檻
世界調整局の建物は、白すぎた。
影が薄く、
音が反響せず、
感情が沈む。
「……ここ、落ち着かないね」
ルミナは、軽く笑った。
カイルは、笑えなかった。
「本当に、来る必要があったのか」
「必要だったよ」
即答だった。
◆
受付の者は、戸惑いながら書類を受け取った。
「……自主隔離申請?」
ルミナは頷く。
「対象は、私」
名前欄は、空白だった。
それでも、書類は通る。
世界は、
消える意思のある存在を、拒まない。
◆
「隔離は、安全を保証するものではありません」
説明役の職員は、淡々としていた。
「あなたの存在は、
徐々に世界から切り離されます」
「記憶も、接触も、
例外なく薄れます」
ルミナは、静かに聞いていた。
「……それでいいです」
職員は、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……なぜ?」
その問いに、
ルミナは少しだけ困ったように笑う。
「選ばせたくないから」
◆
廊下。
カイルは、足を止めた。
「俺は、まだ決めてない」
声が、震えている。
「世界側につくか、
お前の側につくか」
ルミナは、立ち止まり、振り返った。
「うん」
それを責める気配は、ない。
「だから、私が決める」
カイルの目が、見開かれる。
「それは、逃げだ」
「そうだよ」
認めた。
「でもね」
一歩、近づく。
「あなたが“選ばされる”のは、
もっと嫌」
◆
無色の少女が、そこにいた。
いや――
今は、淡色の少女だ。
「……やっぱり、あなたはそうする」
声には、諦めと、安堵が混じっている。
「前の世界でも、
誰かがそうだった」
ルミナは、少女を見る。
「……それ、あなた?」
少女は、答えなかった。
答えなくても、
分かってしまう。
◆
隔離室は、小さかった。
窓はない。
鍵は、内側にない。
それでも、
牢獄というほどの圧はない。
「……静かだね」
ルミナは、壁に背を預ける。
能力を、使おうとする。
……反応が、鈍い。
世界が、遠い。
「……あ」
ふと、気づく。
この空間では、
“痛みが見えない”。
だから――
自分も、見えなくなる。
◆
最後に、カイルが言った。
「忘れない」
ルミナは、首を振った。
「忘れて」
優しい声だった。
「それでも、生きて」
扉が、閉まる。
音は、しなかった。
◆
一人になって、
ルミナは、初めて怖くなる。
手を見る。
透けている。
「……それでも」
呟く。
「誰かを、選ばせなかった」
無色――いや、淡色の少女が、隣に座った。
「……完全には、救えなかったね」
「うん」
「でも」
少女は、ほんの少し笑う。
「前より、少しだけ、違う」
世界は、変わらない。
でも、繰り返しは、
ほんの少しだけ、ズレた。
それが、
救いにならない救いだとしても。




