第一話
――あいつだけは、絶対に自分の手で殺してやる。
イリアはそう決意しながら、雪の降り積もる王宮を見上げていた。
三か月前、もう間もなく雪が降るねと笑っていた、お人好しで優しいイリアの唯一の友人は、街並みが白く染まる前に後宮に召し上げられて行った。王の七番目の妃としてだ。間もなく恋人と結婚するのと嬉しそうに話してくれていた彼女は、突然やって来た王の遣いに連れられて、恋人に別れの言葉すら告げられず、好きでもない男に嫁いで行った。
その一か月後、彼女は王宮のバルコニーから身を投げて死んだ。彼女の恋人が、事故でこの世を去ったことを知った翌日のことだった。
こんな馬鹿な話があるってたまるか。葬儀の日、泣くことも許されず連れていかれた友人を思い出しながら、イリアは拳を握りしめ怒りに震えていた。
今の王になってから、何人もの女性が妃として召し上げられている。理由は王が好色だから――だったら小指の皮ほどは理解できたかもしれないが、そうじゃない。王は若い頃に亡くした恋人の面影をずっと追いかけているのだ。
この国の王は人間ではあるが、遠い祖先で竜の血を引いていた。竜というものは愛情深く、生涯一人の相手とだけ番うのだそう。だからこの国の王族はもれなくただ一人の妃だけを愛していた。その一途さや誠実さは諸外国でも評判になっている。
――何が一途だ、馬鹿じゃないのか。
思い出して、イリアは吐き捨てる。何故ならば、その一途さや誠実さは、内側から見ればただの執着心の塊に過ぎないからだ。
竜というものは確かに愛情深い生き物だ。一度でも番だと認識すれば、生涯その相手に尽くす。しかし竜というものは高潔で、決して無理強いをすることはない。番と定めた相手に想う者がいれば身を引くし、何なら、その者たちが幸せであるようにと願い、守ることすらする。
けれど人間は別だ。竜の血が混ざった人間には、その高潔さはない。あるのは番への抗いがたい執着心だけだ。相手のことも、周りのことも目にくれず、ただひたすらに自分の恋を追い求める。その結果、不幸になった人間は数多く存在していた。イリアの友人もその一人だ。
特に、今の王は先祖返りと噂されるくらい、竜の血が色濃く出ている。だからこそ、若い頃に見初めた相手が命を落としてから、狂ったように彼女の生まれ変わりを探すようになってしまった。それは王座についてからも変わらず、亡くした恋人の面影を持つ女性を見つけては、妃に召し上げ続けていた。イリアの友人の後に、もう四人も後宮に入っている。ふざけるな。
王がおかしくなるのは番のことだけ。それ以外は温和な人柄と優秀な手腕を持つと評価は高い。そんな話を聞いたイリアは、そんなわけあるかと悪態を吐いた。他が良いから、悪い部分には目を瞑れ――王の周りの人間は暗にそう言っているだけだ。問題から目を逸らしているだけである。むかむかして、イリアは足元の小石を蹴る。小石は思ったよりも高く跳ねて、近くの川にぽちゃんと沈んで行った。
――王を殺す。
そう決意したイリアは二年がかりで準備を整えて、決行の日を迎えた。自分と関わりのあった人たちを巻き込まないように離れ、王の恋人がどのような人物であったのか調べ上げ、話し方や表情、立ち振る舞いや服装、趣味や好み――そのすべてを自分に落とし込んだ。そうして王が民の前に姿を現す祭りの日を狙い、偶然を装って王の前へ飛び出した。
結果、イリアは見事に王に見初められた。
まるで生まれ変わりのようだと、自分と二十以上も違う王から恍惚とした顔で言われたイリアは、正直吐き気がしたものの、何とか笑顔を保ってやり過ごした。召し上げられたのはすぐのことだ。王にとっての番とは、外側だけが合っていれば良いという程度のものらしい。イリアの怒りはより大きくなった。
素性の分からないイリアが王の妃になると聞いて、王の周りの人間は良い顔をしなかったが、王の怒りを買うのを恐れて口を閉じていた。どいつもこいつも自分が可愛くて何よりだと、イリアは心の中で皮肉を言った。
そうして後宮に入ったイリアだったが、待っていたのは他の妃たちからの洗礼――ではなく同情だった。
「ああ、なんてこと……!」
「あなたも無理やり連れてこられたのね。かわいそうに、元気を出して」
「私たちはあなたの味方よ……本当にあの方は、何もお変わりにならないわ」
妃たちは涙を流しながらイリアを抱きしめてくれた。豊かなものと良い香りに包まれたイリアはほんの一瞬だけ「ここは天国……?」などと思ってしまって、ちょっと待てと自分自身に心の中でツッコミを入れた。
後宮とは魔窟であると聞いていたが、どうやらそうでもないらしい。ここの妃たちは、ほぼ全員が王に無理やり召し上げられた者たちばかりらしく、話を聞いている間ずっと王への恨みつらみが滝のように口から流れ出ていた。王が思っていたよりも嫌われていていることにイリアが少々吃驚していると、
「父上の新しい妃は君かい?」
と、第三者の声が聞こえてきた。声の方へ顔を向けると、銀の髪と赤い瞳――王を若くしたような、それでいて表情や雰囲気がまるで違う青年が立っていた。王の息子で、王太子のリブロだ。王の後宮に、どうしてこんな人が入って来ているのだろうか。
イリアが疑問を抱いている中、妃たちがすぐに「リブロ様」と頭を下げた。リブロは片手を上げて「楽にして」と微笑んだ。
「名前を聞いていいかな」
「イリアと申します」
知っているだろうに、面倒くさい奴だ。そう思いながらもイリアが顔に微笑を張り付けて言えば、リブロは面白そうに口の端を上げて「よくできた作り笑いだ」と言った。イリアは虚を突かれほんの一瞬言葉に詰まる。
「そんな、作り笑いだなんて……何のことでございましょう」
「君のことは知っているよ。イリア・フォートだろう? リアンヌから時々話を聞いていた。大事な親友だと」
「――――」
イリアは目を瞠った。リアンヌというのは、亡くなったイリアの友人の名前だ。王太子であれば彼女と面識があってもおかしくはないが、イリアのことを話すような間柄になれるとも思えない。自分のことを調べられたのかもしれない。まずい、とイリアは内心冷や汗をかきながらも、焦りを表情には出さずににこりと微笑んでみせた。
「そう、でしたか。……リアンヌはこちらでどう過ごしてましたか?」
「帰りたい、と言っていたよ」
「…………そう」
イリアは目を伏せた。その言葉に王への怒りが再燃する。絶対に、殺してやる。するとリブロがくすりと笑った。
「ああ、やっぱり。君――父上を相当恨んでいるね」
「……私がでございますか?」
「そういう目をしてる。何かよからぬことを企んでいるんじゃないかい?」
楽しげに言うリブロ。ばれた、とイリアは内心で舌打ちした。どう誤魔化すかと表情を取り繕いながなら考える。するとリブロは「安心するといい。誰かに言うつもりはない」と続けた。
「それはどういう……」
「私たちも同じだからさ」
そう言ってリブロは軽く両手を開いた。するとその場にいた妃たちも、しかと頷く。先ほどまでイリアの境遇を想像し、涙を流してくれていた妃たちは、強い意志を宿した瞳でこちらを見ている。どういうことだとイリアは初めて狼狽えた。
「父上を――いや、この国の王を私たちは殺そうと思っている。せっかくだから、君ものらないか?」
リブロはそう言ってお綺麗な顔でにっこり笑い、イリアに向かって右手を差し出した。




