13話 貴族の提案
13話:買われるか、奪われるか
――馬の足音は、迷いがなかった。
一直線に、牧場へ。
「……来たっすね」
俺は、入口に立ったまま呟いた。
数は五。
だが、昨日の盗賊とは違う。
揃っている。
無駄がない。
そして――
“背負っているもの”が違う。
「止まれ」
低い声。
馬が、ぴたりと止まる。
先頭の男が降りた。
整った服。
無駄のない動き。
そして――
明確な“上”。
「ここが、“例の牧場”か」
視線が、全てを値踏みするように巡る。
土地。
魔物。
俺たち。
「……何の用っすか」
俺は、正面から聞いた。
男は、ゆっくりと笑う。
「名乗ろう」
一歩前に出る。
「アルヴェルト・ディオス」
一拍置いて。
「ディオス伯爵家の使者だ」
空気が、変わる。
「……貴族か」
マルタが、わずかに口角を上げる。
「そういうことだ」
アルヴェルトは頷く。
「話は単純だ」
視線が、俺に固定される。
「お前たちの“ミルク”」
はっきりと言う。
「我々が買い取る」
来た。
「全部っすか?」
「そうだ」
即答だった。
「生産量、流通、価格」
指を立てる。
「すべて、我々が管理する」
つまり――
「独占っすね」
「違う」
首を振る。
「“保護”だ」
その言葉に。
少しだけ、笑いそうになった。
「……その代わりは?」
「簡単だ」
アルヴェルトが、指を鳴らす。
後ろの男が、箱を持ってくる。
開く。
中には――
金貨。
大量の。
「前金として、これを」
さらっと言う。
「そして継続的に、安定した利益を保証する」
マルタが、低く笑う。
「で?」
「で、とは?」
「条件はそれだけか?」
アルヴェルトは、一瞬だけ沈黙して。
そして――
「もう一つある」
目を細める。
「この土地」
ゆっくりと言う。
「正式に、ディオス家の管理下に入る」
沈黙。
完全な沈黙。
つまり――
「……俺たちは?」
俺が聞く。
「働け」
即答だった。
「優遇はする」
まるで当然のように。
「だが、決定権は我々にある」
はっきりと言い切る。
その瞬間。
全部、理解した。
「……要するに」
静かに言う。
「全部渡せ、ってことっすね」
「そうとも言う」
否定しない。
むしろ、誇るように。
その態度に――
胸の奥が、少しだけ冷えた。
「どうする?」
マルタが聞く。
「悪い話じゃねぇぞ?」
「そうだな」
グレインも頷く。
「むしろ、普通なら断れない」
ハナは、何も言わない。
ただ、土に触れている。
そして――
俺を見る。
その視線で、わかった。
答えは、決まってる。
「……断るっす」
静かに言った。
空気が、一瞬で変わる。
「……ほう」
アルヴェルトの目が、細くなる。
「理由は?」
「簡単っす」
俺は、後ろを見る。
牧場。
魔物たち。
そして――
二人。
「ここ、俺たちの場所なんで」
振り返る。
「渡さないっす」
沈黙。
長い沈黙。
そして――
アルヴェルトは、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
一歩、下がる。
「残念だ」
その声は、もう柔らかくない。
「理解していないようだ」
「何をっすか?」
「価値だ」
はっきりと言う。
「お前たちは、“守れる立場”にない」
ぞくり、とした。
「この世界ではな」
静かに続ける。
「力を持たぬ者は、持つ者に従う」
その一言で。
空気が、張り詰める。
「……力、あるっすよ」
俺は言う。
軽く手を上げる。
それだけで――
魔物たちが、動く。
静かに。
でも、確実に。
圧が、広がる。
「……ほう」
アルヴェルトの目が、わずかに変わる。
「これは……」
初めて、驚いた顔をした。
「面白い」
小さく呟く。
「だが」
すぐに戻る。
「それだけでは足りない」
「……どういう意味っすか」
「世界は、個の力では動かない」
指を立てる。
「組織だ」
「……」
「貴族。ギルド。軍」
一つずつ言う。
「それらを敵に回して、どこまで持つ?」
正論だ。
たぶん。
でも――
「……やってみるっす」
俺は、笑った。
少しだけ。
「ほう」
「無理なら、その時考えるっす」
シンプルに言う。
「でも今は」
一歩前に出る。
「渡さないっす」
沈黙。
そして――
アルヴェルトは、ゆっくりと笑った。
「……いいだろう」
振り返る。
「今回は、引く」
「今回は?」
「次はない」
はっきりと言う。
「準備を整えて来る」
その一言に、全てが詰まっていた。
「覚悟しておけ」
馬に乗る。
そして――
去っていく。
静寂が戻る。
「……めんどくさいっすね」
思わず呟く。
「最高じゃねぇか」
マルタが笑う。
「相手がデカいほど、燃える」
ハナは、静かに言う。
「土が、震えてる」
「怖いってことっすか?」
「違う」
首を振る。
「変わるよ」
その一言で。
全部、理解した。
「……そうっすね」
俺は、牧場を見る。
ミルクを見る。
そして――
「やるっす」
静かに言う。
「もっと、強くする」
風が吹く。
魔物が動く。
土が応える。
そして――
世界が、確実にこちらを見ている。




