12話 市場が壊れる日
12話:市場が壊れる日
――最初の異変は、街で起きた。
◇
「……高すぎる」
男は、眉をひそめた。
中規模の交易都市。
日々、多くの品が行き交う場所。
その一角。
一つの屋台に、人だかりができていた。
「ミルク一杯、金貨一枚!」
商人が声を張る。
周囲から、怒号が飛ぶ。
「ふざけるな!」
「誰が買うか!」
「ぼったくりだ!」
当然の反応だった。
ただのミルクに、金貨。
あり得ない。
「……帰るか」
男が踵を返そうとした、その時。
「……俺が買う」
一人の冒険者が、前に出た。
全身傷だらけ。
明らかに、消耗している。
「正気か?」
「試すだけだ」
金貨を置く。
ざわめきが広がる。
全員が見ている。
男は、器を受け取り――
一気に飲んだ。
そして。
「……は?」
固まった。
「おい、大丈夫か?」
「毒か!?」
「違う……」
震える声で言う。
「これ……」
手を握る。
力が戻る。
「治ってる」
ざわり、と空気が変わる。
「何が?」
「疲れが……全部」
周囲が、静まり返る。
「嘘だろ」
「あり得ねぇ」
「ほんとだ!」
別の冒険者が叫ぶ。
「こいつ、さっきまで動けなかったぞ!」
視線が、一斉にミルクへ向く。
価値が――
反転する。
「……もう一杯!」
「俺も!」
「売れ!」
一瞬で、空気が変わった。
欲望。
完全な欲望。
◇
――数時間後。
「……異常だ」
街の商業ギルド。
その一室で、男が言った。
「報告は本当か?」
「ああ」
部下が頷く。
「“ミルク”が、ポーション以上の効果を持つ」
「値段は?」
「金貨一枚」
「……正気か」
「だが、売れている」
沈黙。
「供給量は?」
「極めて少ない」
即答だった。
「一日、数十杯程度」
「……絞っているな」
目を細める。
「意図的に」
「間違いない」
部下が続ける。
「販売元は、特定の商人のみ」
「独占か」
「はい」
空気が、重くなる。
「……どこの商会だ」
「新規です」
「は?」
「無名の商人が、突然扱い始めた」
机を叩く。
「あり得ん!」
「ですが事実です」
さらに続ける。
「しかも、その裏にいるのは――」
一拍置く。
「“農家”です」
沈黙。
完全な沈黙。
「……農家?」
「はい」
「ふざけるな」
「ですが――」
紙を差し出す。
「現物です」
男は、それを見て。
そして。
「……飲めるか?」
「はい」
恐る恐る、口に運ぶ。
一口。
次の瞬間――
「……っ!?」
立ち上がる。
「なんだこれは!」
「報告通りです」
男は、息を荒げる。
「これは……」
震える声で言う。
「市場が壊れる」
◇
――その頃。
「……来てるっすね」
俺は、牧場の外を見ていた。
気配が増えている。
人も、魔物も。
「街が騒ぎ出したな」
グレインが言う。
「予想通りだ」
「どれくらいっすか?」
「もう止まらない」
即答だった。
「需要が爆発する」
マルタが笑う。
「いいじゃねぇか」
「いいけど――」
ハナが、土に触れる。
「ざわついてる」
「またっすか」
「うん」
目を閉じる。
「欲が、流れてきてる」
遠くから。
どんどん。
「……気持ち悪いね」
静かに言う。
ぞくり、とした。
「どうする?」
マルタが聞く。
「来るぞ、もっと」
「来るっすね」
俺は、頷く。
もうわかってる。
これは――
止まらない。
「……でも」
ミルクを見る。
白く、輝くそれ。
「やることは同じっす」
顔を上げる。
「作る。売る。守る」
「シンプルだな」
グレインが笑う。
「それが一番強い」
その時だった。
遠くから、馬の音が聞こえた。
速い。
そして――
整っている。
「……来たな」
「何がっすか?」
「本命だ」
グレインが目を細める。
「ギルドか、貴族か」
どちらにせよ――
「面倒な連中だ」
マルタが笑う。
「いいねぇ」
拳を鳴らす。
「やりがいある」
ハナは、静かに土に触れる。
「準備はできてる」
俺は、前に出る。
牧場の入口へ。
風が吹く。
魔物たちが、動く。
そして――
馬が、止まる。
そこにいたのは。
整った装備。
揃った動き。
そして――
明らかに、“組織”。
「……来たっすね」
小さく呟く。
もう、わかっている。
これは――
“交渉”じゃ終わらない。




