16話 正義の名のもとに
16話:正義の名のもとに
――“来た”のは、予想より早かった。
「……また違う連中っすね」
俺は、牧場の入口で呟いた。
整列した人間。
揃った制服。
統一された紋章。
昨日の貴族とも、盗賊とも違う。
「……農業ギルドだな」
グレインが言う。
「一番厄介なやつだ」
「厄介?」
「“正しいこと”を言ってくる」
その言葉の意味は、すぐにわかった。
「失礼する」
先頭の男が、一歩前に出る。
年は四十前後。
落ち着いた声。
「農業ギルド、管理官のローディスだ」
軽く頭を下げる。
礼儀正しい。
でも――
圧がある。
「……ペーターっす」
俺も名乗る。
「話は聞いている」
ローディスは、周囲を見渡す。
土地。
魔物。
施設。
「見事なものだ」
素直に言う。
「ありがとうございます」
「だが」
一拍置く。
「問題がある」
来た。
「何っすか?」
「まず一つ」
指を立てる。
「無許可での農地開発」
「……は?」
「この規模の開発は、ギルドの認可が必要だ」
「知らないっす」
「知らなくても適用される」
即答だった。
なるほど。
「二つ目」
もう一本指を立てる。
「価格操作」
「操作?」
「ミルクの価格だ」
はっきり言う。
「市場を乱している」
……まあ、そうだろうな。
「三つ目」
「まだあるんすか」
「ある」
当然のように言う。
「魔物の利用」
その一言で、空気が変わる。
「危険な行為だ」
「危険じゃないっす」
「判断するのは我々だ」
即答だった。
完全に、上から来ている。
「以上三点」
ローディスは、淡々と言う。
「是正を求める」
「……具体的には?」
「簡単だ」
指を折る。
「ギルドに登録し、管理下に入る」
「……」
「価格は調整する」
「……」
「魔物の利用は制限する」
つまり――
「全部、縛るってことっすね」
「違う」
首を振る。
「“正す”だけだ」
その言葉に。
少しだけ、笑いそうになった。
「……断ったら?」
静かに聞く。
「その場合」
ローディスの目が、わずかに冷える。
「違法行為として処理する」
空気が、張り詰める。
「具体的には?」
「営業停止」
「……」
「資産の差し押さえ」
さらに。
「強制執行もあり得る」
完全に、宣戦布告だった。
「どうする?」
マルタが聞く。
いつでも動ける。
そんな空気。
でも――
「……ちょっと待ってほしいっす」
俺は言った。
そして、ローディスを見る。
「一つ、聞いていいっすか」
「何だ」
「なんで、ここまで来たんすか?」
単純な疑問だった。
「市場のためだ」
即答だった。
「秩序を守るため」
「本音は?」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
ローディスの目が揺れた。
そして――
「……利権だ」
小さく言った。
その一言で。
全部、わかった。
「なるほど」
俺は、頷いた。
「じゃあ、話は簡単っす」
前に出る。
「断るっす」
沈黙。
「……理由は?」
「俺たちのやり方なんで」
シンプルに言う。
「壊したくないっす」
ローディスは、しばらく黙って。
そして――
「……残念だ」
静かに言う。
「君は理解していない」
「何をっすか?」
「個人では、組織には勝てない」
はっきりと言う。
「それが、この世界だ」
その言葉に。
俺は、少しだけ考えて。
そして――
「……そうっすね」
頷いた。
「普通は」
「普通?」
「でも」
軽く手を上げる。
その瞬間――
魔物たちが、動く。
静かに。
整然と。
完全に。
「俺、一人じゃないんで」
ローディスの目が、わずかに見開かれる。
「……これは」
「組織っす」
はっきり言う。
「俺たちの」
沈黙。
長い沈黙。
そして――
ローディスは、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
少しだけ、笑う。
「確かに」
一歩下がる。
「“個人”ではないな」
振り返る。
「今日は、ここまでだ」
「帰るんすか?」
「一度な」
ちらりと見る。
「だが」
はっきりと言う。
「次は、正式な手続きで来る」
その一言で。
意味は十分だった。
「楽しみにしてるっす」
俺は、笑った。
ローディスは、何も言わず。
そのまま去っていく。
静寂。
「……めんどくさいっすね」
思わず呟く。
「最高じゃねぇか」
マルタが笑う。
「全部来るな」
「全部っすね」
グレインが言う。
「貴族、ギルド、商人」
「全部敵に回したな」
「……っすね」
でも――
「いいっす」
俺は、前を見る。
「全部、来てもらうっす」
ハナが、土に触れる。
「受け止めるよ」
風が吹く。
牧場が揺れる。
魔物が動く。
そして――
戦いが、変わった。
もう、ただの衝突じゃない。
“世界のルール”との戦いだ。




