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第三幕 鬼の仕組みし破滅への罠

 撮影が始まったが、風画は協力的になれなかった。その大きな理由の一つが、監督の独裁ぶりである。

「カァットォ! そんな演技じゃダメだ! 撮り直しだ!」

 すぐさまスタッフが俳優に駆け寄り、台詞とト書きの確認をする。

「確認……。完了しました……」

 いつにも増して消え入りそうな声。監督の気に障ろうものなら、例えスタッフと言えどもクビにされかねない。彼もそんな監督に怯え、ビクビクしているのである。

「さっさと撮影しろ! グズめ!」

 至近距離で直哉に怒鳴られ、一瞬たじろぎながらも、必死にキュー出しする。

「はい。テイク14。用意。……」

 カチッ。

 軽快な音の直後にカメラが回る。

「ご主人様の遺産の分配方法をお伝えします」

 執事役の生徒は、綺麗に畳まれた上白紙を丁寧に広げつつ重々しく言った。

「読み上げます」

 他の出演者達は、執事役の生徒をじっと見詰める。撮影現場は水を打ったかのように静まり返った。

「我が遺産は、養子の……」

 執事役が言い切る前に、直哉の怒鳴り声が響いた。

「カァットォ! いい加減にしろ! 貴様なぞもう要らん! さっさと帰れ! この知恵遅れのちんちくりんが!」

 撮影当初からこの調子である。

 散々ダメ出しした挙げ句、『今すぐ帰れ!』の決まり文句。こんな監督では、十人が十人非協力的になるのは必至だろう。現に、もう役者の半数は辞めている。

「ああ、解りましたよ! もう辞めだ! やってらんねえよ!」

 執事役の生徒は激昂し、付け髭と白髪のカツラを取り払って足元に叩きつけた。

「じゃあな! あんたらもさっさと辞めた方が利口だよ!」

 部屋に残る他の役者に八つ当たりをする様な形で捨てぜりふを吐くと、彼は頭から湯気を出しながら部屋を後にする。

「フン! あんな奴がいても、予算と時間の無駄だ! 居なくなって清々したわ!」

 直哉は腕を組んでふんぞり返った。まるで、然るべき仕事を、然るべき対応で迅速に解決して悦に入っているようだった。

 横暴な態度を取る直哉に我慢の限界が来たのか、一人のスタッフが小走りで直哉に近付き喰ってかかる。

「監督。その制作態度を改めて下さい」

 いつもは頼りないスタッフだけに、この行動は一同の目を引いた。

「監督の采配で、まだ二日しか経っていないのに、八人の役者がクビですよ。ただでさえ、頭数の要る映画なのに……」

 普段の数倍勇ましい彼に、風画は心の中で精一杯の拍手を送る。

「もう少し、冷せ……い……に……なってくだ…………」

 彼のなけなしの勇気は、直哉の凄まじいオーラによって粉々に撃ち崩された。

「冷静に、なんだ」

「いや、ですから……」

 いつも通りの消え入りそうな声で返す。いや、今回はそれすらをも上回るような小さな声だった。

「貴様ぁ! オレの映画作りに対する文句か! ああ!」

 直哉はかなりの大声で怒鳴り散らす。

「ちが、違います。ぼくはただ、今の状況を……、き、客観的に……判断した……だけです……」

 直哉の剣幕に押され、今にも泣き出しそうな声で答える。

「黙れ! 大道具の分際で生意気な! 貴様なぞもう要らん! さっさと帰れ!」

 直哉の決まり文句が炸裂した。しかし、彼は踏みとどまる。

「いやです。監督が、制作態度を、改めない、限り、帰りません」

 彼の確固たる決意は、てこでも動きそうになかった。今にも泣き出しそうな表情だったが、目に宿る信念は折れる事無く、直哉に向けられている。

 しかし、直哉はてこではなく、ブルドーザーを持ち出した。

「うるさい! さっさと帰れ!」

 直哉は大容量のペンキ缶を、彼の頭目掛けて放った。

 ペンキ缶は見事に彼の頭にすっぽりとはまり、直後、大量のペンキが滝のように流れ落ちる。

 直後、ペンキ缶の中で反響する、くぐもった叫声。

「うわああああん! こんな映画を作りたくて、ここに来たんじゃなあい!」

 彼は空のペンキ缶を被ったまま走り出した。だが、視界が遮られていたので、彼は壁に激突する。その場で尻餅をつき、立ち上がるとともにペンキ缶の投げ捨てた。

「うわああああん! 監督なんて死んぢゃえええええええ!」

 彼は一瞬のうちに姿を消した。

 放課後ということもあり、校内にいる生徒は少なかったが、運が悪ければ彼は翌日から『ペンキ男』と呼ばれることだろう。

「おい。さっさと撮影を再開しろ!」

 直哉は唖然とするスタッフ達に檄を飛ばす。

「あの、監督。今のでこのシーンに欠かせない役がいなくなっちゃったんですけど……」

 スタッフの一人が、直哉の顔色を伺うように言った。

「ちっ。じゃあ、休憩だ。休憩!」

 直哉はそう言い残すと、そそくさと部屋を後にした。

「ふう。やっと休憩か……」

 風画は重く長いため息をついた。


 風画は昇降口最寄りの自動販売機の前にいた。

「どれにしよかなぁ〜」

 小銭をちゃらちゃらとポケットのなかでいじりながら、自販機のディスプレイに並ぶ見本缶を眺める。

「よし。これ」

 コイン投入口に小銭を入れ、オレンジジュースのボタンを押した。

 直後、取り出し口に一本の缶入り飲料が出てきた。

「あ、なんだこれ!?」

 風画は缶コーヒーを手にしていた。しかも、缶のセンターには『無糖ブラック粗挽き 特攻玉砕風味』とでかでかと表記されている。しかも、『超カフェイン』とまで銘打ってある始末だ。何を基準に『超』を名乗るかは不明だったが、その重厚感は凄まじいものであった。

「ちっ。槍牙じゃあるまいし、こんなん飲めるか」

 風画は憤慨しながらも、力無く立ち尽くす。

 そのおり、風画の背後から足音が聞こえてきた。

「?」

 風画が振り返ると、そこには槍牙が立っていた。風画同様、ポケットの中で小銭をちゃらつかせている所から察するに、彼もジュースであろう。

「槍牙か。ほれ、コーヒー飲むだろ?」

 風画はそう言って、槍牙に先程のコーヒーを投げ渡した。

「おお、すまない」

 槍牙は風画から受け取ったコーヒーを開け、それを飲み始めた。相当な苦みなのはパッケージからして解るが、槍牙は全く気にせずに飲み続ける。

「はああ。大丈夫かな? 映画」

 風画は重いため息を放ち、その場に座り込んだ。

「どうだろうか」

 槍牙は感慨深げに言う。

 そのおり、校舎中に直哉の罵声が響いた。

「貴様なぞもう要らん! さっさと帰れ!」 

 二人は直哉の声に驚き、声のした方を向く。

「行くか?」

「ああ」

 槍牙は空の缶を自販の脇の屑籠目がけて放り、風画と共にその場を去る。


 風画達が部屋に戻ると、直哉とスタッフの一人が至近距離で睨み合っていた。

 風画が戻ったところで、美奈が二人に駆け寄る。

「早く! 二人を止めて!」

 美奈の指さす先で、二人が啀み合っていた。

「わかった。槍牙、行くぞ」

 風画はそう言って、槍牙を従えて二人に詰め寄った。

「貴様ぁ! スタッフの分際で! 殺すぞ?」

「殺せるもんなら殺して見ろよ。てめえみたいな根性無しに殺せるか」

「言ったな? 言ったな? 本気で殺すぞ?」

「ああ、やれよ。できるもんならな」

 事態は一触即発だった。互いに相手を挑発し、今にも殴りかかろうとする。

「おい、二人とも。止めとけって」

 風画が静止するも、二人は止めようとしなかった。

「死ね。死ね。今すぐ死ね。要らない」

「口だけかよ。情けねえな」

「うるせえよ。死ねよ。殺すぞ?」

「来いよ。ビビってんのか? あ?」

 二人の溝が更に深まる。

「なあ、聞こえてんのか? 止めろって、意味無いって」

 風画が必死に諭すも、二人には届いていなかった。

 そのおり、直哉がスタッフの顔面に右ストレートを放った。スタッフの彼は空かさず応戦し、直哉の腹に蹴りを入れる。

「おい。やめろ!」

 風画の静止も虚しく、二人の様子は益々激しくなっていった。

 蹴りが飛び、拳が舞う。だんだんとエスカレートする二人には、風画の言葉が聞こえるはずもない。戦闘が激化するのは、目に見えていた。

「いい加減にしろよ!」

 風画はそう言って、先に手を出した直哉を突き飛ばす。

「喧嘩なんかするな! みんなで協力しろ!」

 風画は大声一括し、その場の空気を一気に引き締めた。

「おい、監督! お前はこの映画の監督だろ? キャプテンだろ? だったら、お前が先に手を出すなよ! しっかりみんなをまとめてやれよ!」

 直哉はふてくされた態度で悪態をつく。

「フン! 出演者の分際で! 揃いも揃って反抗か! 言い度胸だな!」

 直哉はそう言って、風画に食ってかかる。

「なあ。あんたもこいつがうざいだろ? だったら、一緒に殺そうぜ」

 直哉とやりあっていたスタッフが風画の耳元で呟き、風画を仲間にしようと誘う。

「もういい! 貴様も要らん! さっさと帰れ!」

「今だ!殺せ!」

 二人が同時に言うと、風画はまたも声を上げた。

「黙れ! いい加減にしろ!」

 風画は二人を引き離し、互いの顔を交互に見詰めた。

「みんなで協力しないと。バラバラになったら、何も生まれないって。な?」

 諭すように言う風画。

 しかし、風画の思いとは裏腹に、二人の機嫌は直ることなく、更に険悪になった。

「うるさい! うるさい! うるさい! もう誰も要らん! 全員死ね!」

 直哉はそう言って、教室を飛び出した。直哉が教室を去った後も、直哉が壁に当たり散らしながら悪態をついていた。

 直哉が去ると、今度はスタッフが風画の腕から逃れた。

「余計なことすんなよ」

 スタッフはそう言って、教室を後にした。

 風画が唖然としていると、残りのスタッフ達のざわつきが聞こえた。

「風画クン……。どうしよう……」

 美奈が風画のもとに駈け寄り、不安げな表情で言う。

「分からない」

 風画はそう言いながら、首を横に振ることしか出来なかった。

 スタッフ達のざわつきが終わる。すると、スタッフ達は教室を去ろうとした。

「おい。どこ行くんだよ」

 風画がスタッフの一人を捕まえる。すると、スタッフは力無く言った。

「もう、おしまいだよ。みんな、あんたのせいだ」

 風画はそこに立ち尽くし、呆然とすることしか出来なかった。

「風画……、お前のせいではない」

 槍牙が風画に駈け寄り、風画の事を励ますが、風画はしゅんとしてしまっていて元気がない。

 教室に残されたのは、風画と槍牙と美奈と、大量の撮影機器と大道具と小道具。

 教室の中は冷たく重苦しい空気が漂い、それがその空間を支配していた。

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