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番狂いの王を殺し  作者: 石動なつめ


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第二話


 リブロの話によれば、彼らはずっと王の暴走を止めなければと考えていたらしい。王としての才覚だけ見れば確かに有能だが、狂ったように番を求めるあの悪癖が治まらない限り人心は離れる。そしてその悪い面は、だんだんと諸外国にも露呈し始めているそうだ。


「父上が隣国の姫君に、恋人の面影を見たらしくてね……。あと一歩のところで国際問題になるところだった」

「ぞっとする話ですよ」

「本当だよ」


 リブロは肩をすくめた。姫君がすでに輿入れが決まっていたにも関わらず、王は彼女を口説こうとしていたようだった。付き添いという名目で王を見張っていたリブロが、すぐさま対処したおかげで事なきを得たらしいが、その一件で王をこのままにしておくのは無理だと、リブロたちは判断したらしい。


「それで物騒な計画を立てたと……もっと早く行動に移してくれていたら良かったのに」


 イリアは思わずそう言ってしまった。だって、そうしてくれていたらリアンヌも自ら命を絶ったりしなかったはずだ。すまない、とリブロから謝罪の言葉が聞こえた。ひと呼吸分の沈黙の後に、イリアは首を横に振り、次に深く頭を下げた。


「――自分のことを棚に上げていました。申し訳ありません」


 何もできなかったのはイリアも同じだ。国には、王には逆らえない。どんなに憤っていたって、イリアはあの時、友人が連れていかれるのをただ黙って見ているだけだった。王の遣いをぶん殴って止める度胸がなかった。

 だから見殺しにしたのはイリアも同じだ。リアンヌの死で初めて動き出したイリアに、リブロたちを詰る資格はない。


「君は……」


 リブロは少し驚いた顔をして何かを言いかけ、すぐに頭を振った。


「ところで改めて聞くけれど、君は何の目的をもって父上の妃になりに来たんだい?」

「リブロ様たちと同じですよ」


 もはや隠す必要もないだろうと、イリアは正直に答える。それから自分の顔を指差し、王の亡くなった恋人が浮かべていた笑顔を再現してみせる。するとリブロと、幾人かの妃が息を呑んだのが分かった。


「似ていましたか?」

「……驚いた。父上の部屋にある絵画とそっくりだ」

「それは何よりです。これが自然にできるようになるまで、半年かかりましたよ」


 正直なところ、細かな振る舞いよりもずっと、笑顔を浮かべることの方が難しかった。この表情を向ける相手が、殺したいほどの怒りを感じている王だからというのはもちろんある。けれども一番の理由は、この笑顔自体が、愛しい人へ向けるものだったからだ。


 イリアは誰かを愛したことがない。愛された記憶がない。物心ついた時にはもう一人ぼっちだったから、自分へ向けられる愛情も誰かへ向ける愛情も本当の意味で理解できていない。

 名前だって親からつけられたものじゃない。風に吹かれて飛んできた、古い新聞に載っていた名前が目に留まって名乗っただけだ。この世に生まれたことを喜ばれ、つけられたものじゃない。

 けれどもイリアは、そのことに不満はなかった。愛というものを知らないから、ほしいとも、羨ましいとも思う必要がなかったのだ。

 しかし、だから、誰かを愛する人の眼差しや表情を、身に着けるのに時間がかかった。


「……どうして、そこまで?」

「たった一人の友人が王のせいで死んだんです。それ以上の理由がありますか?」


 問われて、イリアは逆にそう訊き返した。イリアにとってリアンヌは、そのくらい大事な友人だったのだ。


 孤児だったイリアは、王都の端っこにあるボロの空き家に転がり込んで、一人で暮らしていた。靴磨きをして小銭を稼ぎ、その日の分の食料を得る。そうして生きていたある日のこと、イリアは性質の悪い大人に目をつけられて、幾ばくかの金銭目当てに売り飛ばされそうになった。必死で抵抗して、相手の急所に何度か蹴りを入れてやったところ、激昂され、殺されそうになった。


 それを助けてくれたのがリアンヌだった。


 たまたまその現場を見かけたらしいリアンヌは、イリアを狙う大人を目掛けてドロップキックをかましたのである。子供ながら、助走付きで繰り出されたきつい一撃は、見事大人をノックアウトさせた。その隙にリアンヌはイリアの手を引いて、その場を駆け出すと「助けて! 人さらいがいるの!」と声を張り上げ周囲の大人を巻き込んで、イリアを助けてくれた。


「……ありがとう。あなたすごいね。かっこよかった」

「あら、あなただってかっこよかったわ!」


 お礼を言ったら、リアンヌは太陽みたいな笑顔でそう返してくれた。その時イリアは、こんなに綺麗な子も世の中にはいるんだなと感心したものだ。

 それからイリアはリアンヌと時々会うようになった。そのたびにお互いのことを話して笑い合った。


 四度目に会った時にリアンヌは「うちで働かない?」とイリアを誘ってくれた。何でも年の近い従者を探しているらしい。聞けば、そこそこ良い家のお嬢さんなのだそうだ。とんでもないとイリアは断ったが、リアンヌの熱心さに根負けして、彼女の従者となった。ちなみに「そこそこ良い家」というのはリアンヌ談だが、実際にはそこそこどころの話じゃなくて、彼女の屋敷へ行った時にイリアは気絶しそうになったけれど。


 それから長い付き合いだった。リアンヌも、リアンヌの家族も良い人で、イリアに優しく、そして時に厳しく接してくれた。そのおかげでイリアは仕事についてだけではなく、一般的な読み書きや言葉遣いも学ぶことができた。本当に、感謝してもしきれない。


 だからリアンヌが好きな人と結婚すると聞いた時は寂しくも思ったものだ。けれども幸せそうに微笑む彼女と、彼女を前にいつも初心な子供のように顔を赤らめ寄り添う恋人を見て、何故かほんの少しだけ胸の痛みを感じながらも、良かったなぁと祝福した。


 そこへ現れたのが王の遣いだ。彼らはリアンヌに「妃に選ばれました」と理不尽に告げた。リアンヌが恋人と共に葡萄祭りへ出かけた時に、たまたま王の目に留まったらしい。

 輿入れが強制的に決まった翌日、祭りなんて行かなければ良かったと涙を流すリアンヌの背中を、イリアはさすることしかできなかった。


「リアンヌの訃報を聞いた時、頭が真っ白になりました。彼女が連れて行かれたあの時に、王の遣いをぶん殴ってでも取り戻して、一緒に逃げれば良かった」

「冷たいことを言って申し訳ないが、恐らくそれは上手く行かないだろう。番に対する父上の執着はすさまじい。どこへ逃げても必ず見つけ出す」

「かもしれませんね。ですが、世の中に絶対というものはありません。それに――」

「それに?」

「ご自分は玉座でふんぞり返ってらっしゃるだけじゃないですか。権力と他人を使って手に入れて何が自分の番です。くそったれ」


 イリアはそう吐き捨てた。するとリブロや妃たちの目が丸くなる。しまった、とイリアは思った。口が滑って言い過ぎた。そう思っていると、リブロたちがくすくす笑い出す。


「それはそう。自分は命じるだけで、あとは美味しいところを掻っ攫う。鳶も良いところだな」

「リブロ様も案外口が悪いですね」

「君ほどではないと思うが」


 言って、リブロは膝の上で手を組む。そして体を少しだけ前へ傾けて、イリアの顔を見上げるように見た。紅玉のように赤い瞳が、真っ直ぐにイリアに向けられる。王と同じ色の瞳だなとイリアは思ったが、抱いている感情に違いがあるせいか、特に不快さは感じなかった。


「それで君はどういう計画を企てていたんだい?」

「どうもこうも、一つしかありませんよ。式を挙げたら、その日のうちにすることがあるでしょう? その時にやるつもりです」

「まさか……」

「ええ、そのまさかです。初夜ですよ。その時が一番無防備になるでしょうからね」


 イリアは事も無げに言ってみせた。リブロはぽかんと口を開き、妃たちは目を丸くして手で口を押えている。それほど意外な話だっただろうかと、イリアは首を傾げた。


「そんなに驚かなくても……」

「いや、驚くも何も……失敗したらどうするつもりだったんだ?」

「そうですね。万が一殺せなくても、王の大事なものだけは切り落としてやるつもりではいましたよ。子を生せなくなれば、これ以上妃を集めることはできないでしょう?」


 イリアは片方の口の端を上げて笑ってやった。王の悪癖はこの国に住む者たちなら誰でも知っているが、それでも建前は必要になる。子を作るため――そんなご立派な理由がなくなれば、今までのように簡単に妃を連れてくることはできなくなるはずだ。

 イリアがそう言えば、リブロはどこか難しい顔になった。


「確かにそうだ。だが――……」

「何ですか?」

「そのやり方では君も死ぬぞ」

「でしょうね。そのくらいは覚悟していましたから」


 機会はたった一度だけ。やることもたった一つだけ。成功しようが失敗しようが、王を害そうとしたイリアは死ぬ。それを承知の上でイリアは今回の計画を企てたのだ。


「相手がどんなに憎くても、人を殺すんですから。それなのに自分は生きて帰れるだなんて、そんな都合の良い話はないでしょう?」


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