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清少納言の恋

作者: WAIai
掲載日:2026/10/10

「ー清少納言」

「はい、隆家様」

清少納言は照れたように答えると、隆家がいきなり抱きしめてくる。

清少納言は緊張しながら困っていると、隆家は耳ざわりの良い声で、囁いてくる。

「私の可愛い人。口づけしてもいいかな?」

「え…!! そ、それは、その…」

「もう遅い」

隆家が顎に触れてきたので、清少納言はぎゅっと目を瞑る。

ー私は…。私は…!!

「駄目…!!」

がばりと清少納言は起きると、布団を掴む。

最初、どこにいるのか分からなかった。

ー落ち着け、落ち着くのよ、私。

胸はうるさいほど、どきどきしていて、胸の前で手を合わせる。

「清少納言様…? どうかなさいまして?」

「な、何でもないわ。大丈夫」

女房を下がらせると、ようやく清少納言の頭が動き始める。

「…ゆ、夢…?」

夏でもないのに、額に汗をかいている。

それほど、あってはならない状況だった。

ー私、隆家様のこと…。

口づけられそうになった場面を思い出し、一人で悶える。

忘れなさいと自分に言い聞かせ、ようやく自分の部屋にいるのだと気づく。

ーそれにしても、あまりにも現実的な夢だった…。

額の汗を拭うと、布団から出、頭を冷やそうと回廊に出る。

手すりに両手を置くと、月を見る。

静かな空は清少納言の心を癒してくれるので、ほうと息を吐く。

雪の積もった庭は暗闇に飲まれ、大人しくしているが、冷たい感触だけは伝わってくる。

清少納言の火照った身体には、ちょうど良かった。

「…ふう。私の気持ちを代弁してくれているみたいだわ」

月を隆家の分身とすると、雪は清少納言であり、隠れよう、隠そうとしている心を表しているようだった。

見てはいけない、見られてはいけない、そんな心境に、清少納言は泣きたくなってくる。

ーいいえ!! 私は強い女でなければ。定子様に嫌われてしまいますわ。

定子は今頃、一条天皇がやって来ているだろうかと、推測する。

愛されているらしく、清少納言の誇りでもあった。

「あー!! ふう…」

意味不明の声を発すると、両手で顔を覆ったり、飛び跳ねてみたりする。

誰にも言えないし、言うこともなかった。

ーでも、本当は…。

唇に手を持っていくと、清少納言は動きをぴたりと止める。

庭へ下りていくと、雪の柔らかな感触がありがたかった。

手に取り、丸めてみると、そっと雪の上へ置く。

子どもみたいな行為だが、今は何も考えたくないので、ちょうど良かった。

ーあ…。段々と落ち着いてきた。

ようやくほっとしたのだが、月はやはり隆家の分身のようで、清少納言を許してくれない。

「ー清少納言、何をしているんだ?」

「はい? …こ、これは隆家様!!」

とてもびっくりして、声が裏返らなかったか、心配してしまう。

まさか今まであなたのことを考えていましたとも言えなかった。

その場に膝をつこうとすると、隆家が「よい」と言葉を発する。

「ありがとうございます、隆家様」

隆家の視線を感じ、清少納言は月が作ってくれた陰に感謝する。

おそらく赤くなっていく肌を、見られることはないだろうと、恐る恐る彼に近づいていく。

回廊に上がると、距離を取りながら、質問する。

「あの、隆家様。今、何しに…?」

「いや、定子の部屋に行こうとしたんだけれど、一条天皇様がおいでだったのでな。すぐに下がってきた」

「まあ!! それは素晴らしい」

清少納言は自分のことのように喜ぶと、隆家はははっと笑う。

「そのうち可愛い御子が生まれるかもしれない」

「楽しみですわ」

ほほと清少納言も笑うと、少し落ち着いてきた。

ー私の心はばれてはいけないもの。隠さなくては。

胸を撫でると、清少納言は迷った末に言う。

「私の部屋で良ければ、中にお入りになりますか?」

「おや。それは求愛かな? あはは」

「え、あ、あの…」

清少納言は失言だったかと、後悔する。

男性を招くといったら、隆家はそういう考えなのかと思い知る。

どうしようかと頭に手を当てると、隆家がその場に座り込む。

「あの、隆家様…?」

「ここでよい。清少納言も一緒に酒を飲め」

隆家は酒を持ってきたようで、一人で注ぐと、美味そうに飲む。

どうやら少し酔っているようだった。

「あの!! お酌なら、私が…」

手を伸ばすと、隠され、逆にお猪口を手渡される。

「ほら、清少納言も飲め。今宵は良い日だ」

「え。私もお酒を…?」

「嫌か?」

「いいえ!! いただきますわ!!」

勝ち気な性格を思い出し、強く言うと、隆家がふふと笑ってくる。

お猪口に酒を注がれ、清少納言はぐいっと飲み干す。

「…ふう。いかがでしょうか、隆家様?」

「気持ちの良い飲みっぷりだ!! あはは。これは、これは、おみそれした」

「そんなことはありませんわ。隆家様こそ、気持ちの良い飲みっぷりですもの」

酒を飲んだことで、身体が更に熱くなり、清少納言はこっそりと息を吐く。

お猪口を隆家に渡すと、清少納言は「あ」と口にする。

「何だ、清少納言? どうした?」

「その…失礼かもしれませんが」

前置きすると、清少納言は酒を注ぎながら言う。

「酒に映った月は美しく、儚い光を放っていますわ。まるで隆家の力を欲しているような…。それを口にするということは、隆家様が月を飲み込むほど度量のある御方ということで、立派と喜ばれることでしょう」

「…なるほど。月を飲む男か。あはは」

隆家は上機嫌に笑うと、酒をあおる。

清少納言は側に控えると、隆家を凝視する。

彼は豪快に酒を飲み、月に向かってお猪口を差し出す。

「月を飲んでやったぞ!! 天に見られても罰を与えないということは、我が家の安泰を意味すること。これは、これは、心地の良いことだ」

「そうですわ。隆家様は月にお勝ちになりましたの。そのうち眩い出来事が起こることでしょう」

「そうか。それほ上々。お前も飲め」

「では私も一口。失礼いたします」

お猪口を手にすると、隆家のほうを向く。

「どうした? 何か意味があるのか?」

「我が国の行く末を左右させる御方と確定しまして、祝いに一口、いただきますわ」

「おう。飲め」

「…ぷはあ」

清少納言は酒を飲み干すと、隆家にお猪口を渡す。

「私も微力ながら、お手伝いいたします」

「それは心強い。もっと飲め、もっと飲め」

「いいえ。もう十分ですわ」

清少納言はそう言うと、唇に触れる。

お猪口を介して、隆家と口づけていると、今になって気づいたのだった。

ー私ったら、もう鈍いんだから。

酒が回ってきて、心地良い気分となってくる。

隆家も気持ち良さそうに庭を見ながら、酒をあおる。

「うん、美味い!! 清少納言のお陰だ」

「まあ。それは嬉しい御言葉ですわ」

ほほと笑い、袖で顔を隠すと、隆家に聞く。

「おつまみは庭の雪見でよろしいでしょか? 静かに、隆家様を立派な御方だと見ていらっしゃいますのよ?」

「そうか。それはいい気分だ。お前らも飲め」

隆家が雪に向かって酒を振る舞う。

もったいないとは思わず、清少納言は付け加える。

「ああ、雪が喜んでいますわ。月よりも眩く、力強い御方だと認めているようでございます」

「褒め上手だな、清少納言は」

「そうでしょうか。事実を伝えているだけですわ。ほほ」

清少納言は溶けた雪を見、心がいっぱいとなる。

ー隆家様はもっと偉くなる御方。私のことで、足を引っ張るわけにはいきませんわ。

自分を戒めると、心が痛んだが、叶わない恋につられるよりも、今、二人きりの状況を楽しみたかった。

「清少納言」

「はい、隆家様。何でしょうか?」

「お前がいてくれて良かった。定子がどうりで聡明になっていくはずだ。感謝する」

「そ、そんな…!! 頭をお上げになってくださいませ!!」

清少納言は慌てて、隆家の肩に触れると、ふわりと夜の艶めいた香りがする。

どきりとしたが、心を隠し、清少納言は立ち上がる。

「お酒を持ってきますわ。ゆっくりと景色を愛でてくださいませ」

「おう。ありがとうな」

「はい。失礼いたします」

清少納言は失礼のない程度に下がると、回廊を踏みしめていく。

それはまるで、自分の心を強固に隠していくような、足取りだった。

ーいつもの私に戻りましょう。

そう決めると、顔を引き締めたのだった。

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