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第一幕 奈落でのワンシーン

おもしろくなかったらゴメンね。

眠気覚ましになれれば幸いです。

(´_ゝ`)/

 一人の男が人生の岐路に立たされていた。

 適度に逆立てた髪が、湿った風に弄ばれる。

 かなり大柄な男は、物憂げな瞳をしていた。

「まさか、ここまでくるとは……」

 男は唇を噛み締め、ただ一点を凝視していた。

「……もう、あの頃には……、戻れない……」

 一筋の涙が、男の頬を濡らした。

 悲しみに打ちひしがれる男の背後に、一人の女の影が近寄る。

「やっぱり、ここにいたんだ……」

 端正な顔立ちにモデル並みのボディライン。彼女は紛れもない美人だった。

 女は男に近寄る。

「み、美奈……?」

 男は振り返り、女の顔を見た。懐かしい顔を見た男の目から、大粒の涙が溢れ出る。

「美奈ッ。俺は……、俺はッ……」

 うつむいて涙を流す。

 そのおり、シリアスな情景に相応しくない声が響く。

「カット、カット、カットォ! ダメだよ、こんなんじゃぁ! やる気は有るのかよ!」

 黄色いメガホンを手にした男が、二人の間に割って入る。

 一六〇センチ程の痩せ型、異様なまでにやつれた頬と不健康極まりない色白な顔。肩幅が狭く、インドアを絵に描いた様な容貌の男は、眉間に皺と血管を浮かべて二人のもとへ歩み寄った。

「ふざけるなよ! そんな演技が通用すると思ってんのかよ! この大根役者! 」

 絞った様な声で、二人を怒鳴り散らす。

「この演技下手! もっと、まじめにやれ! 遊びじゃないんだぞ! 」

 痩せ男は二人を交互にメガホンで叩く。

「だあ〜。さっきから偉そうに! 」

 大柄な男は、痩せ男の胸倉を掴んで激しく揺すった。

「こっちは善意で協力してやってんだぞ! わかるか! ボランティアだよ、ボランティア! なのにさっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって! 」

「お、ウプッ。ぐぬぬ……」

 痩せ男の顔はみるみるうちに蒼白し、頭はぐわんぐわんと縦横無尽に揺さぶられた。

「ちょっとやめなって」

 モデル体型の女が割って入り、大柄な男を羽交い締めにして制止しようとする。しかし、男の体格がかなり良いため、思う様にいかない。

「うらぁ!」

 大柄な男は、痩せ男を強引に突き放す。痩せ男は五メートル程突き飛ばされ、床に大の字になった。

「立てや! てめえの腐りきった性根を鍛え直してやる!」

「風画クン止めて!」

 モデル体型の女は、大柄な男を諭すように言い、必死の思いで制止しようとする。

「離せ! コイツには、道理ってモンを一から叩き込まにゃきゃ……! 離せ、美奈! 」

 モデル体型の女を引き剥がそうとするが、相手が女性なので強引にやることが出来ず、男は色々と難儀した。

「槍クン! 黙って見てないで助けてよ!」

 モデル女が視線を逸らすと、その先には眼鏡を掛けたオールバックを男がいた。

 オールバック男は渋々立ち上がり、尚も暴れ続ける男のそばまで来る。

「風画。もうその辺にしておけ」

 オールバック男は、大柄男の肩をポンポンと叩いた。

「うるせぇ! あの野郎、もう許さんぞ! 」

 事の発端は、数日前まで遡る。

                  

「映画の撮影?」

 帰宅ムード満点の教室で、疑問を露わにした男が声を挙げた。

 かなりの長身に筋骨隆々な体つき。適度に痩せた頬に少々黒めな肌。一際ワイルドなこの男は、名を白狼風画といい、公立高校の二年生である。

「そうなんですよぉ〜。ですからね、是非、我々の作る映画に出演いただければと思いましてね。どうでしょう。引き受けてくれませんかね?」

 やたら腰が低い割に、随分と馴れ馴れしい口調の男。彼は名を羽村直哉という。

「いきなりのことで申し訳ないんですが、若干の人数不足でして……。協力して頂けると嬉しいんですがねぇ〜……」

 巧妙に語尾を濁し、同情を誘い協力させようとする。お世辞にも誠意があるとは言えない勧誘法だった。

「うーん。どうしようかなあ……」

風画は腕を組み考え込む。

「無理にとは言いません。出来ればでいいんです、出来ればで……」

 俯き加減になり上目遣いで風画を凝視する。その視線からは『やってくれるよねえ〜』という、見えない脅迫が注がれていた。

「わかりました。そちらにも事情というものが有りますね。今回は、どうもすいませんでした」

 直哉はくるりと振り返り、教室を後にした。

「何か、悪いことしちゃったかなあ……」

 風画は言い知れぬ後味の悪さを感じていた。

「ま、いいか。さあて、部活だ部活!」

 風画は肩をぐるぐる回しながら、教室を後にする。

「……!」

 教室から出た途端、彼は背後から強烈な視線を感じた。

(まさか……)

 風画が振り返ると、そこには、眼鏡を掛けたオールバックの男がたたずんでいた。オールバックの男は、名を藤樹槍牙という。ちなみに、風画と槍牙はバスケットボール部で幼稚園からの幼なじみだ。

 風画を口から、安堵の息が漏れる。

「なんだ槍牙か。驚かすなよ」

 風画は破顔一笑した。

「俺は何もしていない。それよりどうした? 借金取りから逃げ切ったような顔をして」

 槍牙がそう言うと、風画は何事もなかったかのように答えた。

「いやね、悪質なキャッチセールスに捕まったような、そうじゃないような」

 いつもと何ら変わりの無い、明るい口調はきはきと答える。

「そうか。一つ言わせて貰うが、悪質じゃないキャッチセールスなぞこの世に存在しないぞ」

 槍牙はそう言うと、風画を追い越した。

「先に行っている」

「ああ……。いっ!」

 風画の視線の先。先ほどまで槍牙が遮っていた視界の中に、謎の視線の正体があった。教室のドアから顔を半分だけ出し、脅迫めいた視線で風画を見る。

「あ……。ああ……」

 気付いたときには、書類に判が押されていた。

「別に、無理にとは言っていないのに。まあ、でも、ありがとうございます」

 風画はまんまと、直哉の術中にはまってしまった。

 余談ではあるが、風画と同じ方法で、槍牙とモデル女(河合美奈)も出演者として登録されてしまったのである。

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