力の限界
ルミナは、自分の能力を過信していた。
「見える」
「感じ取れる」
「触れれば、分かち合える」
だからきっと、
救えるのだと、どこかで思っていた。
無色の少女は、今日も同じ場所に立っていた。
崩れかけの石塔の影。
誰にも踏み荒らされない場所。
存在しているのに、風景の一部として扱われる場所。
「……ねえ」
ルミナは、今度こそ逃げなかった。
少女の前に立ち、
はっきりと視線を向ける。
「あなた、名前は?」
沈黙。
「前は、言えなかったよね。
でも今は……」
手を伸ばす。
指先が、少女の肩に触れた瞬間――
世界が、悲鳴を上げた。
◆
感情が、雪崩のように流れ込んでくる。
否定。
諦め。
無価値。
恐怖。
期待してはいけないという強迫。
そして――
「助けを求めてはいけない」という呪い。
「っ……!」
膝が崩れる。
ルミナの視界が白く染まり、
息が詰まる。
これは前作の終盤で、
少女が一人で抱えきった感情だ。
「こんなの……」
思わず叫ぶ。
「一人で、耐えられるわけない……!」
だが。
少女は、抵抗しなかった。
ただ、立っている。
まるで言うように。
――耐えたのだ、と。
その事実が、
ルミナの心をさらに押し潰す。
「……離れて」
初めて、少女の声が聞こえた。
かすれていて、
今にも消えそうな声。
「……これ以上、触らないで」
「どうして……!」
「あなたが壊れるから」
その一言で、
すべて理解してしまった。
少女は、自分が壊れるより、
他人が壊れる方が怖い。
だから、救いを拒む。
それは優しさでもあり、
同時に、自己否定の完成形だった。
◆
ルミナは、手を引っ込めた。
震える指を、胸元で握りしめる。
「……ごめん」
謝るしか、できなかった。
能力があっても、
見えていても、
分かっていても。
踏み込めない領域がある。
少女は、少しだけ首を振った。
「……違う」
色のない唇が、かすかに動く。
「あなたは、悪くない」
それが、
どれほど残酷な言葉か。
自分を救えなかった世界を、
他人のせいにしないための言葉。
「……じゃあ、私は?」
ルミナは、泣きそうになりながら問う。
「私は、何をすればいいの?」
少女は答えなかった。
答えられなかった。
代わりに、
その輪郭が、少しだけ薄くなる。
存在が、削れていく。
「っ……待って!」
引き止めようとしても、
もう触れない。
能力は、沈黙していた。
限界だった。
これ以上関われば、
どちらかが壊れる。
◆
夜。
焚き火の前で、カイルが言った。
「……助けられなかった顔だな」
ルミナは、答えなかった。
代わりに、ぽつりと漏らす。
「世界ってさ」
炎を見つめたまま。
「優しいふりをして、
救えないものを“最初から無かったこと”にするんだね」
返事はなかった。
焚き火の音だけが、
静かに続いていた。
無色の少女は、
もうそこにいなかった。
救いは、まだ遠い。
そしてルミナは、
自分が万能ではないことを、初めて思い知った。




