誤用
ルミナは、決めていた。
もう迷わない。
怖くても、触れる。
見ないふりだけは、しない。
だからその朝、
彼女は“最初に目についた歪み”へ向かった。
◆
市場の外れ。
壊れかけの噴水の前で、少年が座り込んでいた。
顔を伏せ、
膝を抱え、
周囲の喧騒から、切り離された存在。
――似ている。
無色の少女と。
ルミナは、深呼吸して能力を開いた。
視界が、二重になる。
感情の層が、重なり合い、
少年の中にあるものが流れ込んでくる。
焦り。
恥。
期待されなかった安堵。
そして――
「誰にも気づかれない方が楽だ」という諦め。
「……大丈夫?」
声をかける。
少年は、びくりと肩を揺らした。
「……別に」
嘘だ。
でも、責める嘘ではない。
ルミナは、間違えた。
本来なら、
“触れるだけ”に留めるべきだった。
けれど彼女は――
変えようとした。
「ねえ」
優しい声で。
「君は、ちゃんとここにいるよ」
能力が、深く侵入する。
少年の感情に、
“肯定”を流し込む。
「誰にも見られなくても、
価値はある」
その瞬間。
少年の表情が、
空っぽになった。
◆
世界が、軋む。
噴水の水が止まり、
周囲の音が、数拍遅れて届く。
「……え?」
少年は立ち上がり、
不思議そうに自分の胸を押さえた。
「……なんか」
首を傾げる。
「……安心、しすぎてる」
ルミナの背筋が、凍った。
肯定は、
人を救う言葉だ。
でもそれは、
その人が自分で掴むものでなければならない。
外から流し込まれた安心は、
思考を鈍らせる。
「……ごめん」
声が、かすれる。
少年は笑った。
それが、いちばん怖かった。
「ありがとう。
もう、なにも考えなくてよさそう」
そのまま、
人混みに溶けていく。
◆
その日の夜。
無色の少女が、現れた。
今までで一番、輪郭が薄い。
「……やったんだね」
責める声ではなかった。
知っていた、という声。
「……間違えた」
ルミナは、正直に言った。
「助けたつもりで、
奪った」
少女は、少しだけ笑った。
色のない笑み。
「それ、私もされたことある」
心臓が、止まりそうになる。
「前の世界でね」
少女は、静かに続ける。
「優しい人がいた。
“大丈夫”って、何度も言ってくれた」
ルミナは、拳を握りしめる。
「その人のおかげで、
泣かなくなった」
それは、救いではない。
「泣けなくなったんだよ」
少女の声は、
驚くほど穏やかだった。
「……ごめん」
ルミナは、繰り返す。
少女は、首を振った。
「あなたは、まだ気づけた」
一歩、近づく。
「私は、気づく前に、
全部削られた」
◆
その夜、ルミナは眠れなかった。
救うという行為は、
“楽にさせること”ではない。
痛みと共に、
選ばせることだ。
能力は、使える。
でも――
使い方を間違えれば、
世界を静かに壊す。
無色の少女は、
それを身をもって知っていた。
そしてルミナは、
同じ過ちを踏みかけている。




