26話 正義のほころび
26話:正義のほころび
――崩れは、内側から始まる。
◇
「……持たないな」
男が、低く呟いた。
農業ギルド本部。
重厚な机の上に、報告書が積まれている。
「何がだ」
向かいの男が聞く。
「“ミルク”だ」
紙を叩く。
「抑えきれていない」
「流通は止めたはずだ」
「表はな」
一枚、紙を滑らせる。
「裏が回っている」
「……闇商人か」
「それだけじゃない」
目を細める。
「内部だ」
沈黙。
「どういう意味だ」
「ギルド員が、横流ししている」
空気が、変わる。
「……馬鹿な」
「事実だ」
短く言う。
「止めれば止めるほど、価値が上がる」
「……」
「つまり」
一拍置く。
「止めるほど、儲かる」
沈黙。
完全な沈黙。
「……制御できないのか」
「難しい」
首を振る。
「人は、利益に従う」
◇
――別の場所。
「価格が、また上がった?」
「ああ」
商人が、苛立ったように言う。
「二倍どころじゃねぇ」
「ふざけるな!」
「誰がこんなの買う!」
怒号。
でも――
「……売れてる」
ぽつりと、誰かが言う。
沈黙。
「なんでだ」
「効くからだ」
短い答え。
「他にない」
それだけで、十分だった。
「……止められないな」
誰かが呟く。
その一言が――
すべてを表していた。
◇
――ディオス伯爵領。
「……どういうことだ」
アルヴェルトが、低く言う。
「制圧は進んでいるはずだ」
「はい」
部下が答える。
「ですが――」
「ですが?」
「価値が、上がっています」
沈黙。
「……なぜだ」
「供給が、さらに絞られたためかと」
「絞られた?」
「はい」
資料を差し出す。
「生産量も、意図的に調整されています」
「……」
アルヴェルトは、しばらく黙って。
そして――
小さく笑った。
「……なるほど」
「何がでしょうか」
「理解している」
目を細める。
「あの男」
「……ペーター、ですか」
「ああ」
頷く。
「ただの農家ではない」
◇
――牧場。
「……なんか、変わってきてるっすね」
俺は、グレインの話を聞いていた。
「変わってる」
頷く。
「流れが戻り始めてる」
「……っすか?」
「完全じゃない」
指を立てる。
「だが、崩れている」
「どこがっすか」
「全部だ」
短く言う。
「ギルドも、商人も、貴族も」
「……全部っすか」
「全部だ」
その一言で。
理解した。
「……内部っすね」
「そうだ」
グレインが笑う。
「締めすぎた」
「なるほど」
頷く。
止めれば止めるほど、価値が上がる。
価値が上がれば、欲が出る。
欲が出れば――
「崩れるっすね」
「その通りだ」
◇
「……じゃあ、動くっすか」
俺は言った。
「まだだ」
グレインは首を振る。
「まだ?」
「崩れ始めただけだ」
目を細める。
「もう一押し必要だ」
「……何をするっすか」
少しだけ考えて。
そして――
「見せる」
同じ言葉だった。
「またっすか」
「今回は違う」
にやりと笑う。
「“欲しいやつだけに”見せる」
沈黙。
「……なるほど」
理解した。
全体じゃない。
絞る。
さらに。
「選ぶっすね」
「そうだ」
頷く。
「崩れているところに、流す」
「内部を、さらに崩す」
「正解だ」
マルタが笑う。
「えげつねぇな」
「効くっすよね」
「効く」
ハナが、静かに言う。
「流れ、変わる」
「っすね」
頷く。
もう、見えている。
崩れ始めたものは――
止まらない。
「……やるっす」
静かに言う。
「一気に行くっす」
風が吹く。
牧場が揺れる。
でも――
今度は違う。
追い込まれているのは。
向こうだ。




