無色の少女
最初に気づいたのは、足音だった。
……いや、正確には足音がしないこと。
ルミナが歩くと、靴が石畳を鳴らす。
風が吹けば、布が擦れる音がする。
けれど。
もう一人分、
そこにいるはずの音だけが、ない。
「……慣れてきた自分が一番怖いんだけど」
小さく呟くと、背後の空気が揺れた。
逃げない。
消えない。
それだけで、少しだけ胸が緩む。
宿に戻り、椅子に腰掛ける。
木のテーブルに触れた瞬間、
淡い橙色がじわりと広がった。
「あ、ごめん。
また勝手に色つけちゃった」
誰に向けた謝罪かは分からない。
でも――
「……ねえ」
ルミナは、初めてちゃんと向き直った。
そこには、輪郭の曖昧な少女がいた。
顔は見えない。
服も、髪も、ただ“少女の形”をしているだけ。
けれど。
「……女の子、だよね」
影が、わずかに揺れた。
肯定だ。
「そっか」
ルミナは、変に深呼吸してから笑った。
「じゃあさ、
ずっと“影”って呼ぶの、嫌じゃない?」
返事はない。
でも、空気がきゅっと縮んだ。
「……あー、ごめん。
名前とか、まだ無理だよね」
ルミナは椅子の背にもたれ、天井を見る。
「私さ、救世主でも神様でもないし、
全部を救える力もない」
指先が、少し震える。
「でもね。
誰にも見てもらえないまま
消えるのは……嫌だと思う」
少女の輪郭が、ほんの少し濃くなる。
色は、ない。
けれど、存在がそこに“定着”した。
「前にもね」
ルミナは、ぽつりと言った。
「似た存在を、見失ったことがある気がする」
思い出そうとすると、
胸の奥が痛む。
名前も、結末も、
全部曖昧なのに。
「……だから」
視線を戻す。
「今度は、
気づいたふりくらいはするよ」
少女は、何も言わない。
それでも。
その夜、
ルミナが眠りにつくまで――
無色の少女は、
一度も消えなかった。
救われたわけじゃない。
癒えたわけでもない。
ただ。
世界に、存在を許された夜だった。




