7話 ミルクの正体
7話:ミルクの正体
――戦いは、一瞬で終わった。
何も壊さず。
誰も死なず。
それでも、完全に勝った。
「……やっぱり、おかしいよね」
ぽつりと、ハナが言った。
夕暮れの牧場。
魔物たちは、もう普段通りに働いている。
さっきの襲撃なんて、なかったみたいに。
「何がっすか?」
俺は、器に溜まったミルクを見ながら聞く。
「全部だよ」
ハナが隣に来る。
「土も、魔物も、あんたも」
言い切る。
「普通じゃない」
「……まぁ、そうっすね」
否定できない。
でも――
「うまくいってるなら、いいんじゃないっすか?」
「それが問題なんだよ」
即答だった。
「“うますぎる”のは、理由がある」
その言葉に、グレインが頷く。
「同感だ」
腕を組み、ミルクを見る。
「これは偶然じゃない。構造だ」
「構造?」
「ええ」
指で、ミルクをすくう。
「この中に、“積み重ね”がある」
意味がわからない。
でも――
「分解してみるか」
マルタが笑う。
「何がどうなってるか、はっきりさせようじゃねぇか」
◇
俺たちは、牧場の中央に集まった。
ミルク。
草。
土。
全部、並べる。
「まずは土」
ハナがしゃがみ込む。
手を差し込む。
目を閉じる。
「……聞くよ」
静かに言う。
すると――
ざわり、と空気が変わる。
「この土、ただの肥沃じゃない」
「どういうことっすか?」
「循環してる」
目を開ける。
「使った分、返ってくる。しかも増えて」
「……無限ってこと?」
「近いね」
背筋がぞくりとする。
次に。
「草」
ハナが一枚、手に取る。
「これもおかしい」
「草が?」
「栄養が濃すぎる」
指でちぎる。
断面が、みずみずしい。
「普通の草じゃない。これは――」
少し考えて。
「“魔力を含んだ植物”だね」
「魔力……」
グレインが目を細める。
「つまり、これを食べた魔物は?」
「変わる」
即答だった。
「体も、中身も」
その視線が、牛型魔物に向く。
そして――
「最後に、これ」
ミルク。
白く、濃く、香りが強い。
「飲めばわかるけど」
マルタが一口飲む。
「これはただの栄養じゃねぇ」
「……っすね」
俺も頷く。
「体が軽くなる」
「それだけじゃない」
グレインが言う。
「回復している。内側から」
「内側?」
「疲労、魔力、生命力」
指を三本立てる。
「全部が補填されている」
静かに、言い切る。
「これは“完全栄養”に近い」
空気が、止まる。
「……そんなの、ありえないっすよ」
「普通はな」
グレインは、ゆっくりと笑った。
「だが、ここでは起きている」
その時。
ハナが、ぽつりと呟いた。
「……繋がってる」
「え?」
「全部」
土を見る。
草を見る。
魔物を見る。
そして――俺を見る。
「全部が、一つの流れになってる」
ぞくり、とした。
「……どういうことっすか?」
「こういうこと」
ハナが指で地面をなぞる。
「土が、力を持つ」
草を指す。
「草が、それを吸う」
魔物を見る。
「魔物が、それを取り込む」
そして。
ミルクを持ち上げる。
「それが、これになる」
最後に――
俺を見る。
「で、その全部を“繋いでる”のが、あんた」
「……俺?」
「そうだよ」
静かに、でも確信を持って言う。
「あんたがいるから、全部が循環してる」
言葉が出ない。
「魔物と話す力」
グレインが続ける。
「それは単なる会話能力ではない」
目を細める。
「“調整能力”だ」
「調整……」
「魔物の状態を整え、環境と噛み合わせる」
ミルクを指す。
「だから、ここまで完成度が高い」
マルタが笑う。
「つまりあれだろ?」
「何だ」
「ペーターがいるだけで、全部が最適化されるってことだ」
「……雑だけど、正しい」
グレインが頷く。
ハナも、静かに言う。
「“中心”だね」
その一言で――
全部、繋がった。
「……じゃあ、これ」
ミルクを見る。
「俺たち三人で作ってるってことっすか?」
「そう」
ハナが頷く。
「一人じゃ無理」
「でも三人なら?」
「無限に伸びる」
マルタが笑う。
「最高じゃねぇか」
グレインは、深く息を吐いた。
「……確信した」
静かに言う。
「これは、いずれ“奪い合い”になる」
「やっぱりっすか」
「間違いない」
目を細める。
「この構造ごと、欲しがる」
その言葉に、少しだけ沈黙が落ちる。
でも――
「無理っすね」
俺は、即答した。
「無理?」
「はい」
笑う。
「これ、真似できないっす」
「……なぜそう言い切れる?」
「だって」
周りを見る。
マルタ。
ハナ。
魔物たち。
「全部、ここにしかないんで」
その一言で。
全員が、少しだけ笑った。
マルタが肩を叩く。
「いいねぇ」
「事実っす」
ハナも、小さく頷く。
「土も、そう言ってる」
グレインは、しばらく黙って。
そして、笑った。
「……なるほど」
静かに言う。
「だからこそ、価値がある」
風が吹く。
牧場が広がる。
魔物が動く。
土が生きる。
そして――
ミルクが、満ちる。
俺は、それを見つめて。
確信した。
これは、ただの農業じゃない。
これは――
「……仕組みっすね」
ぽつりと呟く。
世界を変える、仕組み。
そして同時に――
壊されたくないものでもある。
遠くで、鳥が鳴く。
その声は、どこか警戒していた。
――見られている。
また。
確実に。




