2話 最強女戦士マルタ、現る
第2話:姐御、現る
――牧場を作る。
そう宣言した翌日。
「……とは言ったものの」
俺は、目の前の光景に頭を抱えていた。
魔物、魔物、魔物。
昨日より増えてる。
「なんで増えてんだよ……」
『お前が呼んだんだろ』
最初に会った灰狼が、当然のように言う。
「呼んでねぇよ」
『“美味いもん作る”って言った』
「……あ」
やばい。
完全に集客ワードだった。
『ここ、飯がある場所になるんだろ?』
『なら来るだろ普通』
『働けば食えるって聞いた』
口々に言われて、頭を抱える。
いや、間違ってない。
むしろ理想だ。
……理想だけど。
「人手が足りねぇんだよ!!」
思わず叫ぶ。
畑を作るにも、柵を作るにも、世話をするにも――
俺一人じゃ無理だ。
その時だった。
ドスン、と。
地面が揺れた。
「……ん?」
森の奥から、重い足音。
魔物たちが、一斉にざわつく。
『来るぞ』
『でけぇのが来る』
『やべぇやつだ』
緊張が走る。
視線を向けた、その先。
木々を押し分けて現れたのは――
「……でっか」
思わず漏れた。
背の高い女だった。
肩幅は広く、腕は丸太のように太い。
健康的に焼けた肌。
そして何より――
圧倒的な存在感。
いや、それだけじゃない。
その背後。
巨大な牛型の魔物が、縄で引かれていた。
普通なら、村一つ壊せるレベルの化け物だ。
なのに――
「おい、暴れんな。今から飯だろうが」
女が、軽く縄を引く。
それだけで、魔物がぴたりと大人しくなった。
「……は?」
意味がわからない。
俺が必死に対話してる魔物を、
この人、力で従わせてる?
女は、そのまま俺の前まで来て――
じっと、見下ろしてきた。
「……あんたがペーターかい?」
低く、よく通る声だった。
「え、あ、はい」
反射的に答える。
女は、にやりと笑った。
「あたしはマルタ。石突き(いしづき)のマルタって呼ばれてる」
名乗りと同時に、背後の魔物の頭をぽんと叩く。
「魔物を慈しむ優しい男がいるって聞いてね。試しに来てみたのさ」
「……試し?」
次の瞬間。
マルタは、ぐいっと俺の肩を抱き寄せた。
「っ!?」
視界が一気に埋まる。
柔らかい。
近い。
圧がすごい。
「うおっ、ちょっ、近――」
「あんた、ほんとに怖がってないねぇ」
顔を覗き込まれる。
距離が、近い。
心臓がうるさい。
「普通のやつなら、今頃腰抜かしてるよ」
「……いや、怖いっすよ?」
「でも逃げない」
にやりと笑う。
「それがいい」
そのまま、ばしんと背中を叩かれた。
「ぐぇっ!?」
肺の空気が抜ける。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
でも――
「……悪く、ないっす」
なぜか、そう思った。
マルタは満足そうに頷く。
「決めた」
「……え?」
「あたし、ここで働く」
あまりにもあっさりした宣言だった。
「は?」
「その代わり――」
ぐっと顔を寄せてくる。
「あたしのこの体、牧場の仕事で使い倒してくれて構わないよ?」
豪快に笑う。
周囲の魔物たちが、どよめいた。
『強ぇ女だ』
『あれ、やべぇ』
『姐さんだ』
……姐さん?
いや、それよりも。
「……ほんとに、いいんすか?」
恐る恐る聞く。
「何がだい?」
「ここ、まだ何もないですよ」
「だから面白いんだろ?」
即答だった。
「ゼロから作る。嫌いじゃない」
その言葉に――
胸の奥が、熱くなる。
昨日まで、俺は一人だった。
何もできない、役立たずだった。
でも今は――
「……じゃあ、お願いします」
頭を下げる。
「俺と一緒に、牧場作ってください」
マルタは、にやりと笑った。
「任せな」
そして振り返り、魔物たちを見渡す。
「お前ら!」
その一声で、空気が変わる。
魔物たちが、一斉に静まり返った。
「ここは今日から、“あたしらの牧場”だ」
ドン、と足を踏み鳴らす。
「働いた分だけ食わせる! サボったら叩き出す!」
『おおおおお!!』
歓声が上がる。
……いや、統率力おかしいだろ。
「ペーター」
「はい!」
「まず何やる?」
まっすぐな目で見られる。
期待されている。
俺に。
その事実が――
めちゃくちゃ嬉しかった。
「……まずは、柵作りっす」
「いいねぇ!」
マルタが笑う。
「よし、全員動け!」
その一声で、魔物たちが一斉に動き出す。
地面を均し、木を運び、穴を掘る。
あり得ない速度で、作業が進んでいく。
「……すげぇ」
思わず呟く。
昨日まで、何もなかった場所が。
たった数時間で、“牧場”になり始めている。
その時だった。
ぐぅ、と。
腹の虫が鳴る。
「……腹減ったっすね」
「だな」
マルタも頷く。
そして、背後の巨大な牛型魔物を指さした。
「こいつ、乳出るぞ」
「……え?」
「試してみな」
にやりと笑う。
その瞬間――
ぞくり、とした。
理由はわからない。
でも、直感が告げていた。
――これ、とんでもないものになる。
俺は、ゆっくりと手を伸ばす。
魔物に触れる。
『……いいぞ』
優しい声が、頭に響く。
「……じゃあ、いくっす」
そっと、手を動かす。
次の瞬間。
とくり、と。
白い液体が、器に落ちた。
その香りだけで――
わかった。
「……これ、やばいっす」
マルタが、にやりと笑う。
「あたしもそう思う」
夕日が、牧場を照らす。
まだ何もない場所。
だけど確かに、ここから始まる。
世界を変える“何か”が。
俺たちは、まだ知らない。
この一滴が、国を動かすことになるなんて。




