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第3話

5月。


明日からゴールデンウィークで大学は休みになる。

 

……とはいえ。


「まあ、バイトはあるんだけどな……」

 

思わずため息が漏れた。

 

俺は今、塾講師のアルバイトをしている。

正直大変だが、教えた生徒が理解してくれた時の達成感は嫌いじゃない。

 

それでも、だ。


「休みくらい、何も考えずに寝ていたいよなぁ……」

 

空を見上げながらぼやく。

 

――ふと、頭に浮かんだのは優奈のことだった。

 

高校一年の頃から飲食店でバイトをして、部活もやって、勉強もしていた。

 

今考えると、とんでもない生活だ。


「……すごいよな、あいつ」

 

自然と苦笑がこぼれる。

 

けれど、その笑いはすぐに消えた。

 

数ヶ月前の出来事が、頭をよぎる。

 

――あの時。

 

化け物と、目が合った瞬間。

 

身体が、動かなかった。


「……俺のせいで」

 

喉が詰まる。


「優奈は、死んだんだよな……」

 

優奈は「気にしなくていい」と言っていた。

 

けれど、そんな言葉で割り切れるはずがない。

 

あれは、一生背負う罪だ。

 

今の優奈は――

 

ユナリア・セレリーナという別の存在として生きている。

 

詳しいことは教えてもらえなかった。

 

ただ、『ちょいと人間界ではない世界やらなんやらを平和にするためのお仕事をしているんですよ〜』と笑って、説明していた。


 ……だから。


「バイトとか、勉強とか……」


 そんなもの。


「優奈に比べたら、どうってことないか……」


 気持ちを振り払うようにスマホを取り出す。


 カレンダーアプリを開くと、特に予定はない。


「明日バイトか……帰って準備しないとな」


 イヤホンを耳に差し込む。


 これは親からの進学祝いだ。結構いいやつらしい。


 音楽が流れ始める。


 その時だった。


 ――背後に、何かが“いた”。


 だが、俺は気づかない。


 次の瞬間。


「っ……!?」


 胸に激痛が走った。


 呼吸ができない。


 関節が軋む。


 体の内側から何かが暴れているような感覚。


「な……んだ、これ……っ」


 足に力が入らない。


 そのまま地面に倒れ込んだ。


 最悪なことに、ここは人通りの少ない裏道だ。


 助けを呼ぼうにも、声にならない。


 視界がぼやけていく。


 ――俺、死ぬのか?


 そう思った瞬間。


 地面が、光った。


 ──違う。


 そこに現れたのは――魔法陣のような模様だった。


 現実とは思えない光景。


 そして。


 ――優奈。


 脳裏に、彼女の顔が浮かぶ。


 『先輩。まだ、死なないでください』


 そんな声が聞こえた気がした。


 そのまま。


 俺の意識は、闇に沈んだ。




____________________


 ……仕事、行きたくない。


 心の中で全力で叫んでいた。


(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛仕事行きたくないよぉ……)


 現在、うちは――いや、“ユナ”は。


 人間界の監視、つまり“パトロール”という名目で、普通に部活に顔を出していた。


 ちなみにサボりではないよ。たぶん。


「うぉー仕事行きたくないよぉ」

「大丈夫か?それで」


 肥后くんが呆れたように言う。


「だってぇ。大変なんだよ、本当に」

「まあまあ、ユナさんとしての仕事も立派ですよ」


 優太くんがフォローしてくれる。優しい。


「でも仮入部始まったらこんなことできませんよ?」

「それはそうなんだよなぁ……」


 めんどくさい現実を突きつけられた。


「認識阻害で誤魔化すか……?」

「認識阻害って何?」


 肥后くんが首を傾げる。


「簡単に言うと、“そこにいるのに気づかれない”ようにする魔術。精神にちょっとだけ干渉するの」


 人間界ではない世界では、魔術は“魔力”を使って発動する技術だ。


 そして精神干渉系は、その中でも特に繊細で複雑でとても難しい。


「今つけてるこれもその一種だよ」


 軽く自分のブレスレットを指差す。


この魔術具は魔力を込めると普通の一般人レベルで認識してくれる。さらに魔力を込めると透明人間レベルになる。とても、優れた魔術具だ。


「それ、普通にあるものなのか?」

「うーんとね昔はなかったんだよね〜。ユナが作った」

「え?」

「今は割と普及してるけどね」


 ちょっとした自慢だったりする。


「……すごい人なんですね」

「でも中身は残念なチビ――」

「チビって言うな」


 そんなくだらないやり取りをしていた、その時。


 ――違和感。


「……あれ?」


 頭の奥に、引っかかる何か。


 魔力を扱う者にはわかる、“異質な気配”。


(……これ、なに?)


 考える。


 感じる。


 そして、気づく。


(神書界の聖堂……誰か侵入してる?)


 神書界――それは魔導書や重要な魔術資料等が保管されている領域。


 この中心にある聖堂は、強固な結界で守られている。


 普通の存在が入れる場所じゃない。


 なのに。


(この魔力……強すぎる)


 天界でも魔界でもない。


 もっと異質で、歪な何か。


 嫌な予感しかしない。


「ごめん、ちょっと用事思い出した」

「え?あ、はい」

「またね〜」


 魔導書を召喚し、開く。


 ページに描かれた魔術陣に魔力を流し込む。


 ――空間転移。


 視界が歪み、次の瞬間。


 私は、聖堂の前に立っていた。


────────────────────

 

扉を開ける。


 そして、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。


「……え?」


 そこにいたのは。


「熊川……先輩?」


 苦しみもがく、彼の姿だった。


 すぐに駆け寄る。


 体温が異常に高い。


 呼吸も荒い。


 全身が震えている。


(この症状……)


 直感で理解する。


(魔力の過剰注入……!?)


 人間は、本来大量の魔力を持たない。


 無理やり流し込まれれば、体が耐えられず壊れる。


 でも――


(量がおかしい……!)


 これは異常どころじゃない。


 すぐに立ち上がり、工房へと走る。


────────────────────


 準備したものは、空の魔石、魔力測定器、回復薬、同調薬(魔力を馴染ませる薬)である。


 すぐに戻る。


 測定器をかざす。


 そして、固まった。


「……なにこれ」


 数値が振り切れそうなほど高い。


 それだけじゃない。


「属性が……ない?」


 魔力には通常、天・魔・神といった属性が存在する。


 だが、どのランプも点灯しない。


(ありえない……)


 思考を止める。


 今は治療が先だ。


「……まずは抜かないと」


 魔石を当てる。


 吸収が始まる。


 次々と満たされていく魔石。


 その色は――


「灰色……?」


 見たことのない色だった。


 それでも続ける。


 限界まで吸い取る。


 次に、同調薬。


「……私の魔力で、上書きする」


 手を取り、握りしめる。


 魔力を流し込む。


 拒絶するように暴れていた力が、少しずつ落ち着いていく。


「大丈夫……大丈夫……」


 呼吸が整っていく。


 そして。


 属性ランプが、反応した。


「……よし」


 すぐに回復薬を飲ませる。


 魔力が戻っていくのを確認する。


「……助かった」


 その場に倒れ込んだ。


「疲れた……」


 視線を少し変えた先には


 灰色に染まった魔石の山。


「……なんだ、この魔力」


 知らない。


 こんなもの、ユナの膨大な知識にも載っていない。


 でも、直感だけは告げている。


 ――これは、危険だ。


 熊川先輩を長椅子に寝かせる。


 ローブをかけてやる。


 そして、立ち上がる。


「……報告しないと」


 これは、一人で抱えていい問題じゃない。


 界と界を繋ぐ扉を開く。


 向かう先は――神々の領域。


 神界。


 優奈は、一歩を踏み出した。

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