それでも…
扉は、静かだった。
《記憶だけを残す》
世界も救う。
彼女も“完全には”救わない。
そして、俺も救われないわけじゃない。
——一番ずるくて、一番誠実な選択肢。
「……本当に、それでいいのか」
相棒が問いかける。
珍しく、答えを持っていない顔だった。
「これを選べば、彼女は“存在しなかった人”になります」
「はい」
「名前も、声も、姿も——」
「世界からは消えます」
少女は、もう何も言わなかった。
ただ、少しだけ微笑っている。
「怖くない?」
そう聞くと、彼女は首を振った。
「だって」
「最初から、ここは“続きもの”だったでしょ」
意味が、すぐに分かった。
前作も。
今作も。
彼女は、ずっと“物語のための存在”だった。
「ねえ」
彼女は、最後に言う。
「あなたが誰かを助けようとして、
迷って、苦しんで、
それでも進んだこと」
「それが残るなら、わたしは消えてもいい」
胸が、どうしようもなく痛い。
「……ありがとう」
その一言に、彼女は少し困った顔をした。
「それ、ずるい」
「最後まで、ずるい主人公だね」
「なろう系だからな」
そう言うと、彼女は小さく笑った。
「じゃあ」
「これで、おしまい」
扉に、手を伸ばす。
触れた瞬間、
世界が、やさしく崩れた。
———
目を覚ます。
いつもの朝。
平和な世界。
名前を呼ぼうとして、
呼ぶ名前が出てこない。
胸が、少しだけ痛む。
理由は分からない。
でも、ポケットの中に、
折り紙の星が一つだけ残っていた。
「……なんだ、これ」
分からないのに、
大事なものだと分かる。
相棒が、いつもの調子で言う。
「おはようございます」
「……なあ」
「はい」
「俺、何か忘れてないか」
相棒は、一瞬だけ黙ってから答えた。
「さあ?」
「でも」
「あなたは、前よりちゃんと前を向いていますよ」
空は青い。
世界は続く。
誰も覚えていない少女の物語は、
誰かの中に“理由の分からない痛み”としてだけ残った。




