11話 流れを握る
11話:流れを握る者
――独立した、その翌朝。
「……静かっすね」
俺は、牧場の入口を見て呟いた。
昨日までいた村人はいない。
代わりに――
「……増えてるな」
マルタが笑う。
商人。
昨日より多い。
しかも、質が違う。
「装備も、態度も変わってる」
グレインが言う。
「“様子見”じゃない。“取りに来てる”」
その言葉通りだった。
目が違う。
金の匂いを嗅ぎつけた目だ。
「……どうするっすか」
「決まってる」
グレインが前に出る。
「“仕組み”を作る」
「仕組み?」
「流通だ」
◇
簡易のテーブルが並べられる。
その上に、ミルク。
そして――
紙。
「……なんすか、それ」
「契約書だ」
さらっと言う。
「は?」
「売るなら、ルールが必要だ」
紙を広げる。
「好き勝手に売れば、すぐに潰される」
「潰される?」
「市場が壊れる」
指で叩く。
「価格が乱れ、奪い合いが起き、最後は奪われる」
……なるほど。
「だから」
グレインが笑う。
「こっちが“流れ”を握る」
その言葉に、少しだけワクワクした。
「具体的には?」
「こうだ」
指を立てる。
「まず、直接販売は制限」
「はい」
「次に、選別した商人にのみ卸す」
「選別?」
「信用だ」
周囲の商人たちを見る。
「誰に売るかを選ぶ」
ざわめきが起きる。
「そして――」
もう一本指を立てる。
「価格は固定」
「固定?」
「変えない」
きっぱり言う。
「安売りもしない。値上げもしない」
「……なんでっすか?」
「安定が信用になる」
なるほど。
「最後に」
グレインが、にやりと笑う。
「流通量を絞る」
「……わざと?」
「そうだ」
即答だった。
「足りないくらいが、一番価値が上がる」
……えぐい。
「どうする?」
マルタが聞く。
「面白いっす」
即答した。
「やりましょう」
「いいねぇ」
マルタが笑う。
「ハナは?」
「問題ないよ」
土に触れる。
「供給は調整できる」
――決まった。
「じゃあ――」
俺は前に出る。
商人たちが、一斉にこちらを見る。
「これから、売り方変えるっす」
ざわめき。
「どういうことだ!」
「今までは誰にでも売ってたっすけど」
はっきり言う。
「これからは、選ぶっす」
一気に空気が変わる。
「ふざけるな!」
「金は払ってるだろ!」
「順番は守るっす」
落ち着いて言う。
「でも、誰にでも売るわけじゃないっす」
沈黙。
そして――
「……面白い」
一人の商人が前に出る。
落ち着いた男。
昨日のグレインに近い匂いがする。
「選ばれる基準は?」
「信用っす」
「どう証明する?」
「契約っす」
紙を見せる。
「条件を守る人だけ、売る」
男は、しばらく見て――
笑った。
「いい」
「いいんすか?」
「むしろ歓迎だ」
頷く。
「無秩序な市場は嫌いでね」
そのまま、金貨を置く。
「契約しよう」
最初の一人が決まった。
「……俺もだ」
「私も」
次々と手が上がる。
逆に。
「そんな条件、飲めるか!」
「勝手にしろ!」
去る者もいる。
でも――
「いいっす」
止めない。
「選ぶんで」
その一言で。
流れが、完全に変わった。
◇
「……決まったな」
グレインが言う。
テーブルの上には、契約書。
そして――
金貨。
「数は?」
「五人」
「十分だ」
頷く。
「まずはここから始める」
マルタが笑う。
「少なくねぇか?」
「いいんだ」
グレインは即答した。
「少ない方が、強い」
「どういうことっすか?」
「独占だ」
短く言う。
「この五人が、ミルクを運ぶ」
「はい」
「そして――」
目を細める。
「他の商人は、買えない」
ぞくり、とした。
「……どうなるんすか?」
「欲しがる」
即答だった。
「そして、群がる」
その時。
遠くで、声が上がる。
「なんであいつらだけなんだ!」
「不公平だ!」
契約できなかった商人たちだ。
予想通り。
「……来るっすね」
「来るな」
グレインが頷く。
「圧力、買収、脅し」
全部、来る。
「どうする?」
マルタが笑う。
「ぶっ飛ばすか?」
「その前に」
グレインが言う。
「“価値”を固定する」
「価値?」
「ミルクは高い」
指を立てる。
「それを、全員に理解させる」
つまり――
「値段を下げない」
「そうだ」
頷く。
「どれだけ圧力が来ても、変えない」
その一言で。
ルールが決まった。
「……やるっす」
俺は頷く。
「やるしかないっす」
風が吹く。
契約書が揺れる。
ミルクが光る。
そして――
流れが、生まれた。
誰が運び、誰が売り、誰が手に入れるか。
すべてが、決まり始める。
「……これが」
俺は呟く。
「流通っすか」
「そうだ」
グレインが笑う。
「流れを握る者が、勝つ」
その時。
遠くの街の方向から。
新しい気配が、近づいてきていた。
今までとは違う。
もっと重い。
もっと大きい。
「……次が来たな」
「何がっすか?」
「本命だ」
静かに言う。
「“貴族”が動く」
ぞくり、とした。
でも――
少しだけ、楽しみでもあった。




