君はいない
目が覚めた瞬間、違和感があった。
天井は見覚えがある。
匂いも、音も、世界の空気も——正常だ。
「……成功、した?」
そう呟いた声は、やけに軽かった。
体を起こす。
痛みはあるが、前ほどじゃない。
「おはようございます」
聞き慣れた声。
相棒が、いつもの調子で立っていた。
「……あれ?」
俺は、部屋を見回す。
「なに探してるんです?」
「いや……ほら、あの子」
前作で救えなかった少女。
今回は“少しだけ”救われたはずの存在。
相棒は、一瞬だけ黙った。
「……誰の話です?」
その一言で、全部察した。
「……消えた?」
「正確には」
相棒は視線を逸らす。
「“最初から存在しなかった”ことになっています」
頭が、ぐらっと揺れた。
「は?」
「あなたが力を使ったことで、世界線は安定しました。
ただし——」
言葉が続かない。
「——不安定要素だった彼女は、履歴ごと修正された」
「……救えて、ないじゃん」
「ええ」
淡々とした肯定が、胸を抉る。
世界は救われた。
破滅ルートは消えた。
犠牲者の数も、前作より圧倒的に少ない。
——でも。
「俺、あの子と話したよな」
「話しました」
「笑ったよな」
「確かに」
「じゃあなんで、誰も覚えてないんだよ」
相棒は、少しだけ苦しそうな顔をした。
「覚えているのは、あなたと私だけです」
「……最悪」
笑おうとして、失敗した。
「これが“完全救済じゃない”ってことか」
「はい。2番目の選択肢ですから」
その言い方が、やけに残酷だった。
俺は、ベッドに倒れ込む。
「意味、あったのかな」
「ありました」
即答だった。
「彼女は救われた“事実”としては消えましたが」
相棒は、静かに続ける。
「彼女が望んだ未来は、この世界に残っています」
「……なにそれ」
「彼女が生きていたら選ばなかった結末が、
この世界では起きていない」
理解するのに、時間がかかった。
「つまり」
「彼女は“自分を消して”、世界を選んだ」
胸が、締めつけられる。
「……それ、救いって言うの?」
「いいえ」
相棒は、はっきりと言った。
「これは、救い損ねた物語です」
沈黙。
それでも。
ふと、ポケットに違和感を覚えた。
手を入れると、
小さな、折り紙の星が出てくる。
見覚えがある。
「……残ってる」
「完全消去ではありませんから」
相棒は、微笑んだ。
「世界は彼女を忘れました。
でも、あなたが忘れない限り——」
俺は星を握りしめた。
「……次は?」
「次で、終わらせましょう」
物語は、もう後戻りできない。
世界を救った代償として、
“忘れられない罪”だけが残った。




