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06 学校とお宅

掃除して掃除して飯食う回です

放課後の教室、下校する皆のざわめきが遠ざかっていく中、俺は音羽と一緒に廊下の掃除当番になっていた。


5月も終わりに差し掛かり、窓から入ってくる風が少しずつ暑くなってきている。


「成島くん、そこのバケツ取ってもらえる?」


「ああ、はいはい」


俺はバケツを手渡す。音羽はモップを浸し始めた。


ほうきで埃を集め、モップを掛ける。何事もなく淡々と進んでいたのだが――


バシャッ、と冷たいものが脛にかかった。


「うわっ!?冷てぇ!」


振り返ると、びっしゃびしゃのモップを持った音羽が小首を傾げていた。床を拭き上げた拍子に水が跳ねたらしい。


「ごめんなさい、成島くん……」


音羽が申し訳なさそうな顔をする。


「いや、大丈夫だ。水も滴るいい男って言うし、少し濡れたぐらいは気にしないさ」


わざと大げさに腕を広げてみせると、音羽はくすっと笑った。


「それでも申し訳ないわ。汚して輝きをくすませてしまうなんて」


「およよ、俺は悲しいよ。今日は学校を掃除、明日は家を掃除、涙ちょちょぎれちゃうね」


俺がそう言うと、音羽はモップをくるりと回し、わざと水をもう一滴飛ばす。


「ほら、もう一回」


「おいふざけんな!追撃ありかよ!」


慌ててよける俺を見て、音羽は肩を揺らして笑った。


普段、彼女の笑みはどこか作ったように見えることがある。けれど今は自然で、年相応の楽しげな顔だった。


「成島君、このまま掃除サボっちゃおうか」


「……いや、学校の掃除ぐらいちゃんとしてくれ?」


「……ごめんなさい、私もできないことはあるの」


音羽が切なそうな顔を作り呟く。演技も無駄に上手いな。


綺麗に瞳を潤ませやがって、掃除したくないだけでできる顔か?


「作る飯が信じられないぐらい美味いからって許されないこともあるぞ?」


そう言った瞬間、音羽が一拍だけ目を瞬かせ、そして微笑んだ。


なんというか、意外なリアクションだな。


「いいわ。ちょうど明日、掃除に来てもらう予定だったでしょう?」


「あぁ、そうだね」


そういえば、ここ半月くらい毎週土曜日に音羽の家へ行くのが当たり前になっていた。


「リクエストを聞いてあげる」


「リクエストって料理の?」


「えぇ、水を飛ばしたお詫びにね」


音羽はそう言って、廊下の掃除を続ける。


俺も黙々とほうきを動かしながら、なんとなく胸が温かくなるのを感じていた。


気づけば音羽と掃除をして飯の話をするのが、当たり前になっている。


悪くないな。


そんなことを思いながら、俺は音羽の背中を見ていた。



翌日、土曜日の昼下がり。


俺は音羽の家のリビングで床を拭いていた。


「……毎週来てるけど、なんで俺、こんなに掃除してるんだろうな」


「私がご飯作るからでしょ?」


音羽は涼しい顔で答える。


「……まあ、それもあるけど」


本当は、それだけじゃない。


この関係が、なんとなく心地よいんだ。


変に気を遣う必要もなく、ただ掃除をして、ご飯を食べて、たわいない会話をする。


それが、妙に落ち着く。


「成島くん、この本どこに置けばいい?」


音羽が本棚の前で立ち止まっている。手には何冊かの本を持っているが、動きが止まっている。


「……A〜Z、五十音順でいいんじゃない?」


「それだとジャンルや国がめちゃくちゃになっちゃうじゃない」


「うーん、後で全部並べ直すから、とりあえず掃除の邪魔にならないところに置いてくれ」


「わかったわ」


音羽は渋々と本を床に置いた。こいつは掃除を手伝ってるのか散らかしてるのかわからない時がある。


昨日の学校の掃除でも同じようなやりとりをした気がする。


「昨日もこんな感じだったな」


「そうね。でも成島くんが慣れてくれて助かるわ」


音羽はキッチンへ向かいながら、そう言った。


しばらくすると、にんにくとオリーブ油の香りが部屋に漂ってきた。


「うわ、いい匂い……集中力奪われるんですけど」


「文句言わないで掃除してちょうだい」


キッチンから音羽の声が返ってくる。


俺は苦笑しながら、残りの床を拭き上げた。



掃除が終わり、リビングのテーブルに座ると、音羽が料理を運んできた。


目の前に置かれたのは、鮮やかな赤色のスープと、大きなフライパンに盛られた米料理。


「今日はリクエストの通りパエリアと、それに合わせたガスパチョよ」


「ガスパチョ……?」


「冷たいトマトスープ。最近暑くなってきてぴったりなの」


「へぇ、いただきます!」


まずはガスパチョをスプーンですくう。冷たく、酸味と甘みのバランスが絶妙だ。


「うまい……見た目は濃いトマトジュースって感じだけど爽やかでいろんな香りがする」


「完熟トマトとパプリカ、きゅうり、にんにくをミキサーにかけて、オリーブ油とシェリー酢で仕上げてあるの」


「シェリー酢……酒じゃなくて?」


「スペインのワインを使ったお酢よ。普通の酢よりまろやかで香りが良いの」


音羽は嬉しそうに説明する。


次にパエリアをフォークで取る。サフランの香りが鼻に抜け、米は芯が残る程度の硬さ。海老とムール貝の旨味が染み込んでいる。


「これもめちゃくちゃうまい……魚介の味がすごいし米がパラパラだ」


「パエリアはおこげがおいしいのよ。底に香ばしい部分があるでしょ?」


「ああ、これか!カリカリしてて美味いな」


「ソカラットって言うの。スペインではこれが一番人気の部分なのよ」


音羽は俺の反応を静かに見ている。その視線に、少しだけ照れくさくなる。


「なんか……掃除してご飯を食べてってのが日常の一部になった感じがする」


「そうね。慣れてきたわね」


音羽は微笑んだ。


「私、成島くんと掃除するの、嫌じゃないわ」


その言葉に、その笑顔に、鼓動が少し強くなったのを感じる。


やっぱりこの時間を大切にしたいな。


ふと、そんなことを思った。



食事を終え、二人で食器を片付ける。


「また来週、お願いね」


「……まあ、いいけど。ちゃんと散らかさないでくれよ?」


「努力はするわ」


音羽は少しだけいたずらっぽく笑った。


俺は小さく肩をすくめて、玄関へ向かう。


「それじゃ、また月曜日」


「ええ、また月曜日」


扉が閉まり、俺は夕暮れの街へと歩き出す。


初夏の風が心地よく、胸の中には穏やかな満足感がある。


音羽といると楽しい、なんだか安心する。


そんな気持ちが胸にあるというだけで、なんだか嬉しかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

学生時代の掃除の時間は適当に終わらせて遊んでるやつを眺めている子供でした。

でもたまに四つ折りにした牛乳キャップを輪ゴムで飛ばして狙撃してました。

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