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第四幕 倒れし閻魔と蜘蛛の糸

 風画は今日の撮影に行くべきか行くべきではないかについて思案していた。

「どうしようか……」

 帰りのHRが終わり、廊下の窓から空を眺める。

 そのおり、風画の背後から風画の名を呼ぶ声が聞こえた。

「ふ〜うがクン。なにしてんの?」

 声の主は美奈だった。

「美奈か……。いやね、今日映画行くか行かないか考えてた」

 風画がそうこぼすと、聞き覚えのある、深く渋い声が響いた。

「お前らしくないな。いつもだったら、真っ先に行くと思うが」

 声の主の槍牙は、缶コーヒーを啜りながら言った。

「槍牙……。そうだな、行こう」

 風画は重い腰を上げたかのように撮影現場へと向かう。美奈と槍牙もそこへと向かった。


「ちわ〜す」

 風画の声に元気はなかったが、あながち、かなり弱っていると言うこともなかった。

 乱雑に置かれた撮影機材や衣装や道具などはほとんど昨日のままで、時間が止まったようだった。

「来たか」

 教室の前面中央にある監督椅子に直哉が座っていた。

 直哉は三人が来たことを確認すると、いそいそと撮影準備を始めた。

「昨日の続きからだ。早く準備しろ」

 三人は黙って従った。


 撮影が始まった。今回は風画がメインのシーンらしい。

 風画は物憂げな視線で感慨深げに言う。

「まさか、ここまで来るとは……」

 唇を噛みしめただ一点を凝視する。

「もう……、あの頃には……、戻れない……」

 風画が涙を流す。

 自在に涙を流すという芸当は、かなり訓練しないと出来るものではないが、今の風画の鼻の中にはタマネギが詰められているのだ。

 泣く風画の背後から、美奈が近付く。

「やっぱり、ここにいたんだ……」

 美奈は更に風画に近付く。

「み……、美奈……」

 風画は振り返り大粒の涙を流す。タマネギが相当効いているようだ。

 風画は俯いて涙を流す。

 そのおり、直哉の声が響く。

「カット、カット、カットォ! ダメだよ、こんなんじゃあ! やる気は有るのかよ!」

 直哉が二人の間に割ってはいる。

「ふざけるなよ! そんな演技が通用すると思ってんのかよ! この大根役者!」

 絞った様な声で、二人を怒鳴り散らす。

「この演技下手! もっと真面目にやれ! 遊びじゃないんだぞ!」

 直哉は二人を交互にメガホンで叩く。

 そのおり、風画の堪忍袋の緒が切れた。

「だあ〜。さっきから偉そうに!」

 風画は直哉の胸倉を掴み、これでもかと言うほど激しく揺すった。

「こっちは善意で協力してやってんだぞ! わかるか! ボランティアだよ、ボランティア! なのにさっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」

 風画は、統率力がなく自分の要望ばかりを人に突きつけるような態度に憤慨してのだろう。

「おお……、ウプッ……。ぐぬぬ……」 

 直哉の顔はみるみる蒼白し、頭は縦横無尽に揺さぶられる。

「ちょっとやめなって」

 美奈は風画を羽交い締めにして制止しようとするが、風画の体格が良すぎるため思うようにいかない。

「うらあ!」

 風画は直哉を強引に突き放した。

 直哉は五メートルほど突き飛ばされ、床の上に大の字になった。

「立てや! てめえの腐りきった性根を鍛え直してやる!」

「風画クンやめて!」

 美奈は風画に諭すように言い、必死の思いで制止しようとする。

「放せ! コイツには道理ってモンを一から叩きこまにゃ。放せ、美奈!」

 風画は美奈を引き剥がそうとするが、相手が女性なので強引にやることが出来ず、風画は色々と難儀する。

「槍クン! 黙って見てないで助けてよ!」

 美奈の視線の先には槍牙がいた。

 槍牙は渋々立ち上がり、風画の側まで来た。

「風画。もうその辺にしとけ」

 槍牙は風画の肩をポンポンと叩いた。

「うるせえ! あの野郎、もう許さんぞ!」

 気付いている人も多いと思うが、これは第一話の冒頭の部分である。

「何をしとるんだ! ボケ!」

 新しい人物が現れた。

 一七〇センチくらいの身長でやせ形だが、腕には屈強な筋肉がついている。

「大磯先生!」

 男の顔を見るなり、直哉が素っ頓狂な声を上げた。

 大磯と呼ばれたこの男は、この学校の体育教師であり、元プロキックボクサーである。

 学校に『キックボクシング部』の新設を唱え、過激さは生徒の間でも有名だ。

「羽村! 何だこの様は! 『良い作品を作る』とお前が言ったから顧問と資金援助を引き受けたんだぞ! もっとしっかりやれ!」

「はいっ! すいませんしたっ!」

 直哉はいつの間にか立ち上がり、大磯に深々と頭を下げた。

「いいか! 今度の『高校映画祭』で優勝しなかったら、俺は顧問を辞めるからな!」

 大磯はそう言って教室を後にする。

「あっ。先生待って」

 直哉は大磯に縋り付こうとして後を追う。すると、直哉は撮影機材のコードに脚を引っかけ、周りのセットと共にその場に崩れ落ちた。

「羽村!」

 大磯が直哉を救出しようと、崩れた機材の山を掻き分ける。

「羽村! 大丈夫か!」

 救出された直哉はぐったりとしている。

「おい! 救急車だ! 早く!」

 数分後、高校に救急車が到着し、直哉と大磯がそれに乗り込み病院へと向かった。


「全治一ヶ月だそうだ」

 直哉が病院に運ばれた翌日、風画は職員室で大磯の話に耳を傾けた。

「左腕の上腕とあばら骨三本を骨折。左大腿骨にひび。左の膝の靱帯とアキレス腱を断絶。治るまでは立つことすらままならない」

 風画は静かに聴いていた。

「白狼。いきなりで済まないが、羽村の映画作りを引き継いでくれないか?」

「えっ!?」

 いきなりの事に風画は戸惑いを隠せなかった。

「羽村はな、映画を作ることが生き甲斐みたいなヤツなんだ。一生懸命すぎるあまり、つい熱くなってしまう。それは誰にだって言えることだ」

「はあ」

「羽村は俺のクラスの生徒で、俺に顧問になってくれと切り出してきた。俺は快く引き受けられなかったけど、アイツの熱意は本気で、絶対に良い物を作りますって俺と約束した。それで俺は、アイツに色々と手を貸してやったんだ」

 大磯は一息ついてから、更に続けた。

「羽村は映画以外にはほとんど取り柄のない男だったから、俺もついついアイツに協力的になってた。それで本題なんだが、アイツの映画を引き継いで欲しい。映画祭には既に登録してしまったし、俺もアイツも本気だったから中途半端で終わりたくないんだ。俺に出来ることなら何でもやる。だから、頼む」

 いつの間にか、大磯は頭を下げていた。

 ここまでされて断るほど、風画は人の道を外れてはいなかった。

「分かりました。俺にやらせてください」

 風画はそれを引き受けた。


「風画クン。それ、本気?」

 風画は槍牙と美奈を呼び、映画作りを引き継いだ旨を二人に話した。

「ああ、本気だ。二人には悪いと思っているけど、どうか協力して欲しい」

 風画は二人の顔を交互に見詰める。

 最初に口を開けたのは槍牙だった。

「分かった。手伝おう。お前の頼みなら断る理由がない」

 槍牙に続き、美奈が口を開く。

「私もやる。手伝わせて」

 風画は内申戸惑い気味だったが、二人の答えを受けてホッとしたようだった。

「ありがとう」

 風画が微笑みながら言った。

「ところで風画クン。どんな映画を作るの?」

 美奈に言われて我に返る風画。どうやらそこまでは考えていないらしい。

「う〜〜〜〜〜〜ん」

 風画は腕を組み黙考する。

 そのおり、廊下を雑談しながら通る生徒の話し声が聞こえてきた。

「昨日の『少林サッカー』観た?」

 直後、風画はインスピレーションを感じた。

「これだ!」

 風画は黒板にでかでかと文字を書いた。

「俺等の作る映画はこれ」

 風画は自信満々な表情で誇らしげにする。

「どうよ?」

 黒板にはこう書かれていた。『少林バスケ』と。

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