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番狂いの王を殺し  作者: 石動なつめ


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第六話

 そうして夜になり、丁寧に肌を磨かれたイリアは王の寝室へと呼ばれた。いよいよだ。

 服の下に潜ませたナイフに気付かれないように、最新の注意を払いながらイリアは部屋へと入る。

 キャンドルの明かりが照らす薄暗い室内。品よく整えられた部屋の壁には、女性の絵画が飾られている。亡くなった王の番だ。ちょうどベッドから見える位置に飾られている。

 その、数人はゆうに乗れるであろうベッドの上で、王は横になっていた。

 王の目は目は閉じられている。待ちくたびれて眠ってしまったのだろうか。それならばそれで都合がいいと思いながら、イリアは王へ近付く。


「…………?」


 すると王から、甘ったるいような妙な香りがした。妃たちがつけている香水とも、花の香りとも違う。もっと薬品に近い、そんな匂いだ。

 何だこれは。そう思いながらイリアが王にさらに近付く。匂いは、王の口から漂ってくるようだった。

 首を傾げて王を見る。するとそこでイリアは、王が息をしていないことに気が付いた。はっとして胸を見る。動いていない。首に手を当ててイリアは王の鼓動を確認する。肌は温かいが脈がない。


 ――死んでいる?


 馬鹿な、とイリアは口の中でつぶやいた。

 目の前が真っ白になる。どうして。この男は自分が今夜殺すはずだったのだ。それなのに何故、自分が手を下す前に死んでいる。どういうことだ。

 困惑がイリアの頭を渦巻く。その時、はっと浮かんだのはリブロの顔だ。


 まさか、と思いながらイリアは顔を上げて「誰か!」と叫んだ。「誰か来て!」もう一度繰り返す。

 するとすぐに足音が聞こえ、扉が開き、騎士を伴ったリブロが中へ入ってきた。廊下の明かりが逆光となって彼の顔に影を落とし、どんな表情をしているのかは見えにくい。けれども口だけは、何かを堪えているかのようにしかと結ばれているのが分かった。


「……リブロ様、これはどういうことですか」

「父上は、死んだかな」


 イリアの質問に答えず、リブロは淡々とした口調でそう訊いてくる。


「ええ、死んでおりました。恐らく毒ですか? これは一体どういうことです」

「どうもこうもないさ。もともとそういう計画だった。最初に会った時に言っただろう? 私たちは王を殺そうとしていると」

「それは……」


 確かに彼はそう言った。だけど、とイリアは睨む。


「私がやると言ったはずです。私は――」

「十年だ」

「何?」

「迷って、七年。父上を殺そうと考えて、三年。それだけ悩んだ。年季なら、君よりもずっと入っている」

「…………」


 リブロはどこか他人ごとのように話す。それから、彼は右手を挙げると「仕上げを」と騎士たちに指示を出した。騎士たちは即座に動き出し、イリアの脇をすり抜けて王の許へ向かう。

 その間、イリアはずっとリブロから目を逸らさず、睨み続けていた。


「だからご自分でやったと? 促すようなことを言っておいて何故です!」

「君のせいだ、と言ったらずるいかな」

「私?」


 怪訝に訊き返すイリアに、リブロは「そう」と小さく頷く。

 そのまま彼の視線は下を向いた。


「……父上から毒を持ってくるよう頼まれた。自害用だ」

「何ですって?」


 イリアは目を見開いた。自害とはどういうことだ。


「あり得ない。だって、あんなに――」

「ああ。あんなに幸せそうに笑っていたからね。私も頼まれた時はとても驚いた」

「…………理由は」

「これでもう、十分だ」


 リブロが発した台詞にイリアは聞き覚えがあった。結婚式を終えた後に、イリアに向かって王が言った言葉だからだ。


「その様子だと、君も言われたんだな」

「ええ。意味は分かりませんでしたが」

「私もだ。だからどういうことかと訊いたんだ。そうしたら父上はこう仰った。やっと、もう一度彼女に会えたから、と。今まで自分の我儘に突き合わせて悪かった、ともね」


 リブロはそこで一度言葉を区切って歩き出した。向かうのは部屋の奥にある机だ。その引き出しの一番上――それをリブロはゆっくりと引き、中から緑色の装丁の手帳を取り出した。


「父上の番の名前を知っているかい?」

「確か……フィリアノール様ですよね」

「訊いておいて何だが、よく知っているね。その名前を耳にすると父上の様子がおかしくなるから、なるべく出てこなように手をまわしていたのだけど」

「私が誰を真似てここへ来たとお思いですか?」

「それはそうだ。……君の名前と少し似ていると思わないか?」

「……まさか私がその方の生まれ変わりなどと、妙なことを仰るのではありませんよね?」


 イリアが懐疑の目を向ければ、リブロは「それこそ、まさかだよ」と肩をすくめた。


「そんなあるかどうかもわからないものなんて、私は信じていないよ。もしも本当に生まれ変わりがいたとしても、こんなに都合よく目の前に現れるはずがないだろう。それは父上も分かっていたはずだ。だって二十年以上もずっと、亡くした番を探し求めていたのだから」


 リブロはイリアに背を向かたまま、手帳をぱらぱらとめくっている。

 そのまま、しばし沈黙が落ちた。聞こえているのは騎士たちが王の遺体に何かしらの処置を施している音だけだ。死因でも消そうとしているのだろうかとイリアは思った。


「ああ、あった」


 やがて、あるところで手を止めるたリブロが、ようやくこちらへ体を向けた。


「何です?」

「これがフィリアノールだ」


 リブロはそう言って開いている頁をイリアへ見せる。そこには優しそうな笑顔を浮かべた女性の絵が描かれていた。王が描いたものだろうか。

 そう思いながらイリアは、壁に飾られた絵画を見上げる。手帳の女性と比べると華美さはあるが、確かに同じ人物だ。


「そちらはね、王の妻になるのだからと頑張った方のフィリアノールだ。化粧も、装いも、振る舞いも、王の隣に並びたてるようにと必死で努力し、身に着けた後の彼女だよ」

「ずいぶんと努力家ですね」

「君のようにね。毒を頼まれた時、父上はこう仰ったよ。フィリアノールが戻ってきてくれたようだった、と。私に会うために、とても努力をしてくれたんだろう、ともね」

「――――」


 イリアは目を瞠った。その口振りではまさか、王はイリアの目的に気付いていたのではないのか。ぎょっとするイリアの心情を察してか、リブロは静かに頷く。


「父上は全部お分かりになってらっしゃったよ。君が父上の番を真似ていることも、リアンヌの友人であることも。後から考えてみれば、それはそうだ。だってあの人は優秀な王だ。私たちのような若輩者の謀なんて、とっくの昔にお見通しだったんだよ」

「ありえない!」


 イリアは叫んだ。その声量に騎士たちが一瞬こちらを見たが、そんなことなど気にしてはいられない。


「分かっていた? それならば何故、自分の命を狙う者がそばにいるのに、ああも穏やかな顔ができたんです!?」

「君に会えたことが嬉しかったんだよ。父上はずっと亡くした番の面影を追い求めていた。私たちはそれを、言葉のまま受け取っていたけれど……そうじゃなかったんだんだと思う」


 リブロは何かを堪えるように僅かに沈黙し、イリアに手帳を差し出してきた。イリアは一瞬戸惑ったが、何も言わずにそれを受け取り、開かれていた頁へ目を落とす。


『一目だけでいい。もう一度彼女に会いたい。会って、愛していると、出会ってくれてありがとうと伝えたい』


 そこには滲んだ字でそう記されていた。


「最低なことを言うが、父上は番に似ていれば、誰でも良かったのだと思う」

「それは……まぁ、分かります。今までのことを考えてみれば」


 イリアがあっさり肯定すると、リブロは「そうだね」と苦笑する。


「父上の時間はあの日のまま止まっていて、竜の血に翻弄されながらも、それを動かすためにどうにか心に折り合いをつけたかったのだと思う」

「……その我儘で少なくない人が苦しみました」

「そうだ。到底赦されるものじゃない。だから父上は君を見て――ずっと会いたかった番に似せてくれた君と会えて、これでもう十分だと死を選んだのだと思う」


 そう語り手帳を閉じるリブロ。そんな彼の話を聞いて、イリアはぐっと拳を強く握りしめた。ふざけるな、と喉の奥から声が這い上がる。


「ふざけるな。そんなこと、人を、リアンヌを不幸にして、自分だけ満足して死ぬなんて、そんなことあってたまるか!」


 イリアは叫ぶと、王の許へと駆け寄った。騎士たちは止めようとしたが、リブロに制止され、ベッドから数歩後ろへ下がる。


「起きろよ」


 イリアは王の胸倉を掴み、怒鳴る。


「起きろよ!」


 もう一度怒鳴る。額が当たるくらい顔を近づけ、力任せに揺さぶる。


「お前は私が殺すんだ! そのためにここまで来たんだ! 起きろよ、目を覚ませよ、くそったれ! そんな――」


 イリアの目に涙がせり上がり、王の顔にぽたりと落ちた。その顔は、苦しみの欠片も感じさせないくらい穏やかだ。大らかで優しさの感じられる、素晴らしい方だと皆が褒めていた本来の王の顔。


「そんな幸せそうな顔で、何を勝手に、死んでいるんだよ……」


 イリアの手から、体から力が抜けた。そのまま床に座り込み、無言で涙を流す。

 少ししてリブロが近寄ってきた。彼は遠慮がちにイリアの肩に手をのせると「……すまなかった」と謝る。


 リブロが謝ったって仕様がないだろうと、イリアは言い返してやりたかった。けれども口を開いても出てくるのは呼吸の音だけで、これ以上の何かが零れ落ちないようにとイリアは口を真一文字に結んで、やがて再び動き出した騎士たちの足音を聞きながら呆然としていたのだった。


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