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第二幕 修羅場へのクランク・イン

「こんにちは。今回の映画撮影で監督・脚本を務めることとなった、映画研究部部長、二年の羽村直哉です」

 風画達が半ば強引に出演者となった翌日。彼らは校舎の最果てにある空き教室で整列させられていた。

 風画達と同じ境遇であろうか、浮かない顔の生徒が風画達の横に並んでいる。出演者一同は二列縦隊で並ばされ、直哉率いるスタッフ等と対面するような形で整列していた。

 一方、彼らと対峙するスタッフと言えば、そろいも揃ってなよなよした感じの連中である。総勢十名ほどの映研部全員は、直哉とさして変わらない体型で、皆色が白く肩幅が狭い。強風でも吹こうものなら、あれよあれよといっている間に吹き飛ばされてしまいそうな面々であった。

「えー、ではまず、今回の撮影に携わるスタッフの紹介です」

 直哉がそう言うと、直哉以外の映研部が一歩前に出た。

「佐藤孝則です。撮影を担当します」

 全くと言っていいほど抑揚の無い口調でそう言った後、部員のささやかな拍手が聞こえた。

「飯岡です。音響をやります」

 またも似たような口調で言った後、先程と同じような拍手が聞こえた。

「山野です。大道具と美術をやります」

「大久保です。小道具担当です」

「笹山です。会計担当です」

 映画製作への旗揚げ式だと言うのに、ほとんど覇気が感じられない。今後の制作状況が危ぶまれる。

 スタッフ紹介が終わり、直哉が出演者挨拶と銘打って出演者の紹介が始まった。

「白狼風画です。映画の撮影とかって初めてなんで、分からないことだらけですけど、よろしくお願いします」

 自己紹介としては平凡な口上だが、覇気が微塵にも感じられない映研部の後では、高名な政治家の演説にすら聞こえた。

「藤樹槍牙と申します。宜しくお願いします」

「河合美奈です。ヨロシク」

 出演者挨拶は滞りなく終わり、最後に直哉が口を開いた。

「えー。以上、スタッフ十名。出演者十五名でこれからやっていきますが。皆さん、最後まで元気に頑張りましょう」

『オー』

 覇気のある返事と、無い返事が半分ずつ。足取りは好調とは言い難かった。

           

 前途多難な船出式が終わると、監督から出演者に台本が手渡された。A4版でかなり分厚い台本の表紙には、『人欲の輪廻』と印刷されており、言いようのない重厚感が滲み出ていた。出演者一同は台本をパラパラとめくり、内容に目を通す。

「ん……?」

台詞と台詞の間にある、人物の動作や音響の指定が事細かに書かれた文――ト書きに目をやった風画は、その内容に目を見開く。


B『Aさん……。私……』

 Bがすすり泣いた直後、Aの秘書がAを蹴飛ばす。

秘書『この、鬼畜野郎!』

 Aは激昂し秘書を拳銃で撃つ。

秘書『ぐはあ……。貴様、何故こんなことを……』

 秘書は吐血。

 Aは秘書を見下し、更に発砲。


 始終こんな感じだ。高校生の作る映画にしては、少々というかかなり重い。

 風画は顔をしかめて、更にページをめくり続ける。


 BはAに駆け寄る。

B『これで、遺産は全て手に入いるのね』

 Aは引きつった笑みを浮かべ、Bに銃口を向ける。

B『何する気』

 Aは躊躇うことなく引き金を引く。

A「これで、遺産は全て俺のものだァー」 

警察「そこまでだ。魔の天才詐欺師め」


 風画は読むのを止めた。重すぎたのである。

「美奈。俺ら本当にこれやるの?」

 美奈は風画の方に向き直って言う。

「やだなあ。これ……」

 気が乗らないのは仕方ない。高校生の映画と言うより、火曜サスペンス劇場である。

「はああ。配役はどうなるのかね? どの役もやりたくないけど」

 重いため息を放った後、風画は室内を見回した。

「あれ。監督は?」

 手近なスタッフを捕まえて尋問するが、スタッフは『知らない』の一点張りだった。

「ったく。監督のクセにどこ行ってんだよ」

 風画が不平を漏らした直後、教室の戸が勢いよく開く。そこから現れたのは、体格こそ同じだったが、明らかにいつもとは違う服装の直哉であった。

「ちゃっちゃと配役決めて、さっさと撮影始めっぞ!」

 直哉は茶色のベレー帽を被り、一昔前のサングラスに黄色のメガホンという出で立ちだった。

 スタッフ以外の誰もが言葉を失う。

 風画はまたもやスタッフを捕まえ、「なんだアレは?」尋問した。

「ああ。いつもこうなるんですよ」

 どうやら、撮影時の恒例行事のようなものらしい。気合の入りようとキャラクターの変わりぶりから見て、彼にとってのユニフォームなのだろう。

「さあ、配役決めだ」

 直哉の一言に促されて、出演者達は黒板の方を向く。

「あん?何をやってんだ君らは?」

 風画はすぐさま答えた。

「配役決めでしょ。だからこうしているだけど」

「何を言ってるんだい?」

「いや。だから、黒板に役を書いて、みんなでこれがいいとか、あれがい……」

 風画が言い切る前に、直哉の大声が響き渡る。風画の耳元にメガホンを近づけ、大声で怒鳴りつける。

「バカ野郎! 小学生じゃないんだ! そんなちまちま決められるか!」

 あまりの大音量といきなりの出来事にひるみ、風画はその場にしゃがみ込む。

「配役は監督である俺が全て決める!」

 直後、出演者からの大ブーイング。

「黙れ! 貴様らは初心者なんだよ! 初心者は初心者らしく、プロの意見に従え! それが嫌なら、今すぐ出てけ!」

 十数名の役者の猛抗議を意にも介さず突っぱねると、直哉は一人ひとりを指差す。

 激昂する直哉を見て、スタッフの一人がうなだれた。

「始まっちゃったよぉー。監督の『ワンマン映画』が……」

 スタッフがうなだれる中、出演者の一人が口を開いた。

「ちっ。調子にのりやがって」

 不平を漏らし椅子を蹴ると、直哉を力一杯睨んで部屋から去る。

「フン! 俺のやり方が気に食わなかったら、さっさと辞めればいい! 他に辞めたいヤツは、さっさと辞めちまえ!」

 直哉がそう言うと、最初の者に倣うかのように新たに2人の出演者が退室した。

「さあ! 配役決めだ! あんたは勘当息子役ね!」

 直哉はそう言って、風画の肩に手を置く。彼の言葉には強烈な意思が籠もっており、条件を飲まなければ人質を撃つ、という様な凶悪犯の様だった。

「どうした! ボケッとするな! これだから初心者は! 第一幕一景、『豊橋十一郎大往生』のシーンからだ! 大道具、早くしろ!」

 前途多難とは、正にこのことである。

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