第十幕 現世への帰還
長いので、急遽二部構成にすることにしました。
日曜日の映画館。
風画と槍牙はロビーのソファーでぐったりとしていた。
「あっ! ちょっと二人とも、大丈夫!?」
私服姿で映画館にやって来た美奈は、死にかけの二人に駆け寄った。
「おぉ……、美奈か……。よく来たな……」
消えかけの掠れ声で風画が言った。風画の目は焦点があっておらず、頬は異常なまでの窶れ具合だった。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
美奈の声は上擦っていた。
「ははは。いやー、昨日から不眠不休で編集しててな。ハハハはは羽haHA8」
槍牙が答えた。
「見よ」
槍牙はそう言うと、自販機の脇を指差した。
するとそこには、空き缶入れに入り切らず、溢れ返った空き缶を山が築かれていた。
「何あれ?」
美奈はきょとんとする。
「俺等の……、戦いの……、跡だ……」
空き缶の山をよく見ると、空き缶は全て缶コーヒーの空き缶だった。
「少し飲み過ぎたかな。必要以上にカフェインが効いて、眠いのに寝れない」
そう言う槍牙の見て呉れはかなり酷かった。
いつもなら丁寧に固められ、見事なまでのオールバックであるはずの頭は、乱れに乱れて垂れ下がり、落ち武者のようだった。
二人は右肩だけが異様に下がり、目の下には真っ黒なクマがあった。そのクマの黒さはかなりのもので、野球のデーゲームで目の下にスミを塗っている選手のようだった。
「ああ……、そうだ……。五時から……、俺等の……、映画が……」
風画はそう言ったきり、そのままの姿勢で目を開けたまま動かなくなった。
「風画クン……?」
美奈は風画の肩をさすった。
「此奴、また寝たな。どけ、そんなんじゃ駄目だ」
槍牙はそう言うと、スタンガンを取り出した。
「お目覚め」
槍牙はそう言うと、風画の眉間に当てたスタンガンのスイッチを押した。
「ウギャァァァァァァ!!!!!」
爆発的な大声を出して、風画は覚醒した。
「危ない……。寝てた……」
風画はまたもや固まった。
「放火」
槍牙は熊用の唐辛子スプレーの取り出し、風画の鼻の両方にゼロ距離噴射した。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
本日二回目の覚醒。しかし、風画は目覚めることなく、逆エビ状態で固まったまま痙攣した。
「ハハハ。もう駄目だな。我々の作った映画はすぐに始まるから、楽しんでいくと良い」
槍牙はそう言うと、美奈に軽く手を振った。
「うん…、分かった……。風画クンは大丈夫なの?」
美奈は風画の顔を見た。
風画はリングの死体のような顔のまま固まっていた。
「問題ない」
「そう……、かな?」
美奈は些か不安だったが、とりあえず、ホールへと向かった。
「ぶぁぐがぁ!! 」
ホールに行こうとした瞬間、この世のものとは思えない奇声。
美奈が驚いて振り返ると、槍牙が風画に強烈なキャメルクラッチをかけていた。
美奈がホールに着いたとき、ホールは人でごった返していた。
「あ。河合だ。おーい」
美奈に手を振ってきたのは、バスケ部の二年生で、相手選手に脳天ダンクを放った者だった。
「風画たちどうしてた?」
脳天ダンク男改め進矢が訊いた。
「ロビーで喧嘩してる」
美奈は他人ごとように言った。
「はは。あいつらもよくやるなー」
進矢が呆れたように言うと、ホールにブザーが響いた。
『間もなく、今映画祭最終作品。『少林バスケ』を放映致します』
澄み切った女性の声がホールの中で木霊する。
直後、ホールの照明が落ち、幕が上がる。
「いよいよだね!」
「あ、ああ」
進矢は何故か緊張していた。
(こうしてると、デートしてるみたいだな。ひひひ)
進矢の魂の叫びであった。
スクリーンの中央に『少林バスケ』の文字が浮かぶ。原作顔負けのレタリングが施された文字は、槍牙とバスケ部の一年生総出で作り上げたものだ。
「ほお、なかなか凝ってるなあ」
進矢が感心するもつかの間、客席のあちらこちらからざわめきが聞こえた。
「仕方ないよね、もとからそのつもりだったんだから」
美奈がそう言った直後にタイトルがフェードアウト。
体育館に向かって仁王立ちする男。
風画である。
数名の部下を引き連れた風画は、右の拳を左手で包み一礼して一括。
「押忍!」
風画の直後、風画の部下達も同じようにする。
『押忍!』
風画達は勇み足で館内へと入っていった。
館内では、対戦チームの選手が思い思いにウォーミングアップをしていた。
これは、いつもの練習風景の映像で、画面の端っこをよく見ると、少〜しだけ風画が映っている。
(あ! 風画クン映っちゃってる……)
美奈は少しだけ落胆するが、それに気付いたのは美奈だけだった。
「おお。槍牙だ」
進矢が小声で言った。
美奈はすかさずスクリーンに目をやる。
「……え……?」
スクリーン中央には、例の曲曲しい軍服を身に纏った槍牙が映っていた。
「微妙に似合うな」
進矢はポツリとこぼした。
「集合」
スクリーンの中の槍牙が、館内に散らばる部員を召集した。
『ハッ!』
部員達は即座に返答し、槍牙の前で整列した。
それにしても、高校生離れした返事である。それもそのはず、返答のときの音声は、軍事映画から引っ張ってきたからである。
「元帥に向かって敬礼!」
チームのキャプテンと思しき部員が一括すると、他の部員達はそれに従った。
「貴様等の様な屑共に相応しい相手を準備してやった」
槍牙は持ち前の重厚感たっぷりの渋い声で言った。
『サー、イエッサー!』
部員達の返答。ちなみに、敬礼したままだ。(音声は転用で、役者は口パクである)
「勝て! 此の一戦で貴様等の強さを轟かせろ!」
『サー、イエッサー!』
「そして! 我等の名を愚民共に知らしめろ!」
『サー、イエッサー!』
「行けーい!!!」
『うおぉぉぉぉ!!』
部員達は目の色を変え、闘志剥き出しで臨戦体制に入る。
「えげつな……。槍クンてあんな人じゃ無かった気がする……」
美奈は深く落胆した。
「でもまあ、はまり役だよなあ」
「はああ」
感心する進矢の隣りで、美奈は深い溜め息をついた。
美奈が落ち込んでいる間にも、スクリーンの中ではストーリーが進んで行き、威圧感あるアップのシーンに差し掛かった。
アップというのは名ばかりで、実際に行われていたのは軍隊格闘(転用)の組み手だった。
「うおー。すげえな」
妙に感心する進矢。
「でもこれ……。バスケの映画だよね?」
美奈は小首を傾げて進矢に訊いた。
「そうだね」
進矢はボップコーンを食べながら、素っ気なく答えた。
なんやかんやあって、やっと試合が始まった。
脚立を用いたジャンプボールのシーン。ここは風画の思惑通り、なかなかのものだった。
スクリーンの中の試合は順調に進む。他校との試合テープを編集したものなので、コートの中の人物がコロコロと変わるという事を除けばだが。
そして、この映画最大の見せ場がやって来た。
最終幕へ続く