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08 テストと夕ご飯

同名短編の再編版です。あんま変わってないかも?

放課後の教室。


テスト一週間前を告げる貼り紙が黒板の横に貼られ、クラスメイトたちはそれぞれ帰り支度を始めている。


俺は鞄を肩にかけながら、音羽のもとへ向かった。


「すまない音羽さん、今週は掃除行けないんだ……流石の俺もテスト勉強しなくちゃいけなくってさ」


俺は手を額に当て、毎週の定番になっていた掃除を断ることになった。


「そう……」


音羽は瞳を伏せる。


少しだけ寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。


「いや、このイケメンに会えない日は辛いと思うが——」


「私の家で勉強会をしましょう」


音羽は事もなげに告げた。


「え?」


「成島くんの面倒ぐらいはみられるわ。それに——」


音羽は少しいたずらっぽく笑った。


「掃除もしてもらうわ」


「結局掃除するんかい!」



土曜日の午前。


俺は音羽の家に足を運ぶ。


「ここに来るのも、だいぶ慣れたなぁ」


そう思いながらドアを開け挨拶をすると、静かな部屋の中から短く答えが返ってきた。


音羽をナンパから助け、ゴミ屋敷と化していた部屋の掃除をしてから、そろそろ三ヶ月が経とうとしていた。


廊下の収納から掃除道具を取り出し掃除が始まる。床に落ちているものを拾ううちにふと気づく。


以前と違い、散らかっている範囲が狭まっている。


「……音羽さん、前より散らかってないな」


「そう?」


キッチンから音羽の声が返ってくる。


「ええ、成島くんが来てくれるから、少しは意識するようになったのかもしれないわね」


その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。


俺が来ることで、音羽が変わっている。


それが、なんだか嬉しかった。


「……成長ってやつだな」


感心しつつ、黙々と作業を続けた。



掃除が終わると、勉強会が始まる。


「まずはこの範囲を押さえましょう」


音羽は付箋をつけたノートを広げ、説明を始めた。


リビングのテーブルに向かい合って座り、音羽のノートを覗き込む。


「たとえば、この問題」


そう言って、音羽はノートに一つの数式を書き出した。


……なんだこの問題は。


「とりあえずカッコを展開して、微分するとか?」


「いいえ、それじゃ遠回りね」


音羽は俺のノートに、別の公式を書き加えた。


「習ったでしょ? この問題は、この公式で簡単に解けるわ。あとは……」


音羽の説明は丁寧で、わかりやすい。


学校の授業では理解できなかったことが、すっと頭に入ってくる。


説明を理解すると俺はハッとした。


「最小値は4だ……!」


「ええ、その通り」


彼女は微笑み、さらに続ける。


「この公式の等号が成立するのは、両方のカッコの中身が等しい時よ。この場合に最小値になるの」


音羽が説明し、俺が疑問を返すたびに、彼女は的確に答えてくれる。


「なるほど……じゃあこっちはこうすればいいのか」


俺も問題を解き、答えを返す。


「成島くん、理解が早いわね。こういう問題はこう解くと楽なのよ」


「いやこれは、音羽さんの教え方が上手い」


「ふふ、ありがとう。私も成島くんの苦手の傾向がわかってきたわね」


説明を聞き、理解できた瞬間、少し誇らしい気持ちになる。


音羽と一緒に勉強していると、なんだか楽しい。


——こういう時間も、悪くないな。



「それじゃあ、ご飯にしましょうか」


音羽はテキストを閉じ、テストと書かれた一枚の用紙を差し出した。


「帰ってくるまでに、解いてみてね」


キッチンへ行く音羽を見送り、手早くテストに取り組む。


少しでも解きやすい問題を探すが、どれもこれも自分が苦手としている問題だ。


さすが音羽さん、容赦ないな。


集中して問題を解き、時間内に終わらせると、音羽が戻ってきた。


「ふむ……」


サッと答えを確認する音羽。


「こことここ、それからここが間違ってるわ」


間違っている箇所を指摘され、俺はえぇ?と声を上げつつ、再度解き直す。


小さな悔しさとともに、キッチンから運ばれてくる料理の香りが手を急かす。


「それ、答えは合ってるのに解答を写し間違えてるわよ」


音羽の指摘に肩が跳ねた。


「うわ、マジか……」


「ケアレスミスね。本番では気をつけて」


音羽は少し呆れたように笑った。



テストが終わり、二人で食卓を囲む。


「今日は家庭的な料理になってしまったわ」


音羽は微笑みながら料理を差し出す。鯖の塩焼き、ししとうの焼き浸し、夏野菜の煮凝り、鱧のお吸い物、ご飯と香の物。


これは……一般的な家庭ではなかなか見ない豪華な食事ではないだろうか。


「いただきます」


二人同時に手を合わせ、食事が始まる。


俺は箸を取り、まず塩焼きから口に運ぶ。


「うま……外は香ばしくて、中はふっくらしてる。塩加減も絶妙だな」


「うちは業務用の調理器があるから、短い時間でしっかり火を通してるの」


いきなりご家庭では不可能なことがあるじゃないかと考えつつ、鱧のお吸い物を口にする。


一口すすった瞬間、出汁の旨味が口いっぱいに広がった。


「……お吸い物ってこんなにうまかったんだ」


鱧の切り身は身がほろほろと崩れ、皮はむちむちとして臭みは何もない。


「いつも食べている味だからなんとも言えないけど、下ごしらえは念入りにやってるからかしら」


音羽は自然にそう言う。それだけでこんなに変わるのだろうか。


続いて煮凝りを見て、俺は少し首をかしげる。


「煮凝りか、食べるの初めてだわ……どうやって作るんだ?」


音羽は目を細めて説明を始める。


「お出汁にゼラチンを溶かして冷やすと固まってゼリー状になるのよ。今回は夏野菜を入れて食感と見た目の涼やかさを意識しているの」


「なるほど……口の中でゼリーが溶けて、野菜がシャキシャキで絶妙だ」


感心する俺に、音羽はにっこり笑った。


「成島くん、素直ね」


突然の言葉に、心臓が跳ね、頬が熱くなる。


「さっきのテストも引っかけ問題にことごとく引っかかっていたものね」


別の気恥ずかしさに、俺は思わず視線を逸らした。


食事を続けながら、俺はふと思う。


勉強を教えてもらって、こんなに美味い料理まで食べさせてもらって。


俺、もらってばかりだな。


何か返せているんだろうか。



食事を終え、二人で玄関まで歩き出す。


「今日はありがとう、成島くん」


音羽は当たり前のようにそう言った。


「いや、俺は別に……」


「掃除も勉強会も無理を言ってしまったし」


音羽は目を伏せた。


「いや……音羽さんが気にすることは」


いつもの自分になれない、うまく言葉が出てこない。


勉強を教えてもらって、信じられないぐらいうまいご飯を食べさせてもらって。


それなのに感謝までされる。


——俺、何も返せてないのに。


「成島くん、また来週」


音羽は微笑んで、そう言った。


「っ音羽、明日は月曜日だぞ? 普通に学校に来ないとダメだろ」


やっと取り繕って音羽に返す。


「……成島くんは本当に素直だね。また明日」


ドアが小さな音を立てて閉まる。


思わず手で顔を覆うと、頬が熱を持っているのを感じた。


また明日、か。


なんだか、その言葉が嬉しかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

祖母が店をやっていたのですがたまに鯛の煮凝りが出ました。

今調べると色とりどりいろんな煮凝りがあって食べてみたいですね。

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