第四話
その日から王がイリアと会って帰ると、入れ替わりでリブロが顔を出すようになった。
大体は計画についての相談や調整についてだったが、一緒にお菓子を持って来てくれるものだから、気が付いたら一緒にお茶を飲むような関係になってしまった。
「リブロ様って暇なんですか?」
あまりにも頻繁に顔を出すものだから、ある時イリアはついそう訊いてしまった。それにはさすがのリブロもむっとしたのか、憮然とした顔で目を細くする。
「君ね、言うに事を欠いて暇とは失礼だよ」
「だってそう見えますから。ご機嫌を損ねたのなら申し訳ありません」
「全然悪いと思っていないだろう」
「その通りです。失礼しました」
軽く睨まれて、イリアは肩をすくめてみせた。
「君は本当に歯に衣着せぬというか……正直だね」
「私の唯一の美点ですね。お褒めていただき光栄です」
「半分しか褒めていないよ。もっと言うなら嫌味だったんだけど?」
「でしたら、リブロ様はやはりお育ちが良い」
「……イリアに口で勝つのは難しいなぁ」
皮肉に皮肉で返せば、リブロは苦笑した。この程度の口喧嘩ならば、イリアの方がずっと慣れている。リアンヌの家で働かせてもらう前は、相手を罵るような汚い言葉なんて日常茶飯事で聞いていたからだ。ただ、こうしてリブロと話していると、彼の方が語彙が豊富だ。だからそう遠くないうちに、口喧嘩でも嫌味の応酬でも、イリアはきっとリブロに勝てなくなるだろう。
もっとも、そうなる前にイリアの人生は終わっているけれど。
「イリアは、これが終わったら何がしたい?」
そんなことを考えていたら、リブロからそう訊かれた。イリアは首を傾げた。終わったらと言われても。その先はない前提でここへ来たのだから、そんな問いかけなんて無意味だろう。怪訝に思い、一瞬言葉に詰まる。するとすぐにリブロは気が付いて、
「本気で考えなくていいよ。何となくでいいんだ、何となく」
と続けた。そう言われても、そちらの方が難しい気がする。
それでもイリアは少し考えて、
「満開のスリジエが見たいですね」
と答えた。薄桃色の綺麗なあの花は、春の代名詞とも言えるだろう。城下町のあちこちにもたくさん植えられていて、春になって一斉に咲くとまるで夢のように美しいのだ。
「いいね。お弁当持参だとなおいい」
「リブロ様もお弁当をお召し上がりになるんですか?」
「なるよ。学生時代は食堂を使えなかったからね。ずっとお弁当だった」
「意外過ぎる……誰よりも堂々と使っていそうなのに」
「君の中にある私のイメージが、何やらとんでもないことになっていない?」
「気のせいですよ」
イリアはすっ呆ける。もっともリブロのイメージがどうかはともかく、扱いが杜撰になってきたのは確かだ。彼が気安い態度を取ってくれるからだろう。それにつられてしまうのも、一般市民としてどうかとは思うが今更だ。どうせ短い付き合いなのだ。気にしていても仕様がない。
「ですが本当に意外ですよ。どうして食堂を使えなかったんですか?」
「人に会いたくなかったからかな」
言って、リブロは手に持っていたティーカップへ目を落とした。綺麗な赤色の紅茶に、彼の顔が映って揺れる。
「私だって竜の血を引いている。いつ誰を番にしたいと思ってしまうか分からないから、人が集まる食堂なんて怖くて行けなかったんだ」
「……難儀ですね。そんなので、お世継ぎはどうするおつもりです?」
「イリアまでうちの側近と同じようなことを言う……」
リブロはうんざりしたふうにため息を吐いた。
「避けては通れない道だとは思っているよ。だけど、ぎりぎりまで引き延ばしたい。何かの拍子に番に狂って、父上と同じようになるわけにはいかないからね」
「何か……大変ですね」
「その通りだ。先祖を恨むよ、本当に」
ソファの背に凭れかかって、リブロは億劫そうに言う。リブロは竜の血が薄い方らしいが、そう思っていても本能というものはいつどこで牙を剥くか分からない。なまじ近くで父親のそういう姿を見ているのだ。慎重にならざるを得ないのも理解できた。
「リブロ様が結婚する相手、良い人だといいですね」
「そうだとありがたいよ。できれば簡単に死なないような体が丈夫な人なら嬉しいかな」
リブロはそう付け加えて紅茶に口をつけた。本当に大変そうだとイリアは同情した。彼が恐れているのは番を失って狂うこと。二代続けて王が狂えば、次に待っているのは国の崩壊だ。その足音が、リブロの耳にはきっと聞こえているのだろう。
だから彼は王を殺そうと決意した。血の繋がった、決して憎いわけではない父親を。
「私がやりますよ」
そう思ったら自然と口が動いた。話の繋がりがまるでなかったせいで、リブロが目を丸くする。
「……イリア?」
「私が陛下を殺します。ちゃんと殺します。ですからリブロ様は、未来のことだけ考えておいてください。あなたには、その方が似合っていると思います」
言って、イリアは笑って見せた。調べて作った偽物の笑顔ではなく、イリア自身の笑顔だ。それを見てリブロは息を呑んだ。
「……吃驚した。告白でもされたかと思ったじゃないか」
「そんな関係性でもないでしょう」
「そうだったね。あー、驚いた」
リブロはティーカップをテーブルの上に置き、空いた手でぱたぱたと顔を仰ぐ。冬なのに暑いのだろうか。竜の血を引くと体温もイリアたちとは違うのかもしれない。
「……うん。信用しているよ、イリア。だけど無理はしないでほしい。その時は私たちがそばにいる。もしもの時は声を上げて、私たちを頼ってくれ」
リブロはイリアの目を真っ直ぐに見つめてそう言った。真剣な眼差しだ。きっと彼は本当に、そうしてくれるのだろう。
しかし、だからこそイリアは自分だけでやり遂げなければと思った。
だってこれはイリアの復讐だ。重くて、暗くて、未来のない、そんな気持ちで行う復讐だ。リブロたちのように国の未来のために考えて動いたものじゃない。
イリアのための、復讐のなのだ。
だから汚いものはすべて自分が持って行く。
彼らの手には綺麗な光が残れば良い。
「ありがとうございます、リブロ様」
そう思いながらイリアは、気持ちだけを受け取ってお礼を言う。リブロの目が一瞬揺らいだように見えたが、きっと気のせいだったろう。




