遭遇した、八岐大蛇の神力だった。

「何が起きたのだ…」

(神力、です。目に見えない力を、八岐大蛇が放出しているのですわ…)

あたしが言う。

「それは、何か?」

(詳しく説明している暇はありません。しかし、わたしにはそれが見えております。お教えいたしますので、その通りに避けて、他の首を狙ってくださいまし!)

「こ、心得た!」

 そして、八岐大蛇の神力との激闘が始まった。

(正面に来ます、左右どちらかに!)

素戔嗚様が、左へとステップを踏む。立っていた場所に首が突き刺さり、大きな穴を開けた。素戔嗚様は体勢を立て直すと、二本目の首に斬りかかるが、それを防ぐように、首の一本が壁を作る。素戔嗚様は声を張り上げ、そのまま縦に切り落とす。

 本物の首と、神力の首、それぞれ一本づつが、その剣に斬られて鮮血を飛び散らせる。

(残り六本です!)

「わかっておる!」

続けて三本目の首を狙う。神力の首のうち、二本が擡げられ、剣を構えて走る素戔嗚様に狙いを絞った。

「いやぁっ!」

 気合いの声と共に、天羽々斬が三本目の首に食い込んだ。だけど、今度は切り落とすまでに至らなかった。その一瞬の隙をついて、右横から神力の首が襲いかかってきた。

(右から来ます!)

あたしが叫ぶも間に合わず、素戔嗚様は神力の首に右から叩かれ、地面の上になぎ倒された。受け身を取るも、彼の手からは天羽々斬が離れてしまった。

(やくもっ!)

思わず、あたしが叫んだ。素戔嗚様は頭を振り、飛ばされそうになった意識を回復させる。

「やく…も…?」

素戔嗚様が呟いた。

「そうだ、以前にもこんな事が…あれは…」

そんな間にも、神力の首がこっちに突撃してくる。

(正面、避けて八雲っ!)

素戔嗚様が、声に反応して横に転がる。その場所を、首の神力が通過した。

「なんだ、この感覚は、記憶は…やくも…八雲…我…いや、オレは…」

神力の首は、そのまま横薙ぎに移動してきた。あたしと素戔嗚様はそれに接触し、ふたたび地面を転がった。

 そして、素戔嗚様の髪から外れ飛ばされる、湯津爪櫛(あたし)

「…ひ、比女?比女ぇぇぇぇっ!」

 素戔嗚様が、吹き飛ぶあたしに向かって叫んだ。

素早く地面を蹴り、宙を飛ぶあたしをキャッチする。

(ひめ?あたしを、比女って呼んだ…の?)

着地した素戔嗚様は、再びあたしを髪に挿した。

「…呼んださ。お前は稲田じゃない。名椎比女だろう!?ようやく、解ったぜ」

あたしは、胸の奥から、熱いものが込み上げてくるのを我慢出来なかった。

(バカ…どんだけ、あたしを待たせるのよ…)

「済まなかった」

八雲が短く謝る。

「話は、八岐大蛇を倒した後でだな。いつものように、サポート頼むぜ。どうやら素戔嗚も、神力が見えてないみたいだからな」

(解ってるわよ、バカっ!きちんとあたしの言うとおりに避けてよ!?)

「前にも聞いたことある台詞だな。まかせろって」

あたしは涙を堪え、八岐大蛇の神力を凝視した。

 八雲が、あたしの指示通りに攻撃を避けながら、三本目の首に刺さったままの天羽々斬に走り込む。そして、広場を穴だらけにしながらも、その剣の束を掴んだ。

「ここからが本番だぜ、オレと、比女のコンビネーションにド肝抜くなよ!」

 八雲は剣を三本目の首に刺したまま、力任せに振り下ろして三本目の首を切断する。そして、次の攻撃に備えてバックステップ。あたしが指示するまでもなく、目の前の空間に神力の首が突き刺さる。さらに剣を構え直し、その場で剣を横薙ぎ、二本目の神力の首を切り落とす。

(首、残り五本、神力、残り六本だよ!)

「応さ!」

叫んで次の首を狙う。

 次々と襲いかかってくる神力の首を、横に跳んで、時には剣で防いで、四本目の首元まで入り込む。

(上から来るよ!)

八雲はぎりぎりまで引きつけ、左に飛び退く。神力の首は、自分の本体の首に突き刺さり、そのままぐしゃりと潰した。

「これで四本目、残りもいくぜ!」

飛び退いた八雲は、酒桶の周りを円を描くように回り込む。神力の首は、その後を追うように近づいてきた。

(後ろ、振り返って斬り払って!)

そのまま、右回転に振り向いての横薙ぎ。三本目の神力も、頭と口が両断される。そして返す刀で、五本目の首を切断する。

(順調順調!首残り三本、神力五本!)

「首さえ全部落とせば、神力も消えるんだよな、命が消えるんだから」

走りながら、八雲が言う。

(だと思う。無理に神力の首を相手にしなくても、本体の首を集中的に狙ってもいいかも!)

「だったら、本体だけを狙うか!接近戦(インファイト)に持ち込む!」

叫んで、残りの首元に走り込む。そして、走り込んだ威力に体重を上乗せし、六本目の首に剣を突き立てる。

(でも、気になることが一つあるの!)

「なんだよ?」

首から剣を引き抜きつつ、八雲の目が次の首を睨み付けた。

(命が消えて、神力も消えるなら、なんで神力の首と、本体の首の数が合わないんだろ。首を切った段階で、神力の首も消えて良さそうなものだけど…あ、左から横薙ぎ!)

左から薙いできた首を、八雲が大きく飛んでかわす。

「身体のどこかに、核のようなものがあるのかもな!」

そして、八雲の視線が尻尾に移る。

「…そうか!」

八雲が何かを悟ったのか、声を上げた。

(なにがそうなのよ、一人で納得しないでよ!えっと、バックステップ!)

その声の通りに、後ろに飛び退く。

「素戔嗚の神話では、最後に尻尾を切り落としたとき、そこに眠っていた一振りの剣を見つけるんだ。それこそが、日本三種の神器のうちの1つ、草那芸之大刀(クサナギノタチ)!」

(それは、いくらあたしでも聞いたことあるわよ。ってことは、その剣の神力が、八岐大蛇の神力の源だってこと!?)

そのとき、八雲が神力の首の攻撃を、まるで見えているかのように回避した。

(あれ、あたし今、指示ださなかったよね!?)

「ん、そうだったか?とにかく、その可能性があるってことだ。尻尾狙うぞ!」

(了解!あ、来るよ、右から!)

再び大きく右に跳び、地面に転がりながら首からの攻撃を回避すると、八雲は尻尾に向かって走り出した。神力の首が、その気配を察知したのだろうか。残り全ての首が、一気に擡げられた。そして、急降下して尻尾に走り寄る八雲に向かう。

(来た、上から!五本全部!飛ぶか、走り抜けて!)

 八雲が、走るスピードを上げる。走り去るその場所に、連続で首が突き刺ささった。地響きが起きて、八雲はその振動のために足を滑らせる。

「…んのやろぉぉ!」

滑った逆の足で、地面を強引に蹴り抜いた。そして、体勢が悪いままに尻尾へと突っ込んでゆく。天羽々斬が、尻尾に突き刺さった。八雲はそのまま倒れたが、ブリッジのように足を踏ん張り、上半身の起きあがる反動を利用して剣を上へと、斬り上げた。

 八岐大蛇の尻尾の奥で、パキンという乾いた音がするのをあたしは聞いた。切り口から見えていたのは、緑色に鈍く光った、おそらく剣の刃の部分だと思う。

 八雲が構え直した天羽々斬は、剣先から一〇㎝ほどの部分で、折れてしまっていた。

「おおおおおっ!」

そして怒号。八雲は左拳を尻尾の切り口に突っ込む。そして、中にあった剣を、無理矢理に引き抜いた。

「キシャァァァァァっ!」

 八岐大蛇の神力が、悲鳴を上げた。それは断末魔の咆哮。

 その通りに、八岐大蛇の神力は動きを止め、ゆっくりとではあるが霧散してゆく。

 後に残ったのは、八岐大蛇の切り落とされた首と、三本だけ残った本体の首。

(終わった…の?)

 八雲は天羽々斬についた八岐大蛇の血を振って飛ばすと、腰の鞘に収めた。

「ああ、残る三本も切り落としてしまおう。そうすれば、この騒動はこれで(しま)いだ」

八雲は、左手の草那芸之大刀を右手に持ち替えると、次々に残る首を切り落としてゆく。

 すべての首を切り落とし、八雲は改めて、八岐大蛇の身体を力任せに蹴った。動く気配はない。本当に、討伐したのだ。さっき我慢した涙が、再びあたしの目から流れ始めた。

 (よかった…。これで、きっと食べられた姉様たちも浮かばれるわ)

「ああ、そうだな。しかし、オレがこの神話を自ら実体験することになるとはな。面白い人生だぜ」

と、腰に手を当てて笑う。

(お、面白くなんかないわよっ!あたしがどんだけ…ホントにどんだけ心配したと思ってるの?なんか、あたしに対する言葉はないわけ!?)

あたしは流れる涙をぬぐわず、八雲に怒声を浴びせかけた。

「す、済まん…」

(それだけ!?)

「い、いや、それだけって言われてもなぁ」

八雲が申し訳なさそうに、頭を掻く。

 そして、外が静かになったからなのか、家々から、村の人々が顔を覗かせ始めた。村長である、あたしの父上と母上も同様だった。

 村の人々は八岐大蛇の死体を確認すると、歓声を上げ、それは見る人全てに伝播し、やがて大きな歓声と、拍手の嵐になった。中には、泣きながら素戔嗚様を称える声を上げる者もいた。

「素戔嗚様ぁぁ!」

父上と母上が、歓声を上げながら走ってきた。

 八雲はそれに右手を挙げて応えると……そのまま、その場に崩れ落ちた。

(八雲!?)

あたしは声を上げて問うが、その声を最後に、目の前が暗転してゆくのを確認した。

調子こいて書いてたら、予想文字数を大幅に超えてしまいました。戦闘話は書いてて楽しいですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ