1話 無能農家、追放される
第1話:冴えない青年と魔物の声
――その日、俺はまた「役立たず」と呼ばれた。
「ペーター、お前はもういい。畑に出ても魔物に怯えてばかりだろうが」
村長の言葉に、周囲の連中がくすくすと笑う。
反論なんて、できなかった。
だって事実だからだ。
俺は弱い。
剣も振れない。魔法も使えない。
そのくせ、畑に出れば魔物に遭遇する。
「……すみません」
頭を下げるしかなかった。
そのまま、逃げるように村の外へ出る。
いつもの場所――森の手前の、小さな丘。
誰も来ない、俺だけの場所だ。
「はぁ……」
草の上に寝転がり、空を見上げる。
何もできない。
何者にもなれない。
――そう思っていた。
その時だった。
『……腹、減った』
「……え?」
耳元で、誰かが呟いた。
慌てて体を起こす。
周囲には、誰もいない。
いや――違う。
目の前にいた。
灰色の毛並みの、小さな狼。
村で「危険な魔物」とされている個体だ。
思わず息を呑む。
逃げなきゃ。
そう思ったのに、足が動かない。
『怖いのか?』
「っ……!」
また、声が聞こえた。
いや、これは――
「お前……喋ってるのか?」
『喋ってるのはお前だろうが』
狼は、呆れたように尻尾を振った。
頭の中に、直接響いてくるような感覚。
――理解した。
これは「音」じゃない。
意思だ。
「……俺、お前の言ってること……わかるのか?」
『さっきからそうだろうが』
当たり前のように返される。
鼓動が一気に早くなる。
こんなこと、あり得るのか?
魔物は危険で、人の言葉なんて理解しないはずだ。
なのに――
「……腹、減ってるのか?」
『ああ。三日、何も食ってねぇ』
妙に具体的な返答だった。
警戒よりも、先に別の感情が湧く。
――かわいそうだ。
「……ちょっと待ってろ」
腰の袋を探り、固くなったパンを取り出す。
本来なら、魔物に餌をやるなんて自殺行為だ。
でも――
なぜか、怖くなかった。
「ほら」
差し出すと、狼は一瞬だけ目を細めた。
『いいのか?』
「……食えよ」
次の瞬間、ぱくりと食いつく。
夢中で食べる姿は、ただの犬みたいだった。
「……美味いか?」
『ああ。生き返る』
満足そうに息を吐く。
その様子を見て――
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
初めてだ。
誰かに「ありがとう」と言われた気がした。
『お前、変なやつだな』
「よく言われる」
苦笑する。
けど、不思議と嫌じゃなかった。
『なぁ、お前』
「ん?」
『他のやつとも話せるのか?』
「……他の?」
狼は、森の奥へ視線を向けた。
その瞬間――
ざわり、と空気が揺れる。
気配。
無数の気配。
気づけば、木々の影から、こちらを見つめる目があった。
狼。鹿。鳥。
見たこともない魔物まで。
全部が、俺を見ている。
『こいつ、俺らの声、わかるぞ』
最初の狼が言った。
すると――
『ほんとか?』
『腹減った』
『助けてくれ』
『ここ、安全か?』
一斉に、声が流れ込んでくる。
「っ……!」
頭が割れそうになる。
けど、なぜか――嫌じゃない。
むしろ、わかる。
全部、わかる。
こいつらが何を考えて、何を求めてるのか。
「……すげぇな、これ」
思わず呟く。
その時だった。
ふと、ある考えが浮かぶ。
――こいつらと、畑ができるんじゃないか?
魔物は危険だ。
だから人は遠ざける。
でも、もし――
意思が通じるなら?
協力できるなら?
「……なぁ、お前ら」
気づけば、口にしていた。
「畑、やらないか?」
静まり返る森。
次の瞬間――
『畑?』
『食い物増えるのか?』
『働けばいいのか?』
ざわめきが広がる。
その反応に、確信した。
――いける。
これ、いけるぞ。
俺は、初めて笑った。
「俺、農家なんだよ」
胸を張って言う。
「お前らと一緒に、めちゃくちゃ美味いもん作る」
風が吹く。
草が揺れる。
魔物たちが、俺を見つめる。
そして――
『面白そうだな』
誰かが言った。
その一言で、決まった。
俺の人生は、ここから変わる。
――冴えない農家が、世界を変えるなんて。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この“ミルク”が、国を動かし、
世界の常識をひっくり返すことになるなんて。
けど今は――
ただ、ワクワクしていた。
「よし、まずは……」
俺は立ち上がる。
魔物たちを見渡して、宣言した。
「牧場、作るぞ」




