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追放された無能農家、魔物と“理の農業”を始めたら世界の流通を支配してしまった件  作者: 慈架太子


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3話 土と繋がる少女ハナ

3話:土の声を聞く女


 ――牧場は、形になり始めていた。


「おお……」


 思わず声が漏れる。


 昨日まで、ただの荒れ地だった場所に。


 柵が立ち、魔物たちが行き交い、

 地面は踏み固められ――


 “場所”になっていた。


「いいじゃねぇか」


 隣でマルタが腕を組む。


「一日でここまでできりゃ上出来だ」


「いや、マルタさんのおかげっす」


「姐御って呼びな」


「……姐御」


「よし」


 満足そうに頷く。


 その時だった。


 足元の土が、わずかに震えた。


「……ん?」


 ざわり、と風が吹く。


 どこからともなく――


 草花の香りが流れてきた。


『……来る』


 灰狼が低く唸る。


「魔物か?」


『違う』


 その声には、わずかな敬意が混じっていた。


『“大地の側”のやつだ』


「……大地?」


 意味がわからない。


 けど次の瞬間、それは現れた。


 ゆっくりと。


 まるで風に運ばれるように。


 一人の女が、歩いてくる。


 麻の作業着。

 飾り気のない顔立ち。

 けれど――


 目を引く。


 理屈じゃない。


 ただ、視線が吸い寄せられる。


 生命力。


 それが、溢れていた。


 肌に光る汗さえ、土に還る水のようで。


 歩くたびに、足元の草が揺れる。


 いや――違う。


 揺れているんじゃない。


 “応えている”。


「……あんたら」


 女が口を開く。


 静かで、落ち着いた声。


「ここ、あんたらの土地かい?」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


 けど――


「……そうっす。俺たちの牧場っす」


 胸を張って答える。


 女は、じっと俺を見た。


 その視線は、まるで――


 土に根を張るかどうかを、見定めるようだった。


「ふぅん」


 短く息を吐く。


 そして、足元の土にしゃがみ込んだ。


 手で触れる。


 優しく、撫でるように。


 すると――


 ざわり、と。


 地面が、揺れた。


「なっ……!?」


 思わず声が出る。


 ひび割れていた大地が、ゆっくりと閉じていく。


 乾いていた土が、湿り気を取り戻し。


 硬かった地面が、柔らかくなる。


 まるで――


 “生き返っている”みたいに。


「……いい土だね」


 女が、ぽつりと言った。


「まだ死んじゃいない」


「これ……あんたが?」


 マルタが目を細める。


 女は立ち上がり、軽く土を払った。


「あたしはハナ」


 簡潔な名乗りだった。


「土の声を聞くだけさ」


「……聞くだけで、これかよ」


 マルタが笑う。


「面白いじゃねぇか」


 ハナは、今度は俺を見る。


「……あんた」


「は、はい」


「魔物と話せるんだろ?」


 心臓が跳ねる。


「なんで、それを……」


「さっきから、全部聞こえてるよ」


 さらりと言った。


 ぞくり、とした。


 この人――


 俺と同じ側だ。


「魔物と話すやつと、土と話すあたし」


 ハナが、少しだけ口元を緩める。


「相性、悪くなさそうだね」


 その言葉に――


 直感した。


 これは、必要な人だ。


 絶対に。


「……ここで、一緒にやりませんか」


 気づけば、口にしていた。


「牧場、作ってるんす」


「見りゃわかるよ」


 ハナは周囲を見渡す。


 魔物たち。

 柵。

 まだ未完成の土地。


「でも――」


 足元を軽く踏む。


 どすん、と。


 その瞬間。


 地面が波打った。


「このままじゃ、すぐ限界だね」


 土が痩せてる。

 水が足りない。

 栄養が偏ってる。


 そう言わんばかりの表情だった。


「……直せるんすか?」


「当たり前だろ」


 即答だった。


 そして――


 ハナは、目を閉じた。


 すぅ、と息を吸う。


 その瞬間。


 風が止まる。


 音が消える。


 世界が、静かになる。


 次の瞬間――


 どくん、と。


 大地が、脈打った。


「なっ……!?」


 地面が盛り上がる。


 うねるように、広がる。


 ひび割れが消え、色が変わる。


 茶色だった土が、黒く、深くなる。


 豊かな土。


 “育つ土”。


 それが、瞬く間に広がっていく。


 牧場全体に。


 いや――


 その外まで。


「……すげぇ」


 言葉が出ない。


 魔物たちも、息を呑んでいる。


『……大地が、喜んでる』

『あったけぇ』

『ここ、住みやすい』


 ざわめきが変わる。


 恐れから、安堵へ。


 そして――


 期待へ。


 ハナは、ゆっくりと目を開けた。


「これで、しばらくは持つ」


 軽く言う。


 まるで、大したことじゃないみたいに。


 マルタが、大きく笑った。


「ははっ! いいねぇ!」


 肩を叩く。


「気に入った! あんたもここで働きな!」


 ハナは、少しだけ考えるように空を見て――


 頷いた。


「……いいよ」


 その一言で。


 何かが、完成した。


 俺は、二人を見る。


 マルタ。

 ハナ。


 そして、周囲の魔物たち。


 胸の奥が、熱くなる。


 昨日まで、一人だった。


 何もなかった。


 でも今は――


「……やれるっすね」


 思わず笑う。


「やれるどころじゃねぇよ」


 マルタがニヤリと笑う。


「これはもう、“勝ち”だ」


 ハナも、小さく頷いた。


「土も、そう言ってる」


 風が吹く。


 豊かな土の匂いが広がる。


 魔物たちが、落ち着いてその上に座る。


 ここはもう――


 ただの荒れ地じゃない。


 “生きた土地”だ。


「よし」


 俺は、二人に向き直る。


「改めて――」


 深く頭を下げる。


「一緒に、やってください」


 マルタが笑う。


「任せな」


 ハナが頷く。


「任せな」


 同じ言葉。


 でも、意味はそれぞれ違う。


 だからこそ――


 強い。


 その時だった。


 背後で、魔物の鳴き声が響く。


 振り返る。


 牛型魔物。


 昨日、ミルクを取った個体。


『……出るぞ』


「え?」


 次の瞬間。


 とく、とく、とく。


 白い液体が、自然と滴り落ちる。


 量が、昨日とは比べ物にならない。


「……増えてる?」


「土が変われば、全部変わる」


 ハナが当然のように言う。


「草が変わる。水が変わる。魔物も変わる」


 マルタが、にやりと笑った。


「つまり――」


 器を差し出す。


 そこに、白い液体が溜まっていく。


「もっと美味くなるってことだな?」


 俺は、そのミルクを見つめる。


 確信した。


 これは――


「……世界、変わるっす」


 誰にともなく、呟いた。


 夕日が、三人を照らす。


 牧場が、広がる。


 魔物が、集まる。


 土が、生きる。


 そして――


 俺たち三人は、揃った。


 ――この時、すでに始まっていた。


 世界が、俺たち中心に回り始めることが。

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