代償
最初に消えたのは、呼び名だった。
「……あれ、君……」
店主が、言葉に詰まる。
「……ごめん、名前が出てこない」
ルミナは、もう驚かなかった。
「大丈夫です」
そう答える声は、
自分のものなのに、少し遠い。
◆
名前は、力だった。
呼ばれることで、
ここにいると証明される。
それを失うということは――
存在の輪郭が、削れるということ。
カイルは、まだ呼べている。
「ルミナ」
その声だけが、
世界に繋ぎ止めてくれる。
「……そのうち」
ルミナは、苦笑する。
「君も、呼べなくなるかもね」
「ふざけるな」
カイルの声が、強くなる。
「俺は忘れない」
ルミナは、何も言わなかった。
それが、できないと知っているから。
◆
夜。
無色の少女が、隣に立つ。
今はもう、“無色”とは言い切れない。
淡く、曖昧な色が、
彼女の輪郭に宿っている。
「……代償、感じてる?」
少女が聞く。
「うん」
正直に答える。
「思ったより、静かだった」
少女は、少しだけ笑った。
「最初はね」
前作で、彼女が辿った道。
名前を失い、
役割を失い、
最後に“感情を失う”。
「……ねえ」
ルミナは、問いかける。
「全部失ったら、どうなるの?」
少女は、答えなかった。
代わりに、ルミナの手を見た。
そこだけが、少し透けている。
「……存在してる限り、失う」
それが、答えだった。
◆
その夜、ルミナは気づく。
夢に、自分が出てこない。
世界の中から、
少しずつ、主語が消えていく。
朝起きたとき、
自分の名前を、声に出してみた。
「……」
言えなかった。
口は動く。
音が、出ない。
名前を失うという代償は、
思った以上に、深かった。
そして――
それは、まだ始まりに過ぎなかった。




