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追放された無能農家、魔物と“理の農業”を始めたら世界の流通を支配してしまった件  作者: 慈架太子


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8話 初商売、価格が壊れる

8話:値段、壊れる


 ――売る。


 それが決まった瞬間。


「問題は、いくらにするかだ」


 グレインが、真顔で言った。


 牧場の中央。

 テーブル代わりの木箱の上に、ミルクの入った器が置かれている。


 白く、濃く、静かに輝いている。


「……いくらが妥当なんすか?」


 俺は素直に聞いた。


 正直、相場なんて知らない。


 普通のミルクがいくらかすら曖昧だ。


「普通のミルクなら、銅貨数枚だ」


「安っ」


「だが、これは違う」


 即答だった。


 グレインは指で机を叩く。


「まず効果。疲労回復、魔力回復、体調改善」


「はい」


「次に即効性。飲んだ瞬間に効く」


「はい」


「最後に供給量。現状、ここにしかない」


「……はい」


 嫌な予感がしてきた。


 グレインは、ゆっくりと指を立てる。


「金貨一枚」


「は?」


 思わず声が出た。


「いやいやいやいや」


 手を振る。


「高すぎっすよ!」


「安い」


「え?」


「むしろ安い」


 真顔だった。


「本来なら、貴族にしか出回らないレベルだ」


「そんなバカな」


「バカじゃない」


 断言する。


「これは“ポーション”の上位互換だ」


 ポーション。


 回復薬。


 冒険者が使う、あれだ。


「それって……高いんすか?」


「高い」


 即答。


「銀貨数十枚から、上は金貨単位だ」


「……」


 ちょっと待って。


「じゃあこれ」


 ミルクを指す。


「それより上?」


「上だ」


 迷いがない。


 頭が追いつかない。


「……どうするっすか?」


 マルタに振る。


 マルタは、腕を組んで笑った。


「いいじゃねぇか」


「いいんすか?」


「高く売れるもんは高く売る」


 シンプルすぎる。


「ハナはどう思う?」


「いいと思うよ」


 あっさりだった。


「価値があるなら、その値段でいい」


 ……決まった。


「……じゃあ」


 俺は、ミルクを見る。


「金貨一枚で」


 そう言った瞬間。


 グレインが、にやりと笑った。


「いいだろう」


 ◇


 ――数時間後。


 牧場の前。


「本当に来た……」


 思わず呟く。


 人が、来ていた。


 数人。


 いや、十人以上。


 商人。

 冒険者。

 明らかに、普通じゃない連中。


「匂いで来たな」


 グレインが言う。


「もう広がっている」


 早すぎる。


「どうする?」


 マルタが聞く。


「売るっす」


 即答した。


「ただし、一人一杯まで」


「いいねぇ」


 マルタが笑う。


「混乱しなくて済む」


 俺は前に出る。


「順番にどうぞ!」


 声を張る。


 全員の視線が、俺に集まる。


「ミルク、一杯――金貨一枚っす!」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「はぁ!?」


「ふざけてんのか!?」


「牛乳だろ!?」


 当然の反応だった。


 うん、俺もそう思う。


 でも――


「効果、試してから言ってください」


 器を掲げる。


「飲めばわかるっす」


 ざわめき。


 視線が交錯する。


 そして、一人。


 前に出た。


「……俺が飲む」


 若い冒険者。


 剣を背負っている。


「金貨一枚だぞ?」


「いい」


 迷いがない。


 袋から金貨を取り出す。


 ――カラン。


 重い音が鳴る。


「……はい」


 俺は、ミルクを差し出す。


 男は、それを受け取り。


 迷わず、飲んだ。


 一口。


 次の瞬間。


「……は?」


 固まる。


 そして――


「なんだこれ!?」


 叫んだ。


 全員が、ざわつく。


「どうした!?」


「毒か!?」


「違う……」


 男が、手を握る。


 開く。


 何度も。


「軽い……」


 信じられない、という顔。


「体が、軽い」


 周囲が静まる。


「さっきまで、疲れてたのに……」


 息を吐く。


「全部、消えてる」


 ざわめきが、変わる。


 疑いから――


 欲望へ。


「もう一杯!」


「俺も!」


「売れ!」


 声が上がる。


 俺は、手を上げる。


「一人一杯までっす!」


「ケチるな!」


「数が限られてるんす」


 きっぱりと言う。


「次もあります」


 嘘じゃない。


 むしろ、どんどん増える。


 その言葉で、少し落ち着く。


「……くそ、じゃあくれ」


「俺も」


 次々と、金貨が置かれる。


 カラン、カラン、と。


 重い音が積み重なる。


「……え」


 思わず呟く。


 ありえない光景だった。


 金貨が。


 こんなに。


 簡単に。


「……やば」


 マルタが笑う。


「金が湧いてるな」


「湧いてるっすね……」


 手が震える。


 でも、止まらない。


 売れる。


 売れる。


 売れる。


 その時だった。


「……面白い」


 低い声がした。


 全員が振り向く。


 そこにいたのは――


 身なりのいい男。


 明らかに、他と違う。


 空気が違う。


「それ、全部買おう」


 静かに言う。


「金貨、十枚出す」


 空気が凍る。


「……断るっす」


 即答だった。


 男の目が、細くなる。


「なぜだ?」


「一人一杯までなんで」


 ルールは守る。


「例外はないっす」


 沈黙。


 そして――


 男は、笑った。


「……いい」


 金貨を一枚、置く。


「なら、一杯でいい」


 受け取る。


 飲む。


 そして――


「……なるほど」


 静かに言った。


 目が、変わる。


「これは、確かに――」


 俺を見る。


「“商品”じゃない」


 ぞくり、とした。


「資源だ」


 グレインと同じことを言う。


 でも――


 重みが違う。


「名前を聞こう」


「ペーターっす」


「そうか」


 頷く。


「覚えておく」


 それだけ言って、去っていく。


 背中が、妙に重い。


「……誰っすか、あれ」


「知らん」


 グレインが首を振る。


「だが――」


 目を細める。


「面倒なやつだ」


 夕日が沈む。


 客が去る。


 そして――


 テーブルの上。


「……これ」


 金貨の山。


 ありえない量。


「……えぐ」


 思わず呟く。


 マルタが笑う。


「稼いだな」


「稼ぎすぎっす」


 ハナが、静かに言う。


「でも――」


 土に触れる。


「始まったね」


「何がっすか?」


「奪い合い」


 その一言で。


 空気が、少しだけ冷えた。


 俺は、金貨を見る。


 そして――


 ミルクを見る。


 確信する。


 これは、もう戻れない。


 ただの農家じゃいられない。


 風が吹く。


 遠くで、また誰かが動く気配がした。

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