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世界は平和で、会話がちょっとズレている

驚くほど平和だった。


魔物は減り、空は青く、街は今日も賑やか。

——だからこそ、違和感が際立つ。


「お兄さん! パン二つで銅貨三枚ね!」


「……一つじゃなかった?」


「何言ってるの、最初から二つよ?」


パン屋のおばちゃんは自信満々だった。


「え、でも俺、今一人だよ?」


「一人で二つ食べるの? 若いわねぇ!」


軽く笑われて終わった。


……いや、違う。

“二人分だった記憶”が、俺の中にだけ残ってる。


「ねえ」


相棒に声をかける。


「この世界、ちょっとボケてない?」


「世界に失礼ですよ」


「いや、絶対おかしいって!」


宿屋でも同じだった。


「部屋は一人部屋ですね?」


「前は二人部屋だった気がするんだけど」


「夢でも見たんじゃないですか?」


即答。冷たい。


「夢にしては、生活感がありすぎるんだよ!」


洗面台には、

使われていないはずのコップが二つ。


椅子は、微妙に二脚分の配置。


——でも誰も気にしない。


「この世界、一人分削除したのに、レイアウトだけそのままって感じなんだけど」


「力の影響ですね」


相棒は淡々としている。


「世界線修正は完璧ではありません。

 特に“日常”はガバガバです」


「なろう世界かよ」


「そうですが?」


否定しないのか。


街を歩くと、さらにズレが増える。


・話しかけられても、途中で会話が途切れる

・「さっきの子は?」と聞くと「誰?」と返される

・二人用のベンチに一人で座る羽目になる


正直、ちょっと笑える。


「……ギャグ時空じゃん」


「深刻さを和らげるための仕様です」


「そんな仕様ある?」


「今作からです」


やめろ。


それでも。


路地裏で、足が止まった。


壁に、落書きがある。


拙い文字で、こう書かれていた。


『わたしがいなくなっても

 せかいがだいじょうぶなら

 それでいい』


胸が、きゅっと痛む。


「……あった」


「完全消去ではありませんから」


相棒が、昨日と同じ言葉を繰り返す。


「痕跡は、まだ残っています」


「消えかけ、だろ」


「はい」


俺は、落書きをそっとなぞった。


「……救ったって、言える?」


「いいえ」


即答。


「でも」


相棒は、少しだけ笑った。


「前作よりは、マシな結末です」


それが、なぜか一番きつかった。


世界は平和。

誰も困っていない。

ただ一人分の“物語”だけが、浮いている。


「次で、どうなる?」


「次は」


相棒は空を見上げる。


「あなたが、選び直す番です」


——世界か。

——彼女か。

——それとも、どちらも選ばないか。


物語は、終わりに向かって動き出す。


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